表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2986/3726

第二千九百八十五話 修行、半ば

 “剣聖”トラン=カルギリウスたちとの修行の日々は、シーラにとって、刺激的なものといってよかった。

 セツナたちが“竜の庭”を飛び立ち、数日が経過したが、修行が始まったのは、飛び立った日のうちからだ。即日、トランに教えを請いに行き、了承されている。

 トランたちが無償で師匠役を買って出てくれたのは、シーラたちの修行の成果が、そのまま、ネア・ガンディアとの決戦において役立つということを理解していたからだろうし、彼らの主君である銀衣の霊帝ラングウィン=シルフェ・ドラースからも話を聞いていたからのようだ。

 ラングウィンは、彼らにセツナたちに協力するよう申し渡していた。

 打倒ネア・ガンディア、打倒獅子神皇は、ラングウィンにとっても悲願なのだ。そして、獅子神皇を討ち滅ぼすには、セツナと黒き矛の力が必要不可欠であり、また、獅子神皇に矛の切っ先を突きつけるには、ネア・ガンディアの軍勢を打ち破るだけの戦力が必要となる。

 当然、ラングウィンたちも協力してくれるのだろうが、それだけでは物足りないというのが、三界の竜王や魔人アズマリアの見立てであり、そのための戦力増強の一環として、シーラたちは、身体能力の向上と戦竜呼法の体得を目指した修行に没頭することとなった。

 ファリア、ミリュウ、ルウファの三名は、アズマリアが音頭を取る異世界修行に赴いた。魔人によれば、その修行によって、ファリアたちは召喚武装の真の力を解放できるようになるはずであり、それは、戦力の大幅な増強に繋がるだろうとのことだ。

 が、シーラたち召喚武装使いは、異世界修行を行うことができない。

 異世界修行とは、読んで字の如く、アズマリアの召喚武装ゲートオブヴァーミリオンの能力によって異世界に赴き、行うものだが、その向かう先の異世界というのは、召喚武装の在るべき世界なのだ。

 シーラやエスクが用いる召喚武装は、この世界に取り残されたものであり、もし在るべき世界に帰れば、イルス・ヴァレに持って帰ってくることはできないという。そしてそうなれば、召喚呪文がどこかに記録されているのであればまだしも、そうでなければ、二度と召喚することはできなくなるだろうとのことだった。

 そのため、シーラたち召喚武装使いは、異世界修行は行えず、この世界に留まったまま、それぞれに身体能力を底上げしたり、召喚武装の使い方を極めていくしかなかったのだが、そこに希望がないわけではなかった。

 それこそ、戦竜呼法だ。

 “剣聖”トラン=カルギリウスがその超人的な身体能力の拠り所とする独特な呼吸法は、竜属特有の呼吸法を源流とし、“剣鬼”ルクス=ヴェインが体得し、セツナも体得している。

 戦竜呼法を体得することができれば、シーラたちの戦闘能力は飛躍的に向上し、それにより、召喚武装使いとしての戦力もまた、大幅に増強されることになるだろう。

 そのため、シーラたちは、暇を持て余すことなく、修行に明け暮れていた。

 休憩時間は、食事と睡眠に割くだけであり、それ以外のすべての時間をトランたちとの鍛錬に費やした。疲労が溜まれば、竜属の魔法で回復してもらい、鍛錬を続行する。精神的な消耗こそ、時間をかけて回復するしかないものの、トランたちとの厳しくも刺激的な修行がシーラを精神的に消耗させるようなことはなく、むしろ、彼女の心を高揚させ、肉体を軽くした。

