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第三千八話 魔王への道(二)

 闇の回廊は、どこまでも続いているように思えた。

 頭上も足下も前後左右も、どこを見ても無明の暗黒が横たわり、埋め尽くす闇の領域であり、一切の光がないからだ。

 先導する女の姿も、この無明の闇に溶け込むような黒装束であるため、セツナは彼女を見失わないように目を凝らし、そのすぐ後ろを歩いていなければならなかった。少しでも目を離せば、その瞬間、彼女の居場所を見失うだけでなく、自分の居場所さえもわからなくなるだろう。

 音が響かないということは、反響によって現在地を把握するという方法も使えない。いやそもそも、そんな方法が利用できるのは、召喚武装によって聴覚が強化されている状態であり、通常のセツナにそんなことができるわけもないのだが。

 故に、セツナは、喪服の女にぴったりと引っ付くようなほどの距離で歩いていた。

 それが女にはおかしくてたまらないらしく、時折、笑うのを必死になって抑えるような素振りを見せた。セツナを馬鹿にしているというよりは、楽しんでいるようであり、むしろ悪意よりは好意に近い反応に思える。

 セツナが彼女のまなざしに抱いていた感情とやらもどうやら敵意や悪意ではなく、友好的なものであるかもしれない。というのも、そんな調子で歩いていると、彼女が立ち止まり、予期せぬ提案をしてきたからだ。

「そんなに恐ろしいのであれば、手を繋いであげましょうか?」

「いや、いい」

「ふふ、強がらなくてもよろしいのに」

「強がりとか、そんなんじゃねえし」

 とはいったものの、しばらく彼女の後を歩く内、提案に応じておくべきだったのではないか、と多少後悔を覚えたのは、セツナの胸の内に秘めておくべきことだろう。

 闇は、どこまでも深く、どこまでも続いている。

 塔の最上階にこのような長大な通路が存在するというのは、奇妙というほかないのだが、しかし、ここが地獄であり、現実とはかけ離れた物理法則に支配された領域であるというのであれば、話は別だ。たとえ、天高く聳える塔の最上層に長大な突起があったとしても、折れるようなことはなく、むしろ、なんの支えもなく在り続けるのではないか。

 そんなことを考えるのも、闇の回廊があまりにも長く、平坦だったからだ。

 喪服の女が煽ってきたようなことはなく、ただただ、真っ暗闇の通路が続いているというだけであり、セツナは、なんだか拍子抜けする思いだったし、途中からはむしろ腹が立ってくるほどだった。延々に変わらない景色の中をただひたすら真っ直ぐに歩いているだけなのだ。終着点は見えないし、前に進んでいるのかどうかすら、わからない。

 もしかしたら、同じ場所をぐるぐる回っているだけなのではないか、とか、前進すらできていないのではないか、とか、そんなことまで考えてしまう。

(こんなことにいったいなんの意味があるってんだ)

 セツナが胸中で悪態をついたときだった。

 突如として視界に光が走った。

(え……!?)

 闇に慣れていた目は、光によって灼き尽くされ、激烈な痛みがセツナを襲った。思わず瞼を閉じ、目を押さえると、足場が音もなく崩れた。

「なっ……!?」

 声を上げている暇もなかった。透かさず目を開けても、目に映るのは代わり映えのしない暗黒空間であって、セツナが落下しているのは、感覚でしかわからないことだったからだ。しかし、確実に落下しているのだ。足場を失い、暗黒空間に放り出されて、重力に抗うこともできずに落ちていく。内臓が揺れ、肝が冷える。

 眼下、視界に広がるのは、やはり、暗黒の世界であり、そこには一切の光がなく、希望も見えなかった。どれだけの高度から落とされたのかもわからない。そして、なぜ、突如として床が崩れたのか、その理由もだ。喪服の女の姿は、とうに見えなくなっている。至近距離でしか見えなかったのだ。落下した瞬間、視認可能な距離を保てなくなって当然だった。

 自由落下。

 空を飛ぶ翼でもなければ、このまま落ち続け、地獄の大地に叩きつけられて死ぬだろう。

 その死は、どういう死なのか。

 これまでの試練同様に偽りの死となるのか。それとも、本当に死ぬのか。

 ここは地獄だが、同時に夢にして幻想の領域だ。

 が、夢の世界だからといって、精神が死なないとは限らない。

 心が死ねば、肉体が生きていても同じことだ。

 それがたとえただの電気信号に過ぎなくとも。

「武装召喚」

 思わず唱えた。

 メイルオブドーターが召喚に応じてくれるわけもない。故にセツナが召喚しようとしたのは、メイルオブドーターの代わりとなる翼だ。飛行能力を有した召喚武装ならばなんでもよかった。この自由落下を止め、地上に舞い降りることが出来れば、それだけでよかった。

