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第三千話 自由というもの(十五)

 破壊の光は、凄まじい熱量を発し、セツナの顔面から融解させていくかに思えた。顔面に直撃し、皮膚を焼き、頭蓋骨を打ち砕き、脳髄を消滅させ、上半身を消し飛ばす。そんな未来を想像できるくらいの完璧な位置取りから撃ち放たれたのだ。

 しかし、実際には、そうはならなかった。

 黒き矛の穂先から解き放たれた“破壊光線”は、その瞬間、セツナが全身から汗を噴き出すほどの熱を発しながらも、あっという間に黒き剣の刀身に吸い込まれてしまったからだ。あまりにもあっさりと、意図も容易く、だ。

 セツナが唖然とする中、黒き剣の刀身はさらに輝きを増し、目に痛いばかりだった。

「馬鹿な!?」

 “影”が猛然と抗議してくるのも、当然の成り行きといえば、そうかもしれない。そして、“影”が続け様に“破壊光線”を撃ち放ってくるのもわかったが、セツナは、再び視界を埋め尽くそうとした純白が黒き剣の刀身に吸い込まれていく様を見届けただけだった。

 三度、四度と繰り返される“破壊光線”の放出と吸収を見つめながら考えるのは、黒き剣の潜在能力について、だ。

 黒き剣は、これまで能力らしい能力を発揮してこなかった。

 初めて発動した能力が“破壊光線”の吸収であり、その吸収速度は、“破壊光線”を吸い込むたびに向上しているように思えた。最初こそ時間がかかったものの、いまや一瞬で吸収し尽くしている。

 五度目の“破壊光線”は、“影”が全身全霊を注いだものだった。というのも、“破壊光線”の放出時間がいままでの比ではなく長かったのだ。

 莫大かつ超絶的な破壊の奔流は、しかし、刀身の純白に吸い取られ、セツナの顔面を熱で嬲っただけだった。顔面を大量の汗が伝い、眼球が乾く。目が痛いが、その程度で済んでいるということがおかしかった。

 やがて五度目の“破壊光線”の放出を終えると、“影”が狼狽を隠しきれずに叫んだ。

「なぜだ!? どうして!?」

「相性が悪かったんだよ」

 それ以外に理由が思いつかない。

 実際問題、それ以上でもそれ以下でもあるまい。性能的には、黒き矛のほうが圧倒的に上なのだ。それは、黒き矛の使い手であるセツナが一番よく理解していることだ。黒き剣の性能は、黒き矛に遠く及ばない。使用者に与える影響の大きさも、黒き矛のほうが極めて大きい。だからこそ、まったく同じ身体能力の“影”にセツナが押し負けるという現象が起こるのだ。

 しかし、能力は、別だ。

 黒き矛は複数の能力を持つ。精神力を破壊的な熱量の塊として撃ち出す能力(“破壊光線”)。血を媒介として空間転移を起こす能力。炎熱を吸収し蓄積する能力。蓄積した炎熱を撃ち出す能力。雷による攻撃を跳ね返す能力――。

 それらのうち、いつでも使える能力というのは、“破壊光線”と空間転移くらいのものであり、その“破壊光線”と黒き剣の相性がまるで良くなかったのだ。

 なにせ、“破壊光線”を容易く瞬時に吸収してしまうのだから、どうしようもない。

 これまで散々、無尽蔵の精神力で無制限に乱射してきたのだから、いい気味ではあるが。

「ふざけやがって!」

 “影”が怒り心頭に叫びを上げると、全身全霊の力を込めて、矛を振り抜いた。つまり、セツナが辛くも持ち堪えてた剣を押し退け、矛を解放したのだ。そして瞬時に突きを繰り出してくる。セツナの脇腹を抉るべく突き出された矛は、だが、黒き剣が受け止めていた。

「なに!?」

 “影”が驚愕の声を上げる中、セツナ自身、驚いていた。まさか、反応できるとは思ってもいなかったからだ。もちろん、“影”のつぎの一手に対応しなければならないことはわかりきっていた。しかしまさかこうも上手く受け止められるとは思っていなかったのだ。

