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第二千九百九十四話 自由というもの(九)

 闇の海を飲み込み、急速に成長する黒い竜巻は、物凄まじいうなりを上げて、セツナの頬を嬲った。立っていられるのもやっとなほどの風圧が旋回し、一点に収束している。巻き上げられるのは海水だけではない。海辺の砂も尽くが吸い寄せられていき、竜巻の成長を促進させるようだった。

(この竜巻をどうしろって?)

 セツナは、成長を続ける黒い竜巻を睨み据え、胸中で吐き捨てた。マスクオブディスペアは、小難しい試練を受けさせるつもりはない、といった。

 それが本音かどうかは不明だが、素直に受け取るべきだろう。

 いままでの試練もそうだったが、少なくとも、主催者が嘘をつくようなことはなかった。

 であれば、単純な試練と考えるべきだ。

 そうなると、考えられる試練は、ふたつくらいしかない。

 ひとつは、この黒い竜巻を止めるということ。つまりは、打ち破るのだ。

 もうひとつは、この黒い竜巻から逃れきること。竜巻は急成長を続けていて、闇の海も、浜辺も、なにもかもを飲み込もうとしている。セツナはなんとか踏ん張っているものの、このままでは吸い寄せられ、竜巻に取り込まれてしまうだろう。

 故に逃れきることもまた、試練になりうるのではないか、と考えたのだ。

 試練はなにも、戦闘だけがすべてではない。

 戦うべきか、逃げるべきか。

 ふたつにひとつ、だが、セツナはとにかく呪文を唱えることにした。

「武装召喚!」

 その一言が術式を完成させる結語となり、武装召喚術を発動する。全身がまばゆい光を発したかと思うと、爆発的な光が右手の内に収束し、一振りの剣を形作る。闇の世界よりもさらに黒い剣。手にした瞬間、あらゆる感覚が増幅し、力が満ちた。召喚武装の副作用は、武装召喚師の強みだ。

 黒き剣を右手に握り締め、その場で構える。踏ん張る力が強くなったことで、竜巻に吸い寄せられる心配は減った。しかし、竜巻がこのまま勢力を強め、吸引力を増大させていくとなれば、いつまでも立ってはいられないだろう。

 選択を迫られている。

 そう思った矢先、竜巻に変化が起きた。

(なんだ?)

 世界を震撼させるような物凄まじい音が響き渡り、竜巻が弾けて消えた。風が止み、吸い寄せられ、舞い上げられたすべてのものが降り注ぐ。それはまさに集中豪雨と呼ぶべき現象であり、降りしきる海水の中には浜砂が混じり、泥水となって海面に落ちていく。

 幸い、セツナの立っている場所にはほとんどなにも降ってこなかったものの、茫然とせざるを得ないのもまた事実だ。なぜならば、竜巻がなにをしたかったのか、まるでわからないからだ。

 突如出現し、勢力を拡大し続けたかと思うと、またしても突然、消えて失せたのだ。

 これでは、セツナが剣を召喚したのが馬鹿馬鹿しくなる。

(いや……あれは……)

 セツナは、降りしきる泥の雨によって無数に弾ける水飛沫の中、闇の海の上に立ち尽くすなにものかがいることに気づき、考えを改めた。

(いつの間に……?)

 つい先程まで、マスクオブディスペアが立っていた場所のすぐ側に、その人物は佇んでいる。泥の雨と水飛沫のせいでよく見えないが、しかし、存在していることは確実だ。

 黒い人物。

 闇の世界の闇の海よりも昏く、黒い。黒一色といってもいいのではないか、というくらいの黒さだ。黒ずくめで、手には、長柄の武器を持っているようだった。目が、紅く光っている。まるでマスクオブディスペアのように。しかし、マスクオブディスペアではない。老人ではないのだ。若い。セツナと同じくらい――いや、そういうことではない。

