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第三千六話 試練の終わり、そして


「セツナ様におかれましては、わたくしめが提示した最終最後の試練を見事突破なされました。この偉業は百万世界に轟き、我らが主に付き従う諸魔は礼讃し、未来永劫語り継ぐでしょう。わたくしめも、主より仰せつかった大役をようやく果たせたこと、心よりお喜び申し上げまする」

「え、あ、ああ……」

 殊更に畏まり、ひたすらに恭しく振る舞うマスクオブディスペアの様子に、セツナはただ呆気に取られるほかなかった。

 マスクオブディスペアがセツナに対し丁重に振る舞っていたのは最初からだが、試練を突破してからというもの、彼の態度は、さらに丁寧なものとなった。それこそ、目上の者に対する言動そのものといってよく、そのことがセツナには不思議でならなかった。

 これまでの眷属たちは、セツナが試練を突破しても、その事実を認めこそすれ、ここまでの態度を取らなかった、ということもある。

 もちろん、マスクオブディスペアの場合は、六つの試練、その最後を任されていた、ということもあるのだろうし、セツナが最終試練を突破した事実もあるのだろうが。

 それにしても、丁重過ぎないだろうか、と想わずにはいられない。

「わたくしめの役割は、あなた様に最終試練を示し、突破なされた暁には、最後の鍵をお渡しすることでございます」

 老人が差し出した右手は、枯れ枝のように細く、しなびているように見えた。痩せ細っていて、軽く捻っただけで折れそうなほどだ。が、実際にはどうかわからない。案外、頑丈なのかもしれない。そんな彼の手のひらの上に闇色の海水が集まっていく。

 物凄まじい量の黒い海水が集まり、凝縮し、ひとつの鍵となった。黒く歪な鍵は、老人の手の上を離れると、ゆっくりとセツナの元に向かってくる。

 セツナはその鍵を手に取ると、老人に目を向けた。マスクオブディスペアの皺だらけの顔が、どうにも安堵したように緩んでいるように見えた。

「これで、わたくしめの役割も終わりでございますが、最後に一言だけ、申し上げてよろしいですかな?」

「あ、ああ……」

 セツナに否やはない。鍵が揃い、試練が終わったのだ。最後に一言聞くだけならば、なんの問題もない。

「セツナ様。あなた様がこれより辿るは、無明長夜の昏き道程。失意と絶望渦巻く混迷の闇にほかなりませぬ。どうか心なされますよう、心なされますよう……」

 忠告というよりは警告に近い言葉を述べて、マスクオブディスペアの姿は消えた。

 いや、マスクオブディスペアだけではない。闇の海辺そのものが消えてなくなり、気がつくと、あの塔の一階にいた。七つの扉が並ぶ基幹部、その目の前。眼前にあるのは、セツナが最後に触れた扉、つまり、マスクオブディスペアの海岸へと通じる扉であり、その扉は固く閉ざされているように見える。ほかの扉もそうだ。試練を終えた扉は、間違って開かないようになっているのだ。

「すべての鍵を集められたようですね」

 低い女の声に振り向けば、黒衣の女が立っていた。まるで喪服のような黒衣は、この地獄に相応しいといっていいものかどうか。少なくとも、女の纏う雰囲気にはよく似合っている。目深に被った頭巾のおかげで容貌のほとんどは見えないが。

「さすがは、我が主が選び抜かれただけのことはあります」

「マスクオブディスペアにも、そういわれたよ」

「それはそうでしょう」

 彼女は当然のように、いう。

「鍵を受け持っていたのは、我が主にとって腹心ともいうべき方々。我が主、あの御方の意向に感じ入ることこそあれ、否定するようなことはありませんよ」

「うん?」

「それでは、セツナ殿。こちらへ」

 セツナは、喪服の女の発言に違和感を覚えたものの、それがなんであるのかを考える間もなく、彼女に促されるまま、ひとつの扉の前へ移動した。

 その扉こそ、彼女に最初に示された扉であり、この地獄の主が待つ塔の最上階へと至るための扉という話だった。そしてその扉には、六つの鍵穴があり、鍵穴に差し込むための鍵を集めるための六つの試練を受けてきたのだ。

 その試練が黒き矛の眷属たちによるものということであれば、最上階に待ち受けるのは、当然、黒き矛そのものに違いなく、セツナは、扉の前に立つと、多少なりとも緊張を覚えたし、感慨もあった。

 黒き矛こそ、セツナがイルス・ヴァレで最初に手にした召喚武装であり、得た力だった。それがあまりにも巨大な力であり、圧倒的に過ぎたからこそ、セツナはガンディアにおいて確固たる地位を築き上げることができたのだが、同時に膨大な数の命を奪うことにもなってしまった。

 そんな黒き矛が折れたが故に心が折れたのは、それだけ、黒き矛を頼りにしていた証だろうし、依存してもいたからだろう。

 そして、矛に相応しい力を得るためにこそ、この地獄に堕ちたのだが、その意味がいまようやくわかろうとしている。

「さあ、鍵を」

 女にいわれるがまま、セツナは、手を胸元に掲げた。手のひらの上に六つの光が灯り、六つの鍵が具現する。歪な形の鍵は、セツナがなにをするまでもなく、それぞれに適合する鍵穴へと差し込まれていった。そして、すべての鍵穴が塞がると、それぞれが昏い光を放ち、六つの鍵と鍵穴が融合して紋章となった。

 六つの禍々しくも美しい紋章たち。それぞれ、ランスオブデザイア、ロッドオブエンヴィー、アックスオブアンビション、メイルオブドーター、エッジオブサースト、マスクオブディスペアを意味するに違いない。なにがどう意味しているのかまでは想像もつかないが。

 それら六つの紋章が儀礼的な装飾によって繋がり、扉の上に複雑かつ精緻な魔方陣を描いていく。やがて魔方陣が完成すると、扉そのものが昏い光を発し、塔の基幹部全体を包み込んだ。光が収まれば、基幹部の形状が変わっていた。円柱であることに変わりはないのだが、全部で七つ在った扉がひとつだけになり、その扉が開いていた。

 扉の内側には、円筒状の空間が在る。装飾もなにもないただの空間、とでもいうべき領域だ。

 セツナは、女に目を向けた。すると、女は、その空間に進むべきだといわんばかりの仕草をした。その先にこの塔の、この地獄の主が待ち受けている。そしてそれは間違いなく黒き矛であるという事実は、セツナを大いに興奮させていた。

 塔の中心、円筒状の基幹部の内側に足を踏み入れるも、それだけではなにも起こらなかった。

 続いて女が入り込んでくると、開いていた扉が閉じ、わずかな震動が小部屋を揺らした。そして、異様な感覚がセツナを包み込んだ。その浮遊感ともなんともいえない感覚は、昇降機を利用している最中の感覚そのものであり、セツナは想わず女を見た。

「我が主の御座所は、この塔の最上階と申したはずですが」

「あ、ああ……そうだったな」

 セツナは、女の当然とでもいわんばかりの反応に気後れしながら、うなずいた。

 塔の基幹部が昇降機になっているとは想像もしていなかったが、あり得ることだったといまさらのように想った。

 目指していたのは、塔の最上階なのだ。塔自体、かなりの高層建造物であることは、外からでも頂点が見えなかったことからもわかっている。そんな塔の最上階に向かう方法が、一階の扉を開き、その中に入り込むだけ、ということはあるまい。

 そう考えれば、基幹部が昇降機であるということに納得もいった。


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