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第二千九百九十六話 自由というもの(十一)

(空間転移だな)

 黒き矛の、血を媒介とする空間転移能力を用いれば、セツナの視界から忽然と消え去ることも可能であり、セツナの死角に突如として出現することも可能だ。

 激痛が、足に走った。矛に切り裂かれたのだと認識したときには、その場に蹴り倒されていた。視界が空転する中で、こちらを見下ろす“影”の顔があった。

「これが狙いだったんだな」

「気づくのが遅すぎたな」

 “影”は、嗤った。戦闘そのものを楽しむような態度は、やはり、セツナの一部分を強調した結果のように想えてならない。が、そんなことを考えている場合ではなかった。セツナは両脚を切り裂かれ、激痛の中で砂浜に倒れている。仰向けに転がった結果、“影”の顔がはっきりと見えているのだが、それは“影”なりの優しさなのか、どうか。

 先程までの“破壊光線”乱発における“影”の狙いは、セツナを油断させることにあったのだろう。セツナ自身に油断したつもりはなくとも、何十回も同じ行動をそれこそ作業的に繰り返されれば、どこかに慣れが生まれ、それが油断となってしまったのだろう。

 “破壊光線”による牽制を延々と続けるような素振りを見せて、信じ込ませることができたのだから、“影”のほうが一枚も二枚も上手だったということだ。その点に関しては、敗北を認めるしかなかった。

 もっとも、敵が脅威と認めるような遠距離攻撃手段と、一気に間合いを詰める手段、そして、いくら“破壊光線”を撃っても問題ないくらいの膨大な精神力を保有していなければ、この戦術を取ることはできない。つまり、いまのセツナでは間違いなく不可能だ、ということだ。

 たとえ黒き矛を使えたとしても同様の戦術は取れない。

「どこが俺なんだか」

「全部だよ、みんな、すべて、なにもかも」

 “影”が、セツナの胸に向かって黒き矛を突きつけてくる。

「おまえ自身さ」

「はっ」

 左の手のひらで穂先を受け止めると、黒き矛の切っ先は、容易くセツナの掌を貫いた。鋭い痛みに顔が引き攣る。

「笑えねえ冗談だ」

「冗談じゃねえものな。笑えねえだろうさ」

 つぎの瞬間、手の甲を突き破った矛の切っ先が白く燃えた。膨張する白が視界を塗り潰し、物凄まじい熱量が全身を焼き尽くしていく痛みが、洪水のように意識に押し寄せ、思考も記憶もなにもかもを掻き混ぜていった。

 

 気がつくと、浜辺にいた。

 砂浜の上に寝転がっていて、空を見上げていた。星もなければ月もなく、ただ漠たる闇が覆い尽くす常闇の世界。マスクオブディスペアの試練、その領域。

 上体を起こしながら、自分の状態を確認する。全身に痛みが残っていた。焼け付くような痛みは、“破壊光線”で全身を燃やし尽くされた後遺症といってもいいのだろう。内臓に疼く不快感はすぐには治るまい。が、生きている。

 ここは地獄。

 夢と現のどちらに属するかといえば、夢の領域に近い。

 でなければ、最初の試練で命を落としている。

 そこから何度となく死に続け、ここに至っているのだ。地獄での死は、厳密にいえば、死ではない。死の疑似体験とでもいうべきものに違いなく、だが、それには猛烈な現実感を伴った。それこそ、本当の死そのものといっても過言ではないような感覚だ。

 突如として訪れる絶対的な暗黒。

 それはあまりに理不尽かつ暴力的だった。が、地獄での死は、絶対ではない。つぎの瞬間には、蘇生していて、なにもかも元通りだ。焼き尽くされた肉体も、切り落とされた首も、打ち砕かれた脳髄も、なにもかも綺麗さっぱり元に戻っている。

