表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3002/3726

第三千一話 自由というもの(十六)

「まあ、しかし」

 “影”が、爆煙の向こう側でいった。

「これでこそだ」

 きっと、狂暴な笑みを浮かべているに違いないという確信を抱かさせる喜悦に満ちた声だった。それが自分自身をそっくりそのまま再現した存在の発する声だという事実は、多少、受け入れがたいものの、自分の中にそういう部分があることは認めなければならない。

 戦闘を楽しみ、強敵との邂逅を喜び、苦戦の中に活路を見出すことにもまた、格別なものを感じる。

 そういう種類の人間を指して、戦闘狂と呼ぶのだ。

 そして、自分がそれに類別される人間であることは、とっくの昔にわかりきっていたことではあった。その事実そのものを否定する要素がない。認めるしかないのだ。戦うしかないから戦っているわけではなく、戦いの中に喜びを見いだせるからこそ、戦っている。

「ああ、これでこそだな」

 肯定し、再び“破壊光線”を撃ち放つ。

 “影”とは異なり、セツナの精神力には限界があり、“影”のような“破壊光線”に頼りっぱなしの戦い方はできない。だが、相手が“破壊光線”を撃ってきたのであれば話は別だ。回避手段がない以上、“破壊光線”で相殺する以外に道がない。

 爆煙を貫き、こちらに向かってきた相手の“破壊光線”に対し、こちらの“破壊光線”が迎え撃ち、ややセツナに近い場所で激突した。大爆発が起き、閃光と轟音が撒き散らされる。熱風が衝撃波となって吹き荒れ、爆煙が視界を塞ぐ。前方にあった“影”の気配が消えた。

 血を媒介とする空間転移。

 気配は、一瞬の後にセツナの後方に現れた。振り向くと、黒き矛の切っ先がこちらに向いていて、穂先が白く燃え上がっている。“破壊光線”。

「しかし、これは、こういう戦い方は、あんまりにもあんまりだな」

 告げて、“破壊光線”を撃ち出す。純白の破壊の光が奔流となって、互いの立ち位置、その間で激突し、またしても大爆発を起こす。そして、“影”の気配が消失し、セツナの左方に出現する。

 見るまでもなく、“破壊光線”が飛んでくることはわかっている。実際、そちらを向けば、“影”は黒き矛を掲げていて、“破壊光線”を撃ち放ってきていた。セツナも“破壊光線”で迎え撃つしかない。即座に、応射する。

 このわずかばかりの間で、精神力がごっそりと削られたのがわかる。

 このような、ただセツナが消耗するだけの戦い方にいつまでも付き合ってはいられないのだ。いまはまだ持っているが、いずれ精神力が尽き果て、“破壊光線”を撃つこともできなくなるだろう。そうなれば、“影”の思う壺だ。“影”に一方的に嬲り倒されることだろう。

 だからこそ“影”は、“破壊光線”の連射戦法を取っているのだ。

 “影”は、自身の利点を十二分に理解し、利用することに躊躇がない。そういう部分は、嫌になるくらい自分そっくりであり、セツナは、“破壊光線”が衝突する音を聞きながら、なんともいえない気分になった。また、“影”の気配が移動した。

 空間転移の発動には血を流す必要がある。が、必要な血の量は、距離に応じて変動するものであり、“影”が移動している距離ならば、ほんの掠り傷程度の血で十分だろう。つまり、空間転移のたびに自身を深く切り裂いているわけではなく、軽く、わずかばかりに傷つけている程度に過ぎない。

 “影”の損傷が激しくなるよりも遙かに速く、“破壊光線”で応射するこちらのほうが力尽きるだろう。

 では、どうすればいいのか。

 右手に転移した“影”からの“破壊光線”に応射しながら、セツナは、考える。このまま“破壊光線”で応射し続ければ、あっという間に力尽きるのだ。かといって、空間転移で逃げたところで、同じことだ。転移距離に応じて必要な血の量が増える上、転移能力は、“影”にも存在する。遠く離れたところで、仕切り直しにはならない。

