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第二千九百九十五話 自由というもの(十)

「さすがは俺だ」

 にやり、と、“影”は嗤う。その鏡を見ているかのような表情に内心苦笑しかけるが、そんな暇があるはずもない。

「だが、甘い」

 黒き剣に受け止められたままの矛を強引に旋回させると、黒い切っ先がこちらに向いた。穂先が白く輝くのを目の当たりにすると同時に、セツナの体は反射的に動いている。飛び退くのではなく、体ごと突っ込み、“影”の体を押し倒したのだ。倒れ行く中で、猛烈な熱量が背中側で生じた。“破壊光線”が撃ち放たれたということだ。

 セツナは、笑いもせずに告げた。

「なにが甘いって?」

 セツナに押し倒されている最中の“影”は、しかし、笑みを口辺に刻んだままだ。余裕に満ちた態度。不遜な表情。戦場におけるセツナそのものが、そこにいる。

(なんて奴だ)

 自分への批評に等しい言葉を胸中に吐き捨てながら、砂浜に叩きつけた“影”に向かって剣を突きつけようとして、止めた。すぐさま右に転がり、跳ね上がるようにして立ち上がり、さらに飛び退く。純白の破壊の奔流が暗黒の浜辺を灼いた。

 “影”は、まだ砂浜の上に倒れたままだ。倒れたまま、黒き矛の切っ先をこちらに向けている。押し倒された状態のまま、セツナを背中から刺そうとした矛が、そのまま“破壊光線”の砲台となったのだ。ただし、連発はしない。“破壊光線”の燃費は、それほど優れたものではない。

 あのままセツナが“影”に剣を突き刺していれば、良くて痛み分け、悪ければこちらの方が痛手を負っただろうし、最悪、こちらが致命傷を負い、敗れ去っていた可能性まである。

 どのような状況に追い込まれても足掻き続けるのもまた、セツナらしいといえばセツナらしいが、それにしては底意地の悪そうなところは、自分と似ても似つかないのではないか、と、想わないではない。

「俺はおまえだよ」

「そうかい」

「いま、おまえの血肉を構成する数多の意志と同じだ」

 “影”が立ち上がりながら、告げてくる。

「おまえが、俺を構成しているんだ」

 だから、否定できようはずもない、とでもいうのだろうし、実際、否定できないのもまた、事実だ。“影”は、外見だけをセツナそっくりに似せた存在ではないのだ。

 それは、一瞬の交錯で理解できた。

 彼は、セツナの血肉から作られたもうひとりのセツナであり、だからこそ、セツナの想像通りに動き、ときに想像以上の動きを見せるのだ。底意地の悪さも、結局は、セツナの中のそういう部分が現れただけに過ぎない。

 柄を強く握り、呼吸を整える。セツナが師との地獄そのものの猛特訓の果てに掴んだ独特の呼吸法も、“影”は、そっくりそのままに使えていた。

 身体能力は、同じ。

 違うのは、得物――召喚武装だ。

 セツナは、黒き剣を、“影”は、黒き矛を手にしている。

 それがとてつもなく大きな差であることはいうまでもない。

 が、それは、“影”の手にしているそれが本物の黒き矛であれば、の話だ。その可能性は極めて低いと見ていい。黒き矛は、セツナが折ってしまったのだ。

 無論、だからといって召喚できないわけではないはずだ。穂先が折れたくらいでは、本来の力を発揮できなくなる程度のことしかないだろう。

 が、“影”の手にしている矛は、完全無欠の黒き矛であり、傷もなければ穂先が折れてもいなかった。セツナの記憶を元に再現された“影”と同じように、黒き矛もまた、記憶から再現されたものなのではないか。

 だとすれば、黒き剣でも勝ち目は見えてくる――。

(――気がする)