 泥の雨が止み、水飛沫も収まった。

 それにより、セツナは、改めてその人物を確認することが出来た。降り注ぐ光と、乱反射する光に挟まれ、黒ずくめの男の全容が明らかになる。

「……なるほど、だからか」

 セツナは、マスクオブディスペアが試練に先駆けて問うてきたことの意味を理解した。

 というのも、闇の海の上に佇む黒衣の男は、セツナ自身だったからだ。

 ぼさぼさの黒髪も血のように紅い目も、その目つきの悪さも、不敵な笑みも、黒い装束に包まれた肉体も、なにもかもがセツナそのものだった。鏡映しといっていいが、鏡に映った自分と違うのは、手にした武器の位置だろう。ちゃんと利き腕に握られている。

 そして、その手に握られた武器だ。

 破壊的といっても過言ではないほどに禍々しい形状をした漆黒の矛。それはまさに、彼がかつてカオスブリンガーと名付けた召喚武装そのものであり、セツナは、渋い顔をするほかなかった。

 マスクオブディスペアがセツナに自分を知ることを求めたのは、そうでなければ、セツナ自身と戦わせることができなかった、というようなことに違いない。

 確信し、剣の柄を握る手に力を込める。

 相手が本当に自分そのものを完璧に再現したものであるというのであれば、話は早い。手の内はわかりきっている。自分の戦い方は、自分が一番よく知っているのだ。

「よう、俺」

 それが、唐突に口を開いた。声は、自分のものとは想えないような違和感がある。録音した自分の声を初めて聞いたときのような、そんな感覚。慣れない限り、その違和感を拭うことは難しいだろう。

「やっぱり、俺なのか」

「ああ。俺はおまえだよ、神矢刹那。まあ、完璧に再現された、という程度の存在だけどな」

 自嘲するように告げてきたのは、性格までも完璧に再現されているからなのかどうか。

 セツナは、自分の影そのものともいえる相手を見据え、その一挙手一投足を見逃すまいと警戒を強めた。こちらは黒き剣で、相手は黒き矛だ。召喚武装の性能差は、埋めがたいものがある。一瞬でも気を緩めれば、その瞬間に勝敗は決するだろう。もちろん、セツナが敗北するという決着だ。

 故に、わずかな動きも見逃してはならない。

「そう緊張するなよ、俺。そう難しいことじゃあないんだからさ」

「そっちは黒き矛だろうが!」

「そうだぜ」

 影が、海面を蹴った。巨大な水飛沫が込められた力の強烈さを示し、影の肉体が空高く飛び上がる様を見せつけられる。矛の切っ先がこちらを向いている。穂先が白く膨れ上がった。“破壊光線”。

「つまりおまえは、自分が殺してきた相手の味わった理不尽を味わうってことさ」

 純白の光が前方上空を塗り潰したかと思うと、破壊の奔流が殺到してくる。が、セツナは、とっくに見越して行動に移っている。“破壊光線”の爆砕範囲から逃れるため、大きく後ろに飛んでいた。光の奔流が浜辺に突き刺さり、光と音を乱舞させる。

 球状に膨れ上がる破壊の力を見遣りながら、しかし、胸を撫で下ろす暇はない。振り返れば、そこに影がいた。咄嗟に剣を振り上げる。火花が散り、重い衝撃が両腕を伝わった。骨に響くほどの一撃。影の顔が間近出見えた。

「良かったじゃないか。より、自分を知ることができるんだからな」

 狂暴な笑みを浮かべるセツナ自身の顔をしたそれは、戦場のセツナそのものに違いない。

 強敵を相手にしたとき、セツナは、戦闘を楽しむ傾向にある。そのことは、だれに指摘されるでもなく、自分自身で理解していることだった。任務や目的よりも戦闘を優先させるというようなことはないものの、しかしながら、その場の戦いを全力で楽しもうとするようなところはあった。

 相手が強敵であれば強敵であるほど、昂揚した。

 凶悪な笑みを浮かべる影にとって、セツナは強敵となり得るのか。

(なってみせるさ)

 セツナは、胸中で告げ、相手の繰り出してきた蹴りを蹴りで弾き返した。

 自分自身。

 戦法は、手に取るようにわかっている。

 


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