 故にこれは現実ではない。

 現実ならば、復活することなどできるはずもないのだ。

 現実における死は、極めて絶対的なものだ。

 闇の世界、そのどこからともなく降り注ぐ光の中で、砂浜がわずかばかりに光を帯びている。闇の海と同じようにだ。波打ち際に目を向ければ、黒い男がこちらを見ている。全身黒ずくめの中、紅い瞳だけが異様なほどに輝いているのだ。

 “影”だ。

 “影”のセツナ。鏡映しの如き自分自身であって、自分自身でないもの。

 手には、当然のように黒き矛が握られている。

「一戦目は、俺の勝ちだった」

「そりゃそうだろうよ」

 セツナは、苦い顔になるのを自覚しながら、立ち上がった。体の節々の痛みは、ゆっくりと消えていっている。次第に戦闘態勢が整っていく、そんな風に思う。

 地獄での試練では、毎度のことではあるが。

「なにがだ?」

「はっ。あれだけのことをしておいてさ」

「消耗のことか」

「ほかになにがある」

「対等かつ公平に戦え、とでもいいたいのかな?」

 などと“影”は煽ってくるが、セツナは、頭を振った。

「いいや。それをいったら、俺も同じだろう、って考え直した」

「だろう? おまえはおまえで十分に不公平だ」

「ああ。そうだな」

 肯定して、呪文を唱える。殺されるたびに黒き剣の召喚が必要なのは、少々、面倒だった。だが、こちらには、それがある。

 何度殺されても、また、最初からやり直すことができるのだ。どれだけ無惨な敗北を喫しても、どれだけ凄惨な殺され方をしても、一瞬の後に蘇り、何事もなかったかのように動き回れるのだ。

 一方、“影”は、一度負けたらそれで終わりだ。なぜならば、セツナが“影”に打ち勝つことが試練の達成条件だろうからだ。

 これまでも、そうだった。

 こちらの死は、それこそ無限に重ねることができても、相手の死は、一度きりなのだ。

 ランカインも、ルクスも、ウェインも、眷属たちのだれもかれも、一度の敗北が、セツナの勝利となり、試練の修了を告げた。

「本当に卑怯な奴だよ、おまえは」

「俺たちは、だろ」

「はっ、いえてるぜ」

 “影”が微苦笑を漏らした。黒き矛が旋回し、彼の太腿を切り裂く。血がわずかに噴き出して、つぎの瞬間、“影”の姿が掻き消えた。血を媒介とする空間転移。セツナは、“影”が自身の足を切りつけるのを見たときには、その場から飛び離れている。透かさず、光の柱が聳え立った。

 セツナの頭上へと瞬間的に移動した“影”による“破壊光線”だろう。砂浜が大きく抉れ、爆風が砂塵を巻き上げる。

 さらにつぎつぎと降り注ぐ“破壊光線”は、さながら集中豪雨のように砂浜に突き刺さり、周囲一帯を爆砕しまくった。爆砕に次ぐ爆砕が砂浜を徹底的に破壊していくかのようだったが、しかし、セツナには、まったく影響がない。

 黒き矛だけでは、滞空し続けることはできない。

 つまり、“影”は、上空から自由落下する最中、地上に向かって“破壊光線”を乱射したのだ。その爆砕範囲にセツナが収まっていればよし、そうでなくともセツナが付け入る隙はなく、“影”としてはなんの問題もないからだ。

 爆撃が止んだのは、“影”が地上に近づいたからだが、だからといって安易に接近することはできなかった。“影”は、燃え盛る爆煙の中でこちらに穂先を向けているに違いない。

(じゃあ、どうするってんだ?)

 セツナは、濛々と立ちこめる爆煙の中にいるであろう“影”の存在を感知しながら、自問した。

 武器は、黒き剣。

 斬るか突く、叩くことしかできない召喚武装である以上、“影”に打ち勝つには、なんとしてでも接近戦に持ち込むしかない。が、そのためには、“影”の“破壊光線”乱射戦法をどうにかする以外にはないのだ。近づこうにも、“破壊光線”を撃たれれば回避に専念するほかない。

 


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