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第三千十九話 ルウファ、その試練(一)

 落ちている。

 ただひたすらに落ちている。

 遙か上空、螺旋を描く雲海よりも遙か高空より投げ落とされて、その勢いのまま、落ち続けているのだ。眼下には雲海があり、雲が描く積層螺旋の渦の先、遙か遠方には極彩色の森が横たわっている。

 色とりどりの花が咲き誇り、無数の樹木が生命を賛美するかのようにその枝葉を目一杯に広げる、植物の楽園。

 しかし、そこに住むのは植物だけではない。数多の鳥たちが、やはり、色とりどりの翼を広げ、飛び回っているのだ。

 異世界エンヴィミスは七彩の森。

 エンヴィミスとは、シルフィードフェザーの属する世界の名称であり、古来よりそう呼ばれているらしい。百万世界と呼ばれる数多在る異世界のひとつだ。もちろん、エンヴィミスにとっては、イルス・ヴァレこそ異世界に当たる。

 つまり、ルウファは、異世界よりの来訪者ということであり、この世界の住民に歓迎されないのも当然なのだが、どうやら、七彩の森の鳥たちに排除されかかったのは、別の理由であるらしい。

『皆、君が嫌いなんだ』

 シルフィードフェザーは、こちらの反応を窺うような口調でいった。

 彼は、人間の少年に極めてよく似た姿形をしていた。夢現の狭間に何度となく現れ、その記憶も朧気ながらにではあるが、あるものの、あまり強く覚えてはいない。しかし、シルフィードフェザーは、ルウファのことをよく覚えていて、一目でそれと見抜いている。

 それこそ、武装召喚師と召喚武装の違いといっていいだろう。

 武装召喚師が記憶する召喚武装の姿というのは、召喚武装としてイルス・ヴァレに呼び出された状態の姿だ。それは、本来の姿形とはかけ離れたものであり、召喚武装の形状から本当の姿を想像することは不可能に違いない。

 まず、シルフィードフェザーが大きく違っている。

 召喚武装としてのシルフィードフェザーは、翼にも変形する純白の外套であり、そこから七彩の森の主たる少年を思い浮かべることなど、だれができるだろうか。

 少年は、白く、それだけが召喚武装との共通点といっても過言ではないほどだ。それ以外に共通項を見出すことは出来ない。白髪に翠玉のような瞳をした、なめらかな肌の少年。色とりどりの草花を縒り合わせたのだろう冠を頭に戴き、王者のような白衣を纏う。

 その白衣は、召喚武装シルフィードフェザーとは似ても似つかぬものであり、共通点とはいえない。

 年の頃は十代前半のように見えるが、それは外見上のことでしかない。

 ここは異世界。

 外見で判断してはいけないのだ。

『皆、ぼくのことが好きだからね』

 とも、シルフィードフェザーはいった。

 つまり、この世界への到着早々、七彩の森の鳥たちがルウファの排撃に躍起になっていたのは、ルウファにシルフィードフェザーを取られまいとする一心からであり、鳥たちの感情からすれば当然の反応だったというのだ。

 度々、ルウファに召喚され、異世界に姿を消していたことそれ自体が七彩の森の鳥たちにとって気に入らない出来事だったのだと、も。

 そんな話を聞かされれば、あのとき、鳥たちに追いかけられた理由にも納得しようというものだが、だとしても、知る由もない話であり、また、彼にどうこうできることでもなかった。ルウファがシルフィードフェザーを愛用すると決めたのは、その使い勝手の良さと相性の良さからであり、こればかりは、たとえ異世界に迷惑をかけようと変えることはできない。

