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第二千九百九十九話 自由というもの(十四)

 莫大な白は、視界を一瞬にして単色に染め上げ、圧倒し、肉薄してくる。破壊的な純白。“破壊光線”そのものだ。

 とはいえ、セツナは、驚きもしなかった。“影”があの程度で諦めるわけもなければ、力尽きるはずもないことくらいわかりきっていたのだ。気を抜いたわけでもなく、無造作に剣を光へと向け、切っ先を翳す。すると、砂塵を巻き上げ、灼き尽くしながら接近してきていた光の奔流は、セツナの体よりも先に輝く刀身に触れ、吸い込まれていく。

 先程と同じだが、先よりも格段に早く、“破壊光線”の吸収が終わる。

 吸収中、別方向から迫ってきた熱源体に対して反応し、剣を掲げることができるくらいに、だ。

 別方向から肉薄してきた熱源体とはもちろん、“影”が空間転移によって場所を移した直後に撃ち放ってきた“破壊光線”であり、それもまた、いまや白く輝く黒き剣の切っ先から刀身へと吸い込まれていった。

 そこで、“影”の砲撃が止んだ。

 さすがの“影”も、三方向からの連続砲撃を処理されたことには想うところがあるのだろう。

 セツナ自身、ついさっきまで頭を抱えるくらいに悩んでいた問題をこうも楽に、意図も容易く、あまりにも簡単に処理出来てしまうことに対しては、色々と考えたくもあった。黒き剣は、未だ白く燃えるように輝いていて、その様は、黒き剣の禍々しさには相応しいとは思えない。

 思えないが、頼もしくはあった。

 “破壊光線”は、刀身で受け止めさえすれば、完全に防ぎきることができるのだ。

 これで、“破壊光線”の乱射は怖いものではなくなった。

 “影”は、今し方のように、場所を移しながら“破壊光線”を連射してくることが可能だが、それでは現状のセツナを追い詰めることはできない。なぜならば、どうしたところで時間差が生まれるからだ。

 “影”が“破壊光線”を撃った後、別方向から“破壊光線”を撃つためには、間に空間転移を挟まなければならない。空間転移の発動には、自分自身を斬りつける必要があり、その間にも“破壊光線”はセツナに肉薄し、黒き剣が吸収してしまっている可能性さえあった。

 故にいまの三連射も完封できたのだ。

「どういうことだ?」

 “影”が、怪訝な顔でセツナの手元を睨んだ。黒き剣の、白く燃えるように輝く刀身を見据えているのだろう。

「さっきまでそんなことできなかったじゃねえか」

「ふっ、隠してたのさ」

「嘘をつけ。そんなことをしている場合じゃあねえだろ」

 あっさりと看破されて、セツナは憮然とした。だが、“影”の疑問には答えようもない。セツナ自身、わからないことだからだ。

 黒き剣が“破壊光線”を吸収できるようになった原因、理由は、まったく不明だ。元々の能力であることは間違いないが、だとすれば、なぜ、最初から吸収できなかったのか。

 吸収しきる前にセツナの肉体が破壊され尽くしたから、とは考えられない。

 最初こそそう想ったものの、それならば、先程の三連射をセツナが無傷で乗り越えられるはずがないのだ。いずれの“破壊光線”も、莫大な質量を持っていた。

「ちっ……聞いてねえぞ」

「そりゃこっちの台詞だ」

「能力を理解していない召喚武装を使うなんざ、武装召喚師として三流以下じゃねえか」

「てめえがいうな」

 セツナは、どういう状況でも挑発を欠かさない自分自身を睨み付けながら、いった。その言葉は、そのまま、“影”に突き刺さるものだ。そしてそれは、セツナに突き刺さるということでもある。黒き矛がどのような召喚武装なのかまったく知らないまま使い続けていたのだ。

