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第三千三話 自由というもの(十八)

 セツナとセツナ、黒き矛と黒き矛による死闘は、加熱し、苛烈さを増していく一方だった。

 全力で振り抜かれた矛と矛が激突するたびに黒い火花が散り、凄まじい衝撃が反動となってふたりの体を突き抜ける。それでも、止まらない。肉が裂け、血が流れ、骨が痛み、精神までもが悲鳴を上げようとも、両者の攻撃が緩むことはなかった。

 緩めば、その瞬間、敗北する。

 力は互角。かつ、互いに手の内は読み切っている。どのように奇抜な攻撃を繰り出そうと容易く受け止められ、封じられる。

 普通、相手が自分自身を完璧に再現した相手だからといって、その攻撃を完全無欠に読み切ることは困難だろう。だが、セツナには、わかった。“影”の攻撃は手に取るように予測できたし、その予測通りに“影”は動いた。

 それは、“影”も同じだった。“影”は、セツナの行動を完璧に見切っていて、セツナの攻撃をものの見事に防いで見せたし、かわして見せた。鋭い斬撃を受け止め、突きを紙一重で回避する。“影”が透かさず繰り出してきた攻撃もまた、セツナは当然のように避けて見せる。

 互いに、相手の行動がなんとなくではなく、明確にわかっているのだ。

 それは、黒き矛を手にしていることの副作用による感覚の強化が影響しているのかもしれない。鋭く研ぎ澄まされた五感が、相手のつぎの行動を完璧に予測する。そしてそれができるのは、相手が自分そのものであり、すべてを把握しているからに違いない。

 黒き矛が相手の行動を予測するだけの能力を与えてくれるというのであれば、現世におけるこれまでの戦いでも大いに役立ったはずだが、そんなことはなかった。経験則から読み切ることはできたし、予備動作から予測し、見切ったこともあったが、“影”のそれは、そういったものではないのだ。

 完璧に理解している。

 故に、互いに決定的な一撃を与えられず、そのためにふたりの攻撃は苛烈さを増していくのだ。

 まるでふたつの黒い竜巻がぶつかりあっているように、ふたりは、物凄まじい力を発し、ぶつけ合った。黒き矛に全身全霊の力を込めて、叩きつけ、斬りつけ、突き、殴りかかる。あらゆる攻撃があらゆる方法で防がれ、かわされ、透かされる。瞬時に繰り出される反撃もまた、空を切り、あるいは受け止められ、完璧に処理される。

 読み切ったもの同士の戦いは、ひたすらに長引き、セツナの体力ばかりを消耗させていく。

 “影”は、隙を見つけたと思えば“破壊光線”をぶっ放してくるのだが、そのたびにセツナは、黒き矛で“破壊光線”を吸収して見せた。そして、吸収した分の“破壊光線”は、“影”に還元するかのように撃ち放ち、“影”はそれをかわした。

 そこが、唯一無二の差違といっていい。

 “影”の黒き矛は、どうやら“破壊光線”を吸収することができないようなのだ。

 では、“破壊光線”で押していけば、あるいは勝ち目が見えるかもしれない。という夢想は、虚しく砕け散っている。“破壊光線”を連射したところで、容易く回避されては意味がないのだ。無意味に精神力が消耗するだけであり、“影”のように精神力が無尽蔵にあるわけではない以上、無駄撃ちはできなかった。

 つぎの行動が完璧に読めるのだ。いくら“破壊光線”が吸収できないからといって、読み切られれば、回避されるのは当然の話だった。

 “破壊光線”を叩き込むのであれば、相手の隙をつかなければならない。

 だが、そのような隙を見せるような相手ではない。

 セツナも同様だが、互いに隙のない戦いをしていた。

「いつまでたってもこれじゃあ埒が明かねえぜ?」

「そうだな」

 数千回目の激突とともに、“影”がにやりと嗤った。この死闘を心底楽しんでいるとでもいわんばかりの狂暴な笑顔。きっと、セツナもそんな笑みを浮かべている。

「まったくその通りだ」

 告げて、下腹部を蹴りつけようとするが、“影”の膝に阻まれた。“影”がまたしても嗤う。読み切っている、といいたいのだろう。それは、セツナとて同じだ。瞬時に飛び退き、同時に飛び退いた“影”に向かって矛を掲げる。互いに同時に“破壊光線”を撃ち放ち、“破壊光線”同士が激突する瞬間には、地上戦に移っている。