 すぐさま追いつかれ、“破壊光線”による消耗戦に突入するだけだ。

「一方的かつ理不尽な戦法。俺の得意とする戦い方じゃあないか」

 “影”の挑発的な台詞を受けて、セツナは、なにも言い返さなかった。否定はしない。実際、その通りだ。セツナが大陸にその名を轟かせることができたのは、黒き矛の使い手という圧倒的に有利な立ち位置にあったからだ。

 一方的かつ理不尽なまでの力を振り回し、敵を蹂躙した。

 それこそ、黒き矛のセツナの戦い方であり、“影”は、それを再現しているに過ぎない。

 “影”の気配が消え、現れたのは、頭上だった。見上げれば、純白の光が視界を埋めながら、肉薄してくる最中だった。矛を掲げ、反射的に“破壊光線”を撃とうとして、止める。するとどうだろう。凄まじい熱量とともに迫り来た破壊の奔流は、セツナの矛の切っ先に触れると、その禍々しい穂先に吸い込まれていった。

 黒き剣のときと同じように、だ。

 それもあっという間の出来事であり、セツナは、あまりの呆気なさに拍子抜けしてしまった。が、そんな状況ではない。頭上からの“破壊光線”は、一発だけではなかったのだ。二発目、三発目の“破壊光線”がつぎつぎとセツナに迫り来る。

 セツナは、それら“破壊光線”に対し、矛を掲げるだけで対処した。暴圧の化身の如き光の奔流は、黒く禍々しい穂先に触れると、その途端、勢いを失い、おとなしく矛に吸い込まれていってしまう。あっという間、一瞬の出来事といっていい。

 そして、セツナは、矛が取り込んだ“破壊光線”に込められた力が柄から手を通じて流れ込み、失われた精神力を回復させるのを感じた。それは黒き剣と大きく異なる部分だ。

 黒き剣による“破壊光線”の吸収は、黒き矛への変身のために必要な儀式であり、黒き矛のそれとはまったく異なるものだった、ということだ。

「はあっ!?」

 “影”の素っ頓狂な声は、左後方から聞こえた。

「なんでだよ!」

「さあな」

 セツナには、“影”の気持ちが理解できていた。“影”にしてみれば、とてつもない理不尽だろう。黒き剣が“破壊光線”を吸収し、黒き矛に変身したこともそうだが、黒き矛がまさか、“破壊光線”を吸収する能力を持っていたとは、セツナ自身も知らないことだったのだ。

 試しようのないことでもあった。

 なぜならば、黒き矛は一振りしか存在せず、黒き矛同士で戦える状況など、あるものではないからだ。

(一度だけ、あったな)

 ミリュウが幻竜卿で完璧に再現した黒き矛との戦いは、しかし、セツナ自身が黒き矛の力をまったく使いこなせなかったこともあり、“破壊光線”の出る幕もなかった。もし仮に“破壊光線”が使えたとしても、ミリュウに使えたかどうか。そしてミリュウに使えたのであれば、セツナはその瞬間、消し飛ばされていたのではないだろうか。

 当時、セツナとミリュウの間には、武装召喚師としての実力の壁がとてつもなく巨大なものとして聳え立っていた。

 いや、いまでもなお、そうだろう。

 武装召喚師として半端者であり続ける自分と、武装召喚師として研鑽を続けるミリュウでは、武装召喚師そのものの実力では、比べようもないほどの差があるのだ。

 そしてそれはファリアやルウファにもいえることだ。

 だが、彼女たちがセツナと戦って勝てるかというと、そうではない。

 武装召喚師としての実力、技量、知識――総合力では大きく劣るとしても、戦闘力において、セツナは、どの武装召喚師にも引けを取らないという自負がある。

 もっともそれは、黒き矛あってのものだ。

 だからこそ、いま、セツナは自信に満ち溢れている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