『だからさ。ぼくの課す試練を乗り越えて、皆を納得させて見せてよ』

 シルフィードフェザーはそういってきたものの、ルウファに試練を課すというのは、彼を慕う鳥たち云々とは関係のないことだったに違いない。

 ただ、七彩の森に隠れ、ルウファとシルフィードフェザーの会話に聞き耳を立てているであろう鳥たちの手前、そういわざるを得なかったのだろう。

 そんなシルフィードフェザーの気苦労を多少なりとも理解して、ルウファは、ただうなずいた。

 どんな理由があれ、シルフィードフェザーとさらに深くわかり合う必要があり、そのためには試練を突破しなければならないというのであれば、喜んで挑もう。

 ルウファには、止まれない理由がある。

 ネア・ガンディアを討ち斃す。

 それも、生きて、だ。

 命懸けの戦いを生き延びるためには、より大きな力がいる。

 いや、ただ生き残ることに重点を置くというのであれば、いまのままでも問題はないだろう。シルフィードフェザーの能力を用いれば、逃げに徹することで生き延びることは容易い。しかし、それでは駄目なのだ。それでは、自分が納得しない。

 自分が自分を許さない。

 故に、この異世界までやってきたのであり、シルフィードフェザーとの対面を果たしたのだ。

 試練を提示されたのであれば、受ける以外の道はなかった。

 そして、始まったのがこの試練だ。

 シルフィードフェザーは、試練を開始するに当たって、可憐な少年の姿から神々しい鳥へと変身した。純白の羽毛に覆われた巨大鳥は、七彩の森に数多に存在した色とりどりの鳥たちの王と呼ぶに相応しい威容と美しさを誇り、鳥たちがなぜ、彼を尊崇し、敬愛するのか一瞬で理解できたのだった。

『どちらが本当の姿、ということもないのだけれど』

 シルフィードフェザーがいうには、人間態も巨大鳥もどちらも本当の姿だということだが、だとすれば、彼はどういう生き物だというのか。

 もっとも、そんなことを問い質す暇はなく、ルウファは鳥たちの視線が突き刺さる中、彼の背に乗り、空高く舞い上がった。

 シルフィードフェザーの背に乗って空を飛ぶというのはなんとも奇妙な気分だったが、しかし、同時に不思議なまでの落ち着きがあり、安心感があった。さながら、シルフィードフェザーを纏い、翼を広げ、空を飛んでいるときのような、そんな感覚。

 実際、その通りだったのだろう。

 七彩の森の上空へと舞い上がった巨大鳥は、シルフィードフェザーそのものであり、巨大な白き翼は、召喚武装としてのシルフィードフェザーの翼と同じだった。混じり気のない白は、陽光を浴びて眩しいくらいに光を放ち、神々しいといっても過言ではないほどだ。その神々しさを目にすれば、なんだか、一方的に召喚しまくっていたことが悪いことだったのではないか、と、想わないではない。

 とはいえ、武装召喚術を使うために召喚武装に事前に了解を取ることなど不可能だし、シルフィードフェザーが召喚できるのは、彼がルウファが呪文に示した契約内容に応じたからにほかならない。契約に応じた以上、ルウファの召喚に応じるのは当然の話であり、ルウファが一方的に召喚するのもまた、当然の権利だった。

 やがて、シルフィードフェザーが高度を上げ、雲海へと突入したときに至って、ルウファは、彼の目的地が遙か頭上にあるのだと察した。当初、七彩の森を離れるために飛び立ったのだとばかり思っていたのだが、どうやら違うらしい。

 七彩の森、その遙か上空こそがシルフィードフェザーの目的地であり、試練の地なのだろう。

『試練の……地……?』

 ルウファが素っ頓狂な声を上げたのは、シルフィードフェザーが到達した地点にはなにもなかったからだ。

 ただの空だ。それも渦巻く雲を見下ろすほどの高高度であり、空気は凍てつき、ともすれば全身が凍り付くのではないか、と思えたくらいだ。そこからどこをどう見ても、試練を行えるような場所は見当たらなかった。ルウファは、空中都市リョハンのように空に浮かぶ島でもあるのではないか、と期待したのだが。

『そう、ここから試練は始まるんだ』

 シルフィードフェザーの柔らかな声は、むしろ、恐ろしいくらいだった。


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