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第三千十五話 強がりと嘘(三)

 ウルクは、じっとセツナを見つめていた。

 魔晶城地下の研究施設、その一室。セツナはイルとエルが運んできた椅子に腰掛けている。彼の頭の上には当然の権利であるといわんばかりに小飛竜態のラグナがいて、丸まっていた。セツナとラグナのいつも通りと一手も差し支えのない在り様は、ウルクにとって安堵を与えるものだ。

 彼が突如としてなんの反応も示さなくなったときはどうなることかと想い、焦燥感に駆られたものだが、こうして正常な状態に戻った様子を見ていると、それだけで先程までの焦燥など忘れ去ってしまう。

 無論、忘れてはならないことだし、しっかりと記憶し、記録しているのだが、それはそれとして、だ。

 いま、この時間を大切にしたいという想いが強くわき上がってきていた。

(それに……)

 セツナは、だいじょうぶ、と彼女の目を見ていったのだ。ならば、それを信用すればいい。

 ウルクは、セツナの炎のように紅い瞳を見つめながら、胸中でうなずく。セツナを信じ、従うのみだ。それがいまや自分のすべてなのだから、そこにわざわざ雑念を挟む必要はない。

 そのとき、突如として大きな音が聞こえた。なんともいえない奇妙な音の発生源は、セツナの体内であり、室内にいた全員の視線が彼に集中した。

「腹が鳴っておるぞ」

「ああ、そうか……昨日の夜からなにも食ってねえんだ、俺」

 ラグナがあきれたようにいうと、セツナは、想い出したようにお腹を撫でた。

「想い出したら腹が減ってきたな……」

「船に積み込んでいた食料はすべて失われてしまった。残念なことにな」

「やっぱり……そうですかい」

 マユリ神の通告に、セツナはがっくりと肩を落とした。その仕草に沿うように、またしても異音が聞こえる。

 人間を始めとする生物は、なにかを食べ、体内で分解し、活力として取り込むことで活動しているということは、ウルクも知っていることだ。活力が少なくなったり、時間が経過することで空腹感を覚えるということだって、知っている。

 なにせ、ウルクが魔晶技術研究所で起動した当初、万物に関する様々な知識を教えるため、研究所職員が総力を結集したほどなのだ。人間や動物だけに関わらず、膨大な量の知識がウルクの頭脳には記録されているのだ。

 しかし、空腹感を覚えると腹が鳴るというのは初耳だった。そういうことは教えなくとも問題はない、と、ミドガルドたちは考えたのかもしれないし、単純に、教え損ねただけなのかもしれない。

 いずれにせよ、人間の体というのは不思議なものだ、と、魔晶技術の結晶たる躯体を見下ろして、彼女は想った。その躯体がどれだけ人間の体に近づいても、ウルクが空腹感を覚えることはないのだろうし、腹が鳴るようなこともないのだろう。

 戦闘兵器たる魔晶人形には、不要な機能だ。

「食料だけではないぞ。船に残されたままだった各人の私物も大半が灼き尽くされてしまった。出来うる限りの処置はするつもりだが、すべてがすべて、元通りに復元できるわけではないこと、留意しておいて欲しい」

「ああ……それは……最悪ですね」

「まさか船があのような目に遭うとは、だれも想像できなかったのだ。だれひとりとして、おまえを責めはすまい」

「それは、そうでしょうけど」

 セツナが険しい表情をしたとき、ウルクが思い描いたのはウルクナクト号の有り様だった。真っ二つに折れただけでなく、内も外も原型を留めぬほどに破壊され尽くした船は、巨大な鉄の墓標のようだったことを覚えている。

 ウルクナクト号という名称には多少なりとも親近感を抱いていただけに、あのような結果になってしまったことは、彼女にとっても残念極まることだった。

 もっとも、ウルクの私物といえるようなものは、あの船の中にはなく、そういう意味ではなんの問題もない。

 ウルクの私物の中でも、特に宝物とでもいうべき代物は、数年前、ガンディアを離れる際に持ち出しており、そのまま、ミドガルドの手によって魔晶城に保管されているということだった。

 とはいえ、ファリアやミリュウ、シーラたちの心情は、察するに余りある。仮に自分の宝物があの船に乗っていたと考えた場合、絶望するほかないからだ。

 マユリ神には、なんとしてでも皆の私物の復元に尽力してもらいたいところだ。

「まさにその通りじゃな。まさか後輩の修理に赴いた先で、エベルに出くわすなどとは、だれが想像できようものか」

 ラグナのいうとおりだった。

 まさか、この魔晶城にエベルがいて、ミドガルドに成り済ましている、などと、だれが想像できるだろうか。それも、ウルクたちの到来を予期してのことであり、ウルクがセツナを伴って現れることすら想定していた。つまり、エベルは、ウルクの考え方を完全に読み切っており、ウルクがセツナとの合流を最優先にして行動することさえ見切っていた、ということなのだ。

 その上で、セツナを伴ってこの地に辿り着くだろうということも、予想していた。

 もっとも、だ。

 エベルのその予想には、ミドガルドが量産型魔晶人形たちに託した情報が影響しているのだろうし、ミドガルドは、エベルのそういった企みをすべて見越した上で、自身の人格や記憶を魔晶人形に移していたのだから、読み合いにおいては、ミドガルドのほうが上をいっていたのだろう。

 でなければ、ここでこうして話し合うことなど出来ないのだから、当然といえば当然だが。

 エベルは、ナリアに匹敵する力を持つ、大いなる神だ。

 ナリアに対し、ウルクは、結局のところ為す術もなかった。ナリアの使徒たる人形遣いアーリウルに“支配”され、操られ、セツナを攻撃するはめになったことは、忘れられない出来事として記憶し、記録している。それでもなんとか振り解くことができたのは、アーリウルが結局は使徒だったからであり、もしウルクを“支配”していたのがナリアだったならば、ウルクは自身の首を撃ち抜くことができたのだろうか。

 エベルの圧倒的な力を思うに、不可能だったのではないか。

 ナリアの思い通りの操り人形と成り果て、セツナを苦しみ抜いた末、破壊されたのではないだろうか。

 セツナではなく、ほかのだれかに。

 セツナは、優しすぎるところがある。自分の周囲にいる人間に対しては特にその傾向が強く、深い。かつてセツナの前に現れたウルクたちの偽物ですら、傷つけることを拒否し、つい先程、エベルを封じ込めた窮虚躯体の破壊すらも躊躇したほどだ。

 セツナならば、たとえウルクがナリアに操られていたのだとしても、なんとかして解決法を見つけようと藻掻き、足掻いたのだろうし、最後まで諦めようとしなかっただろう。だが、それでも、“支配”を解くことが出来ないとなった場合、セツナ以外のだれか――たとえばファリアやミリュウ――が、ウルクを破壊してくれたに違いない。

 大切な人に対しては、セツナは無力なのだ。

 それこそがセツナの弱点であり、同時に周囲のひとびとが彼を慕う理由なのだ、と、ファリアたちに聞いたことがあった。

 ただし、セツナが、必ずしも決断のできない人間ではないことは、先の戦いで証明されている。

 必要に迫られれば、追い詰められれば、それが大切なひとであろうとも刃を振るうのが、セツナなのだ。

 それがわかっただけでも、あの戦いに意義はあった。

 ウルクは、そう考える。


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