 しかし、結果は、想像とはまったく異なるものとなった。

 翼は、召喚できた。が、召喚できたのは、翼だけではなかったのだ。

 全身が発した爆発的な光の中から具現したのは、巨躯だった。とてつもなく巨大な体。装甲ではない。自分自身の体であり、血肉そのものだった。闇よりも昏く、闇よりも深い、黒き肉体。

(なんだこりゃ……?)

 セツナは、驚愕のあまり、茫然とした。

 召喚武装を呼び出すつもりで武装召喚術を使ったはずが、肉体が変異してしまったのだ。それも見知った怪物の中の怪物とでもいうべき存在の体に、だ。

 それは、竜だった。

 黒く巨大な胴体からは長い首が伸び、隆々たる筋肉と強靭な鱗に覆われた四肢があり、鋭い爪と、長大な尾、そして一対の翼を持つドラゴン。それも見知った竜の姿だった。夢現の狭間で何度となく邂逅した、黒き矛の化身。

 鏡もないというのに、なぜ、自分の姿をそう認識できたのかは、わからない。

 ただ、確信があった。

 そして、確信はセツナに翼を羽撃かせ、自由落下への抵抗を促した。

(やった……!)

 黒き竜となった彼は、重力による地上への誘惑を断ち切り、見事、空を飛んで見せた。翼を羽撃かせるだけでなく、周囲の大気を支配し、制御することで浮力を得る。そういったやり方は、メイルオブドーターで慣れていた。

 故に空を飛ぶのは簡単だった。

 しかし。

 世界を震撼させるような雷鳴が轟いたと同時に、彼の背中を凄まじい衝撃が襲った。それは電熱の嵐となって背中を突き破ると、体内から内臓を食い破り、四肢へ至る。体中を猛烈な勢いで引き裂きながら荒れ狂う電撃と超高熱の奔流は、セツナを絶叫させた。

 さながら断末魔の叫びの如く喉から迸った咆哮が聞こえたのは、聴覚が生きていたからだ。聴覚が、生かされていたからだ。

 彼の完膚なきまでの敗北を思い知らせるために、だろう。

 彼は、首を巡らせ、天を仰いだ。仰ぎ、睨み据えた。呪詛の言葉が無数に浮かび、無限に沸いた。呪詛は呪文となり、呪文は魔法となった。だが、天には届かない。彼が生み出した暗雲は、膨大な量の光によって討ち払われ、光は、彼を狙い撃ちにした。無数の光が雷の雨となって降り注ぎ、彼の巨躯を打ちのめしていく。魔法による反撃も防御もできない。

 ただひたすらに打ちのめされ、敗北を味わい続ける。

 決して死ぬことのない命。決して朽ちることのない肉体。決して滅びることのない魂が、ただただ、敗北を刻みつけられていく。

 そして、落ちていく。

 地上に開いた巨大な穴の奥底へ。

 永遠の闇と無明の暗黒が支配する絶望の世界へ。

 堕ちていく。

 もはや、飛べなかった。翼は灼き尽くされ、肉体の再生も追いつかない。復元するたびに破壊され、再生するたびに粉砕されているのだ。そしてそのたびに物凄まじい痛みが彼を襲った。彼はそのたびにうめき、のたうち、咆哮するのだが、やはり、抵抗はできなかった。

 敗れ去ったのだ。

 天を睨み、光を呪いながら、地の底へと堕ちていった彼を待ち受けていたのは、やはり闇だった。

 一切の光が届かない無明の暗黒が、視界を、あらゆる感覚を包み込んでいく。

 闇。

 ここは、闇の奥底。

「よくぞ参られましたな、深淵へ」

 マスクオブディスペアの声が聞こえた。

「奈落へ」

 つぎは、ランスオブデザイア。

「地獄へ」

 アックスオブアンビション。

「黄泉へ」

 メイルオブドーター。

「冥府へ」

 ロッドオブエンヴィー。

「墓穴の底へ」

 エッジオブサースト。

 黒き矛の六眷属たち。


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