 それは、エスクやエリルアルムも同じらしかった。

 トラン、アニャン、クユンの三名が、シーラたちの師となり、シーラたちは彼らから戦竜呼法を盗み取るために必死だった。

 戦竜呼法は、言葉で教えられるものではないのだ。

 最初の呼吸法の使い手トランは、どうにかして他人に伝えられないものかと考え抜いたそうだが、あまりにも難しく、諦めたという。ルクスが戦いの最中、見様見真似で体得して見せたことから、やはり、言葉ではなく、体で覚える以外にはないのだと結論づけたといい、実際、アニャンもクユンもトランとの厳しい鍛錬の中で身につけたとのことだった。 

 セツナも、そういっていた。

 血反吐を吐くような修行の先にこそ、光明が見えてくるのだ、と。

 だからこそ、シーラたちのだれひとりとして音を上げず、厳しく激しい鍛錬に食い下がっているのだ。

「とはいえ……きついな」

 エスクが疲労困憊といった有り様で本音を吐露したのは、修行の合間のことだった。ぐったりと仰向けに寝転がったエスクの全身からは大量の汗が噴き出していたが、それはシーラたちとて同じことだ。だれもが全身をいじめ抜き、疲れ果てている。

「弱音とはめずらしい」

「いやいや、きつくない?」

「確かに厳しいのは事実だが、この程度で音を上げてはいられないだろう。我々には一刻の猶予もないのだからな」

「そりゃそうなんだけどさ」

 エスクが転がっていた木剣を手に取り、頭上に掲げた。

 滝壺に流れ落ちる水の音は、激しくも涼やかだ。

 修行は、“竜の庭”の各所を巡って行われている。“竜の庭”には、トランたちが修行場とした場所が点在しており、その修行場を巡っているのだ。修行場は、“竜の庭”の中でも特別な霊域であり、修行をするには特に効率のいい場所なのだという。

 だとしても、一カ所に留まって修行を続けるほうが効率がいいのではないか、という疑問には、日によって霊域の力が強くもなり弱くもなるという回答が示された。トランたちが“竜の庭”を巡りながら修行する中で見つけた法則性に従い、修行場を巡回しているのは、そのためなのだ。

 霊域とは、“竜の庭”という竜王ラングウィンの結界の中にあって、竜王の魔力が噴き出す場所のことであり、間欠泉のようなものだという。そして、間欠泉のように一定間隔で魔力が噴き出しており、魔力が噴き出している間は、竜王の魔力を恩恵として受けることができるのだ。

 その恩恵の最たるものとして、肉体疲労の鈍化が上げられる。

 つまり、肉体を限界まで酷使しても、その疲労は微々たるものとなり、修行を効率的に行うことができるのだ。

 極めて長時間、激しい運動を続けてもなんの問題もないのは、霊域の効能のおかげだった。

「こうも光明が見えてこないとな」

 エスクが遠い目をして、いった。

 彼のいいたいことはわからないではない。ここ数日、ほとんど休みもなしに鍛錬を続けているというのに、戦竜呼法がどういったものなのかもわからず、きっかけさえ掴めていない。ルクスは一瞬で体得したというのだが、シーラには真似できそうになかった。

「まだ始まって数日なんだ。そんな容易く体得できるものでもないだろ」

 シーラが告げれば、エスクはわかっているとでもいわんばかりに顔をしかめた。

 そこへ一体の飛竜が舞い降りてきて、一声、吼えた。竜語魔法がシーラたちの体から疲労を取り除き、力を漲らせていく。霊域による肉体疲労の鈍化と、竜語魔法による体力回復は、シーラたちの修行を地獄のようなものにしているのだが、彼女はむしろ、感謝していた。

 おかげで、余計なことを考える時間がない。

 修行だけに集中できるのだ。

 エスクが跳ね起きると、先程までの暗い表情が嘘のように消えていた。

「さて、続きをやりますかねえ」

 シーラとて、同じだ。

 疲労が消え去り、体力が回復すれば、やることはひとつしかない。

 木槍を手にしたシーラは、エスク、エリルアルムとともに“剣聖”師弟と向き合った。

 トランたちの顔にも疲労は見えない。

 修行は続く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