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第三千二十一話 ミリュウ、その試練(一)

 迷走を続けていることは、わかっていた。

 だが、立ち止まって考えていられるような時間的猶予などあろうはずもなく、故に、理解していながらも迷走を続けるほかないのだ。

(こんな試練、やってらんないわ!)

 胸中、悪態をつきながら、しかし、すぐさま諦め、白旗を揚げるわけにもいかないのが、ミリュウの辛いところだった。

 試練。

 そう、試練なのだ。

 ミリュウが愛用する召喚武装ラヴァーソウルが課した試練。

 そして、ラヴァーソウルは、マトラ・マトンに到着したばかりのミリュウを紅い美女の姿で出迎えたことは、いまも鮮明に想い出せる。何度となく夢現の狭間に現れた女神のように美しい女性の姿は、そう簡単に忘れられるものではない。

 なにより、馬が合った。

 ラヴァーソウルは、ミリュウの恋を全力で応援してくれており、そのために彼女に力を貸してくれていたといっても過言ではなかった。ミリュウがラヴァーソウルの力を引き出すことができたのもすべて、彼女と気が合ったからにほかならない。

 無論、武装召喚師としての技量や経験がまったく関係ないという話でもないが。

 ラヴァーソウルがその姿を現したとき、ミリュウをマトラ・マトンに連れて行ってくれた機人ミストリ・ミストは、なんの反応も示さなかったが、それは、彼が動かなくなっていたからだ。彼だけではない。マトラ・マトンという都市そのものが、まるで時間でも止まってしまったかのような状況に陥っており、鋼の都市の大通りを行き交っていたのだろう機人たちでさえ、凍り付いたように動かなくなってしまっていた。

 ミリュウは、それがラヴァーソウルの能力によるものなのだろうということを瞬時に察するとともに、ラヴァーソウルが彼女の推測通りの存在に違いないという確信も抱いた。

 つまり、“機構”だ。

 ミストリ・ミスト曰く、アルガ・マルガ大陸を管理するために作られた仕組みであり、大陸の命運を握る存在。いずれは世界全土を掌握する可能性を秘めている、とは、ミストリ・ミストだけの見解なのか、機人たちの総意なのかはわからないが、ともかく、それだけの力を持つものであるということは確かなようだ。

 “機構”は、ミストリ・ミストら、この大陸に生きる機人たちにとって必要不可欠の存在でありながら、彼らは、疑問を抱いてもいた。というのも、“機構”が、世界間転移の発生を隠蔽しているらしいということが判明していたからだ。機人の中でも管理者と呼ばれる彼らは、その事実によって“機構”への絶対的信頼性が揺らぎ始めており、そこに懸念を抱くものもいるようだった。

 “機構”があってはじめて大陸の管理がなるのであり、“機構”に疑念を抱き、疑問を深めるようなことになれば、“機構”による管理者たちへの提言や進言、警告や忠告にも疑いを持つようになり、ついには大陸の窮地にすら対応できなくなってしまうのではないか。

 ミストリ・ミストが“機構”が隠蔽する世界間転移がなにを意味するのかを突き止めようとしている理由のひとつは、“機構”を全力で信頼するためといっても過言ではなかった。

 そのために世界間転移が起きた座標に赴き、ミリュウと遭遇したのだ。そして、ミリュウという存在に好奇心を抱き、マトラ・マトンへと誘った。ミリュウが彼についてきたのは、“機構”がラヴァーソウルとなんらかの関わりを持っているのではないか、と想像したからであり、その通りの結果になっている。

 すべてが止まった都市の中で、ミリュウは、ラヴァーソウルに質問した。

『あなたは、“機構”……なのね?』

『さすがはミリュウですね。わたしの正体を看破するだなんて』

『ミスミスのおかげよ。彼がなにもかも洗いざらい話してくれたから』

 だから、様々な想像が出来たのであり、情報がなければそんな発想に至るはずもない。そういう意味でも、ミストリ・ミストとの邂逅には感謝していたし、彼の喋り好きな部分も有り難いと思わざるを得なかった。

 通常、異世界からの来訪者に対しては、強い警戒心を持つものだろうし、重要極まりない情報を提供することなどありえないはずだ。ミストリ・ミストが野放図なまでの喋り好きだからこそ、ラヴァーソウルへの手がかりを得ることができたのであり、おかげでミリュウはこうも簡単に彼女との邂逅を果たすことが出来たのだから、何重にも感謝した。

『そうじゃなきゃ、想像もつかないことだわ』

 ミリュウは、改めてラヴァーソウルの正体について想いを馳せて、いった。

 まさか、ラヴァーソウルが、あの真紅の太刀の正体が、異世界の大陸を管理する仕組みだったとは、さすがのミリュウもまったく想像していなかったことだ。なにより、ミリュウの前に現れるラヴァーソウルの姿とはかけ離れた存在のように想える。ラヴァーソウルは、美しい女性の姿で現れる。極めて人間に酷似したその姿からは、太古に作られた仕組み、“機構”と呼ばれる存在を思い浮かべることはできない。

 ミストリ・ミストは、ミリュウとの接触によって、機人と人間がなにかしらの関連を持つ存在なのではないか、と、考えるようになった。つまり、彼は、ラヴァーソウルの姿を知っているわけではない、ということだ。“機構”は知っていても、ラヴァーソウルの姿を見たことがない、などということがあり得るのか、という疑問に関しては、ラヴァーソウルと話し込んでいるうちにわかった。

 ミリュウがラヴァーソウルに触れようと手を伸ばして、空を切ったことから、ラヴァーソウルに実体がないことが判明したのだ。

『ごめんなさい、ミリュウ。この姿は、わたし自身の想像力によって作り上げた幻影に過ぎないのです』

『幻影……』

『この大陸を支える“機構”である本当のわたしは、このように気軽に動き回れるような存在ではないのです』

 ラヴァーソウルのいうことは、よくよく考えてみれば、もっともな理屈だった。確かに大陸の命運を握るほどの存在が、そう簡単に動き回れるとは考えにくい。その上、“機構”とは、遙か昔に作られた仕組みである、というのだ。

 そんなものが人間と同じ姿形をしているというのは、話にしても出来過ぎだろう。

『わたしの居場所までは、彼に案内させましょう』

『彼? ミスミスのこと?』

『ええ』

 ラヴァーソウルが穏やかに微笑む。その笑顔も彼女が想像したものであるのだろうが、そこに一切の違和感がなかったところを見ると、ラヴァーソウルの想像力というのは並外れたものがあるようだった。

『わたしが案内してもいいのだけれど、それだと後々不都合が起きる可能性もあるわ』

『まあ、そうでしょうね』

 ミリュウは、ラヴァーソウルの気遣いに感謝した。

 ラヴァーソウルが幻影体のまま案内することは、確かに容易いことだろう。なにせ、マトラ・マトンは、彼女にとっては庭のようなものであり、都市の構造は完璧に把握しているというのだ。どこからどう行けば最短で自分の居場所に辿り着けるのか、彼女にはわかりきっていることだ。しかし、機人たちの機能を停止させた状態で、ミリュウを“機構”の在処に案内すれば、機人たちが活動を再開したときにあらぬ疑いを持たれることになりかねない。

 もちろん、ラヴァーソウルの力をもってすれば機人たちの思考さえも制御することは可能だが、彼女としては、そういうことは極力やりたくないのだ。

『わたしは、この大陸の自然の仕組みのひとつでありたいの』

 彼女の想いは、ミリュウの心に穏やかに流れ込んでくるようだった。



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