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第三千十話 カオスブリンガー

「百万世界の魔王と、だれもが呼ぶ」

 カオスブリンガーが、いった。厳かに、しかし、遠く離れたセツナの耳にしっかりと届くような声で。それはさながら雷鳴のようであり、セツナは雷に撃たれたかのような衝撃の中で、胸を抑えた。動悸がする。鼓動が早くなっている。血管を流れる血液の音が、異様なほどに大きく聞こえた。

「万魔の主」

「混沌王」

「生きとし生けるものの仇敵」

「万世の天敵」

「敵対者」

「諸悪全邪の源」

「大いなる災厄」

 つぎつぎと異名らしきものを並べ立てたのは、六眷属だ。それはさながら呪文を唱和しているかのようであり、さらに数多くの異名がまさに呪文のように羅列されていく中、セツナは茫然とするほかなかった。ただでさえ、状況についていけていないというのに、こうも畳みかけられては、自分を取り戻すこともできない。

 ただ、状況に流されていく。

 ようやく呪文の詠唱のような異名の羅列が終わったかと思うと、玉座の男が立ち上がった。

「我が契約者よ。満願成就のときは来たれり」

 大袈裟な身振りとともに大声が闇に響く。やはり雷鳴が轟くようであり、セツナは、またしても雷に打たれたかのような衝撃の中で、彼の声を聞いていた。

「我が手を取り、ともに百万世界に繰り出そうではないか」

「え……?」

「我と汝が手に手を取れば、百万世界の神々など取るに足らず。我らが前に敵はなく、我らが後には魔が続く。百万世界のあらゆる光を塗り潰し、絶望の闇で包み込もうではないか。我らが敵を屠り、引き裂き、滅ぼし尽くそう。そして、墓を建ててやるのだ。百万世界という名の墓標を」

 カオスブリンガーは、まるで何千万の聴衆に向かって演説するかのような身振り手振りでもって、そういった。雷鳴のように轟き、幾重にも反響する声は、一言一言が致命的な威力でもってセツナに直撃し、セツナはそのたびに死にかけるような感覚に襲われたのだった。

 彼の声のなにがそこまでさせるのか。

 これが、百万世界の魔王の力、ということなのだろうか。

(というか、それしか考えられん……)

 辟易しながらも、認める。

 彼が何故百万世界の魔王などと呼ばれているのか、その所以の一端を垣間見たのだ。彼の言葉の持つ強制力とでもいうべき魔力は、並の人間には耐え難いものであり、セツナ自身、いつ意識が消し飛んでもおかしくない気がしてならなかった。

 魔王の気分次第で、意識どころか魂までも破壊されてしまうのではないか。

 だが、魔王は、セツナに対し、そういった悪意を見せることはなく、むしろ、友好的な素振りさえ見せて、聞いてくるのだ。

「そのために、来たのだろう」

 魔王は、セツナを見下ろして、告げてきた。断言といってよく、そこには否定しがたい強制力があった。ともすればうなずき、肯定してしまいかねない強大な魔力が働いている。なぜ、それがわかるのかといえば、セツナ自身、危うく首を縦に振りそうになったからだ。

「違う……」

 慌てて否定すると、魔王は、目を細めた。

「なにが違う?」

「違うんだ」

「どう違う? なにが違う? どこが違う?」

 畳みかけるように問われて、セツナは、なんと答えるべきか迷った。

 魔王の提案は、極めて魅力的なものに聞こえたが、冷静になって考えてみれば魅力的でもなんでもないことだった。彼は、百万世界と呼ばれるすべての異世界を滅ぼそうと提案しているのであって、そんなことに魅力を覚えるような人生を送ったつもりもなければ、送りたいとも思わなかった。