 いまでさえ、その真価を発揮しているかどうかも不明だった。

 そんな召喚武装に頼り切りの自分への痛烈な皮肉。

「ま、確かに三流以下かもな」

 なにせ、武装召喚術の基礎を習ってもいないのだ。

 高度に複雑化した呪文の羅列を術式と呼ぶが、セツナは、そのような高度な技術を持ち合わせていなかった。ただ、術式の末尾にして呪文の結語たる四文字を唱えるだけだ。それだけで召喚できるのだから、術式を学ぶ必要はなかったし、たとえ学び、新たに呪文を用意したとして、それで黒き矛が召喚できるわけではない。

 呪文によって、呼び出される召喚武装が決まる。

 召喚武装から逆算して呪文を作り出すことは、不可能ではないかもしれないが、極めて困難であり、だれも為し得ていないことだという。というのも、その召喚武装の形状や能力を始めとするあらゆる構成要素を完璧に理解し、呪文に織り込まないといけないからだ。

 黒き矛を呪文で再現するには、黒き矛の全能力を解明し、理解していなければならず、当然、いまのセツナですら完全に理解していないのだから、武装召喚術をしっかり学んだとしても、黒き矛を召喚するためには、術式を用いるわけにはいかなかった、ということだ。

 三流以下の武装召喚師にならざるを得ない。

「だが、そんな三流以下におまえは負けるんだ」

「その場合、俺もおまえも三流以下の以下、ということになるぜ」

「構わないさ」

 皮肉げに嗤う“影”を見据えたまま、セツナは、小さく告げた。駆けだしている。もはや“破壊光線”は怖いものではなくなった。ならば、正面切って接近戦に持ち込んだとしても、なんの問題もない。そう判断した。

 “影”が、笑みを消した。瞬時に黒き矛を掲げ、“破壊光線”を撃ち放ってくる。セツナを攻撃するためではない。牽制のための“破壊光線”。光の奔流が視界を埋め尽くすと、その向こう側で“影”の気配が消えた。空間転移。セツナは剣を掲げて“破壊光線”を吸収させると、即座に背後に向き直った。“影”が現れたところだった。

 鋭い息吹きとともに振り下ろされた矛を剣で受け止めると、割れるような金属音とともに光が散った。猛烈な衝撃が両手から腕に伝わるが、耐えられない威力ではない。空間転移の直後だ。“影”も全力を注ぎ込めない。

「そりゃこうするしかねえよなあ!」

「だったらどうした? 俺の優位は、微塵も揺らいじゃいない」

「はっ、どうだか」

「試してみるか?」

「やってみろよ」

 売り言葉に買い言葉で言い返したものの、セツナは、“影”の力に圧され始めていることに気づいていた。矛を受け止めたままの剣が、力ずくで押し返され、穂先がゆっくりと降りてくる。切っ先がセツナを射程に捉えた。“影”が狂暴な笑みを浮かべる。黒く禍々しい穂先に純白の輝きが宿った。超至近距離から“破壊光線”を撃ち放てば、さすがに吸収しきれない、とでもいうのだろう。

(まったく……やることがえげつない)

 それは、自分自身への感想そのものなのかもしれないが。

 セツナが“影”に押し負けるのは、得物を考えれば当然のことだ。

 身体能力がまったく同じであり、戦竜呼法による強化も同じ。ならば、差を分かつのは、召喚武装による身体能力の強化だ。

 黒き剣と黒き矛では、純粋に能力の差があるだけでなく、使用者にもたらす副作用である身体能力強化にも大きな差があるのだ。それは、黒き矛の使い手であるセツナだからこそ、はっきりとわかる。黒き矛を手にしているときのほうが、黒き剣を手にしているいまよりも遙かに強い自分を認識できるからだ。

 故に“影”に押し負け、矛の切っ先がこちらに向く。視界のほとんど真ん中を黒き矛の尖端が捉えていた。白く輝き、膨張する。

 そして、“破壊光線”は解き放たれた。


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