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第三千二十三話 ミリュウ、その試練(三)

 とはいえ、ミリュウは、唐突に始まりを告げた試練の中で、散々な目に遭う羽目になり、途中、何度となく考えを改めるべきではないかと思わざるを得なかった。

 まず、そこがどういう場所なのか、ということだ。

 真っ白で広大な、“機構”の所在地とはまるで異なる風景は、大きな立方体の内側、といった印象を受ける。

 赤、青、白、緑、黒、黄――様々な色の無数の立方体を繋ぎ合わせた迷路。

 通路は最初の内は、一本道だった。多様な色彩を堪能するような余裕さえもあるくらいであり、試練とはとても思えない状況が少しばかり続いた。もちろん、そんな状況がいつまでも続くとは思ってもいなかったが。

 実際、しばらくして状況は一変する。

 最初の分かれ道は、二方向だった。それだけではない。右と左に別れた通路の真ん中で、どちらに行くべきかと黙考していると、遙か後方から猛烈な勢いで迫ってくるものがあった。それは物凄まじい音であり、圧力であり、彼女は背後を振り返り、その瞬間、仰天したものだった。

 長い長い通路が、つぎつぎと色とりどりの立方体に押し潰されていく光景を目の当たりにしたのだ。上から下へ、右から左へ、下から上へ――潰され方も様々であり、それら通路を押し潰していく立方体は、通路の色と同じだった。

 ミリュウが見ている間にもつぎつぎと立方体が出現し、通路を塞いでいく。このままではミリュウも押し潰されてしまうだろう。ただの人間の肉体では、あの圧力に耐えられるわけもない。

 二叉の道のどちらかを早急に選ぶ必要があった。

 道が分かれているということは、どちらかが正解で、どちらかが不正解の道だということに違いない。左右の通路、どちらかが目的地への通路であり、もう一方は、おそらく行き止まりか、あるいはなんらかの罠なり仕掛けなりが待ち受けているのではないか。だからこそ、ミリュウは分かれ道の目前で黙考していたのだが、考え込んでいるような時間的猶予はなかった。

(そもそも!)

 ミリュウは、右の通路に飛び込みながら、胸中で叫んだ。そもそも、どちらが正しくて、どちらが間違っているのか、その手がかりとなるようなものが一切存在しない以上、自身の勘や閃き、本能に従うしかなかった。しかも、制限時間があり、それが急速に迫っているというのであれば尚更だ。

 右の通路は、正解だったのか、どうか。

 駆け込んだ勢いで走り抜けていると、通路の彩りが目に痛くなってきて、彼女はラヴァーソウルを多少恨んだ。なにもこんな目に痛い迷路で試練をする必要はないのに、と。

 やがて、つぎの分かれ道に出た。

(ということは……)

 先程の分かれ道での選択は、正しかったのだろうか。

 確信は持てない。

 今度は、三つの通路が待ち受けていて、それぞれ、赤、青、黒の立方体が口を開けていた。そのいずれかが正解の道であると思いたいが、もしかすると、三択のいずれもが不正解かもしれなかった。最初の分かれ道が正しい道筋であれば、この三択のいずれかが正解なのだが、それすらもわからない。

 なにもわからないまま、悩んでいる暇もない。

 ミリュウは、黒の立方体に飛び込んだが、それは単純な理由からだった。

(セツナの色だもの)

 それならば、たとえ不正解だったとしても、悔いはない。

 彼女は、自分の感情に素直に従い、行動した。勘を信じ、閃きに委ね、本能の赴くまま、立方体の迷宮をかけ続けた。

 すると、今度は、やや広い空間に出た。通路を織り成す立方体の三倍くらいの大きさがある、これまた立方体の内側。全面灰色で、前方に聳える巨大な壁もまた、灰色だった。

 壁。

 正方形の空間の半分を占めるように迫り出した壁の上方には、ひとひとり通れそうなほどの隙間があり、どうやらその先に通路があるようだった。左右にはなにもない。床にもだ。ただ灰色が埋め尽くしている。

(もしくは、ここが不正解の終着点かもね)

 ミリュウは、後方から迫り来る滅びの音を聞きながら、壁を仰ぎ見た。壁は見る限りの絶壁であり、人間の力では登れそうになかった。指を引っかける凹凸でもあればまだしも、そうではないのだ。綺麗なまでの絶壁。近づき、触れてみるも、その冷ややかさを確認できるだけだった。

(やっぱり、ここで終わりってわけ?)