 それが気のせいではないことを心の中で祈りながら、地を蹴った。闇の浜辺。戦場を覆うのは砂浜であり、走り回って戦うには不向きな地形だった。思わぬところで足を取られ、転倒する可能性がある。といって、飛び回って戦うなど以ての外だ。体力を無駄に消耗するだけでなく、空中にいる間、無防備にならざるを得ないからだ。

 となれば、“影”に食らいつき、離れないようにするのが一番であり、それ以外には勝利への道はない。“影”は、黒き矛によって近・中距離のみならず、遠距離攻撃をも可能としている。対するセツナには、至近距離からの攻撃手段しか存在しないのだ。

 “影”が矛を掲げ、切っ先をこちらに向けてきた。穂先が白く輝いたことで、“影”の皮肉げにつり上がった表情がはっきりと見えた。つぎの瞬間、膨張した白が闇の浜辺を染め上げ、大気を灼き焦がした。

 セツナは、左に飛んで、“破壊光線”を避けている。そしてすぐさま右に飛ぶ。“影”が、矛の向きを変えただけで“破壊光線”を放ってきたからだ。純白の光の奔流が闇の世界を白く塗り潰し、熱気を充満させていく。通り過ぎるのを待つこともなく、さらに右へ跳躍する。すると、やはり“破壊光線”がさっきまで立っていた場所を貫いていった。

 右に飛ぶ。飛びながら、なんの躊躇いもなく“破壊光線”を連発してくる“影”を睨むも、“影”は切っ先をこちらに向けてきただけだった。穂先が白く膨張する。光の奔流が噴き出した。そのときには、セツナもさらに右手に飛んでいる。

 “破壊光線”がすぐ側を通過していくと、それだけで全身から汗が噴き出した。凄まじい熱量の塊なのだ。ただの人間の体ならば、掠るだけで痛撃となることは間違いない。故にセツナは、飛び回ってでも逃げ続けなければならなかった。

 “影”は、“破壊光線”による精神力の消耗をまったくといっていいほど気にしておらず、まるで箍が外れたように“破壊光線”を乱発してきていた。飛んで避けるたびに着地点に向かって“破壊光線”を撃ってくるものだから、セツナももはや無意識のうちに跳躍するようになっていた。

 右方向への跳躍と着地の繰り返しで、“影”を中心とする円を描くような動きになる。

(狙いはなんだ?)

 “影”は、なかなかといっていいほどに“破壊光線”による牽制攻撃を止める気配がなかった。既に数十発もの“破壊光線”が撃ち放たれ、そのすべてが虚空を貫き、消えていった。一度たりともセツナを捉えることはなく、むしろ、捕捉する気がないのではないか、と想えた。

 狙いが、見えてこない。

 セツナの体力の消耗を狙っているのだろうか。だとすれば、これをあと何百回、何千回と繰り返せば、いつかはセツナの体力も尽きるかもしれないが、いまのところ、なんの問題もない。飛んで逃げているだけなのだ。そんなことですぐさま力尽きるほど、セツナの肉体は脆弱ではない。

 それに、そこまでに“影”の精神力が底を尽きるはずだ。

 が、それもなさそうだった。

 既に数十発もの“破壊光線”を撃っていながら、“影”に疲労の様子は見えない。

 もしかすると、“影”の精神力は無尽蔵にあるのかもしれない。

(その可能性は高いな)

 厄介なことだが、これは試練だ。

 試練である以上、容易く突破できるようなものにしてはいないはずだ。

 たとえば、“破壊光線”の撃ち過ぎで力尽きたところを倒し、突破できるような馬鹿げたことはあるまい。

 セツナは、数十発目の“破壊光線”が撃ち放たれたつぎの瞬間、右側に向かって大きく飛び、そして、はっとした。

 逃走経路とでもいうべき円の中心にいたはずの“影”の姿が消えていたのだ。忽然と、綺麗さっぱり、消えて失せている。その場から飛び離れた、というわけではあるまい。だとすれば、セツナの視界に入らないわけがないのだ。

 では、どうやって消えたのか。

 考えるまでもない。


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