 百万世界の中には当然イルス・ヴァレも含まれるだろうし、地球が存在する世界も該当するだろう。

 それ以外の世界のことなど知ったことではないにしても、セツナにとってのふたつの故郷をみずからの手で壊すようなことができるはずもなかった。

 それを言葉にすれば、いい。

「いやだって、俺は別に魔王になりたいわけでもなんでもないし……」

「ふむ……」

「それに地獄に来たのだって、ここがあんたのいる世界だって知っていたわけでもなんでもないし」

「つまり、偶然、地獄に辿り着いたと?」

「ええと、まあ、そういう感じ」

 もちろん、偶然ではない。

 アズマリアのゲートオブヴァーミリオンによって、意図的に地獄に転送されてはいる。しかし、セツナがこの地獄の主がカオスブリンガーだということは知らなかったのは事実であり、そういう意味では、偶然といっていいのではないか。

「ではいったい、なんのためにここに来たのだ」

「そりゃあ……」

 いうまでもないことだ。

「強くなるためだろ」

「強くなって、なんとする」

 間髪を入れず、魔王は問うてきた。

「我を使うおまえは、人間としては最高峰の力を持っているといっても過言ではあるまい。いや、人間どころか、百万世界においても並ぶものなき力を得た、と断言しよう。だのに、おまえはさらなる力を欲するか。なんのために?」

「あんたが黒き矛なら、カオスブリンガーなら、知っているはずだ」

 セツナは、魔王の目を見つめ、告げた。遙か彼方にいるはずの魔王の目がはっきりと見えるのは、どういうわけなのか。互いにそれほど大きな声を出しているわけではないというのに、しっかりと聞こえるのはどういう理由なのか。距離感が狂っているのも、この闇の領域のせいなのかもしれない。

「俺がどうして、ここにいるのか。俺がなんで、イルス・ヴァレから逃れるようにして、地獄に堕ちたのか。その原因と理由には、心当たりがあるはずだ」

「……あれに敗れたことがそれほどまでに悔しいか。口惜しいか」

「ああ」

 肯定したとき、脳裏に浮かんだのは、矛が折れた瞬間の光景だった。その瞬間、セツナは、自分の心までもが折れるのを感じた。敗北とは、まさにあのようなことをいうのだろう。

「あのとき、俺があんたをもっと上手く使いこなすことができたなら、それに耐えうる肉体と技術を持ち合わせていたのなら……俺は……」

「復讐か」

 魔王が口辺を歪めると、それだけで必要以上に邪悪に感じるのは、やはり、魔王としての貫禄の為せる業なのだろうが、しかし、セツナはもはや動じなくなっていた。雷鳴のように轟いていた声も、いつの間にか普通に聞こえるようになっている。

「さらなる力を得、復讐しようというのか」

「はっ」

 セツナは、一笑に付した。

「わかってていってんだろ」

「なにがだ」

「俺がそんな考え方をする人間じゃないことくらい、あんたはお見通しなはずだぜ。あんたが本当に黒き矛ならさ」

「……ふ」

 カオスブリンガーが小さく笑った。その笑顔には屈託がない。

「そうだな。おまえがそのような真似をするはずもないな」

「だろ」

 セツナも、魔王に負けじと笑って見せた。遠く離れているのに、極めて近く感じる。すぐ目の前にいるような親近感は、黒き矛カオスブリンガーとして愛用していたことの影響なのか、どうか。

「やはり、おまえなのだ」

「へ?」

「セツナよ。我が契約者よ。おまえがここに辿り着けたこと、おまえの契約者として誇りに想うぞ」

 魔王は、改めて、セツナを賞賛した。その言葉に嘘偽りはなく、故にセツナは、なんだか照れくさくなった。

「ここは我が地獄。百万世界の果ての果て。すべての命の終着点。だが、魔王の座に辿り着くことができたのは、おまえが初めてなのだ」

 彼は、静かに、語りかけるようにいってきた。

「おまえでよかった」

 その言葉がなによりも嬉しくて、セツナは、感動の中で涙さえ浮かべていた。

 イルス・ヴァレにおける相棒たるカオスブリンガーに認めてもらえたのだ。

 これほど嬉しいことはない。


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