 凄まじい爆発がもはや他人事に成り果て、その余波たる熱風も涼風のようにセツナの頬を撫でた。

 埒が明かない。

 それは、この戦闘が始まってからというもの、ずっと感じていることだ。互いに手の内を把握し、つぎの行動を完璧に読み切っているのだ。どちらかの実力が飛び抜けているのであれば、決着はつく。だが、そうではないのだ。

 セツナと“影”の実力は、まったく、完全無欠に一緒だった。

 だからこそ、決着がつかない。つけられない。

 時間ばかりが過ぎていく。

 いや、それだけではない。

 セツナの体力だけが削られていく。

 そうなのだ。“影”は、体力の消耗すらしていないようだった。精神力だけでなく、体力も、無尽蔵であるらしかった。

 このまま戦闘がもっと長引けば、いずれセツナが体力を消耗し尽くし、敗北することは目に見えている。いや、体力を消耗し尽くすまでもない。体力が失われていけば、それだけ動きが鈍くなる。行動予測通りに動いたとしても、間に合わなくなっていくのだ。そうなれば、“影”は情け容赦なくセツナを殺しにかかってくるだろう。

 つまり、“影”に勝利するには、戦闘を長引かせるわけにはいかないということだ。

 なんとかしなければならない。

 だが、しかし、その方法がわからない。思いつかないのだ。

 既に様々な方法は試している。が、いずれも完璧な方法で対処されてしまっていた。

 空間転移で距離を取り、“破壊光線”で牽制し、そこに攻撃を畳みかけたところで、“影”を圧倒することは愚か、負傷させることすらできなかった。

 一手どころか数十手先まで見切っているのだから、そうもなろう。

 さらにその先、遙か未来まで予知しなければならない。それは相手も同じだ。同じことを考えているに違いなく、故に互いの未来予測は、無限に変化しているのだ。その変化に対応して行動するものだから、勝敗はひたすらに平行線を辿っていくしかない。

 そしてそれは、セツナに体力の消耗だけを強いていく。

 精神力は、“影”が時折放つ“破壊光線”を吸収することで回復できるのだが、体力は、そういうわけにはいかなかった。

 ただただ、消耗し、失っていく。

 戦闘が苛烈さを増せば増すほど、体力の消耗も激しくなる。戦闘の速度を落とすことはできない。そんなことをすれば、“影”に付け入る隙を与えるだけだ。無尽蔵の体力を誇る“影”にとって、戦闘速度を落とす利点がないのだ。故に加速し続けていく。

 セツナは、その速度に置いていかれるわけにはいかなかった。相手がこちらの速度を上回った瞬間、勝敗は決する。であれば相手以上の速度を出せば、勝ちは確定する、ということだが、そう上手くもいかない。セツナが速度を上げれば、“影”もまた、速度を上げるからだ。

 踏み込み、袈裟斬りに斬りつければ、逆袈裟に振り下ろされた矛と激突し、黒い火花が散った。

「さあ、どうする? どうやって俺を斃す?」

「さて、どうしようか」

「そんなことをいっている余裕があるとは、さすがは俺だな」

 “影”が皮肉に嗤う。

 その狂暴に輝く双眸は、セツナの未来を視ている。

 セツナもまた、紅い瞳の向こう側に“影”の未来を視ている。

 より遠くの未来を見切ったものが勝つ。

 単純勝つ明快だが、困難を極めるのは、その未来が無限に変動するからだ。

 そしてそこにこそ、勝機がある。

 セツナは、ようやく希望を見出した。


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