 背後には、通路を押し潰す轟音が迫ってきている。それも物凄まじい速度と勢いで、だ。このままでは、この空間に到達するのも時間の問題だが、では、どうすればいい、というのか。

 武装召喚術を使うのは、どうか。

 胸中で頭を振る。

 それだけの時間的猶予はない。

 では、ほかにどんな方法があるというのか。

 壁を登る以外に道はないが、その壁を登るための手段がない。

 ミリュウは、背後を振り返り、通路がつぎつぎと押し潰されていく光景を見つめた。色とりどりの立方体が凄まじい勢いで出現し、通路を塞いでいく。やがて、灰色の空間の手前まで塞ぎきると、それで、止まった。

「……どういうこと?」

 ミリュウは、思わず疑問を口にして、突如として耳に響いた異音に肝を冷やした。振り向けば、灰色の絶壁が、動いていた。

 壁の表面が異音とともに迫り出したかと思えば、数秒も立たずに引っ込んで壁に戻る。そういった現象が壁全体に起こっていた。

 彼女は、つぎつぎと出現しては消失する壁を登るための手がかりを目の当たりにして、憮然とした。腕を組み、しばし考え込む。

「そういうこと……」

 通路を押し潰してきた立方体が突如として動きを止めたのは、この現れては消える手がかりを使って壁を登る時間を与えてくれているということなのかもしれない。

「嬉しすぎて涙が枯れそうよ!」

 皮肉いっぱいに叫んで、ミリュウは、壁上りとの格闘を始めた。

 極短時間しか出現していないそれに手を伸ばして掴んでも、つぎの手がかりを掴むまでの時間はなく、落ちるだけだった。手がかりではなく、足場として利用すればどうかという考えに至ったのは、試行錯誤の中でのことであり、そうなってからは、あとは鍛え上げられた身体能力を駆使すればいいだけだった。

 とはいえ、だ。

(もう二度と御免だわ!)

 壁の天辺に辿り着いたミリュウは、内心、毒づかずにはいられなかった。なぜこんなものに全神経を使い、全力を出さなければならないのか。理不尽極まりない。が、思い返せば、それもこれもラヴァーソウルとさらに心を通わせ合い、真に力を使いこなすためなのだ。

 多少の理不尽には、目を瞑らなければならないのだろう。

 そうして、つぎの通路に至ると、今度は、通路そのものが変動を始めた。

 通路を構成する立方体がつぎつぎと組み替えられ、迷宮の構造そのものが無限に変わっていくのだ。二叉に分かれたかと思えば一本道になり、右に曲がったかと思えば左に曲がり、三叉路に出くわせば、十字路に遭遇する。その十字路もまた、すぐさま形を変えていった。見ている限り、そこに法則性はなく、無限に変化し続けているようだった。

 つまり、正解の道などもはやなく、終点に辿り着くためには奇跡が起きるのを待つしかない、とでもいうべき状況に追いやられたのだ。

(……そんなわけ、ないわね)

 ラヴァーソウルは、試練といった。

 試練ならば、解法があるはずだ。

 それが迷宮であるというのであれば、なおさらだ。

(考えるのよ、あたし)

 ミリュウは、この迷宮の試練の主催者について、考えに考え抜いた。際限なく組み替えられていく立方体の迷宮、その真っ只中で。

 そして、彼女は、左手の小指を噛んだ。痛みとともに鉄の味がした。

 小指の先の傷口からこぼれる少量の血液は、床に落ちるまでの間に、なにかに引き寄せられるようにして動いた。左へ、大きく。迷宮の中は、無風状態だというのにも関わらずだ。

(見つけたわ、解法)

 ミリュウは、床に落ちた血痕の示す方角に向かって進んだ。

 ラヴァーソウルは、磁力を操る召喚武装として、イルス・ヴァレに顕現する。召喚武装としての能力が本人の能力と無関係であるはずがなく、ラヴァーソウルがこの世界においても磁力を操る存在であることは、明白だった。

 ミリュウは、そこに賭けたのだ。

 つまり、ラヴァーソウルの磁力が血液中の鉄分を引き寄せてくれるほどに強力なものであり、終点にて、ミリュウを待ちわびてくれていることをだ。

 そして実際、その通りとなった。

 無限に変化する迷宮は、血を頼りに突破できたのだ。

 血は、常に一定の方向に引き寄せられていた。

 そして、その終点にラヴァーソウルの幻影は待ち受けていた。

 彼女は微笑み、ミリュウの機転を賞賛した。


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