 そして、黒き剣の刀身を包み込む膨大な輝きが、刀身のみならず鍔から柄へと至り、ついには全体を覆っていたことに気づいたのも、そのときだった。

 もはや黒き剣ではなく、光の剣となったそれは、セツナの体をいままでとは比べものにならないほど軽く感じさせた。五感が冴え渡り、力が充溢していくのがわかる。まるで黒き矛を手にしたときのような安心感と充実感、万能感にも近い感覚。

(これは……)

 セツナは、黒き剣を包み込む光が膨張していくのを見て、茫然とした。なにが起こっているのかわからない以上、見届けるしかない。それは“影”も同じようであり、彼もまた、魅入られるようにして黒き剣に起きている現象を見つめていた。

 黒き剣が取り込んだ“破壊光線”の光を解き放とうとしている、というわけでもなさそうだった。というのも、剣から放出されるそれが破壊的かつ暴力的な光ではなかったからだ。ただ、上下に向かって伸びていくのだ。そして細く長く伸びきると、形状が変化した。それが見覚えのある形状だと認識できなかったのは、白く燃えるように輝いていたからだろう。

 気づけたのは、光が爆ぜるようにして消えたからだ。

(……ああ、そういうことか)

 セツナは、それを目の当たりにして、手に馴染む感触や意識を塗り潰すような安心感の理由を完璧に理解し、納得した。

 光の中から現れたのは、破壊的なまでに禍々しく、闇そのものを凝縮したような矛だった。黒き矛。カオスブリンガー。あるいは、魔王の杖。切っ先から柄頭まで、それそのものだ。その冷ややかな柄は、手にしっかりと馴染むのは、使い慣れているからであり、安心感もまた、何年もの間、何度となく握り、振り回してきたからだ。

 相棒、といってもいい。

「どういうことだよおい!?」

「それは俺が聞きたいことさ」

 告げて、“影”の矛を弾き返す。すると、“影”は、矛でもって撃ち返してきたが、数度、矛をぶつけ合って、勝負はつかなかった。黒き矛同士、能力は完全に互角となったのだ。そして、互いに相手の手の内はわかりきっている。どこを攻撃すればどう反応するか、手に取るようにわかってしまう。故にどれだけ素早く強烈な攻撃を繰り出しても防がれ、反撃も防げてしまうのだ。

 そうして何度か打ち合ったあと、互いに距離を取り、矛を掲げた。

 同時に、“破壊光線”を撃ち出したのもまた、セツナと“影”がほとんどまったく同じ思考法であるという証明だろう。

 完全無欠に近く、再現されている。

 憎たらしいくらいだ。

 ただし、セツナには、“影”にない弱点がある。それは、精神力を消耗するということだ。“影”は、際限なく“破壊光線”を乱射できるが、セツナはそうではなかった。

 いま、“破壊光線”を撃ち出した瞬間、精神力をごっそりと持って行かれた感覚があった。そしてそれは錯覚などではなく、視界を突き進む白き破壊の力は、セツナの精神力の具現だった。砂塵を巻き上げ、飲み込み、灼き尽くしながら“影”へと殺到する光の奔流は、“影”が撃ち出した“破壊光線”と激突し、両者の間で大爆発を引き起こす。

 この闇の海辺を震撼させるほどの大爆発の余波によって、物凄まじい爆風が巻き起こり、砂埃と爆煙が舞った。

「……ああ、これだ」

 セツナは、正面からの熱風を受けながら、久々としかいいようのない黒き矛の手に馴染む感覚に震えるほどの喜びを感じていた。

 黒き剣が黒き矛に変化した理由はわからない。わからないが、いまは考える必要のないことだと、セツナは判断した。

 いま考えるべきは、まったく同じ能力を持ちながら、無尽蔵の精神力を誇る“影”をどう対処すればいいか、ということだ。


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