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第二千九百八十四話 想い、遠く

 激戦が繰り広げられている。

 “剣聖”トラン=カルギリウスとその二名の弟子と、シーラ、エスク、エリルアルムたちは、鍛錬という名の激闘の日々を送っており、今日もまた、朝からずっと戦い続けていた。

 もちろん、休憩を取りつつではあるものの、休憩以外のほとんどの時間を鍛錬に費やすのは、シーラたちの覚悟の表れだろう。そんなシーラたちの鍛錬に付き合ってくれているトランたちには、感謝するほかない。

 シーラたちの鍛錬の成果は、トランたちの利益にも繋がるとはいえ、短い休憩時間を除くほぼすべての時間、、シーラたちと相対し続けているのだ。疲労こそすぐさま回復できるのだとしても、それでも、生半可な覚悟でできることではないだろう。

 場所は、様々だ。

 “竜の庭”の各所を巡るようにして、様々な地形を利用しての鍛錬が行われていた。

 シーラたちが“竜の庭”に残り、“剣聖”たちを相手に修行の日々を送っているのは、ネア・ガンディアとの決戦に備え、鍛えられる限り鍛えたいという想いからであり、端的に言えば戦竜呼法を体得するためだった。

 戦竜呼法とは、竜属特有の呼吸法であり、本来、そのような名称は存在しない。トランが人間の呼吸法と明確に区別をつけるため、便宜上そう名付けたのだ。人間の呼吸法とはまったく異なるものであり、体得するのは困難を極めるという。しかし、戦竜呼法を体得することができれば、それだけで身体能力を飛躍的に向上させることができ、戦力の大幅な増強に繋がるのは間違いなかった。

 セツナの師“剣鬼”ルクス=ヴェインは、トランとともに戦う中、見様見真似で戦竜呼法を再現して見せたといい、その天才剣士の所以を思う存分に発揮したという。

 それは、トランにとっても驚くべきことであったらしく、彼が唯一天才と認めるのもまた、ルクス=ヴェインだけらしい。

 トランの弟子二名もまた、戦竜呼法を体得しているとのことだが、そのために膨大な時間を費やしたといい、トランはつきっきりでその修行に付き合ったとのことだ。アニャンにせよ、クユンにせよ、もう二度と戦竜呼法体得のための修行はしたくない、と発言しているくらいだ。余程、苛烈なものだったのだろう。

 もうひとり、戦竜呼法を体得している人間がいる。

 それが彼女の主であり、この場にいないセツナ=カミヤだ。

 セツナが戦竜呼法を体得したのは、彼曰く地獄での修行の成果のひとつであるといい、地獄で逢った師ルクスにそれこそ何度も殺されながら、自然と身につけていったのだ、という。

 セツナが法螺を吹いているとは思えないし、事実なのだろうが、それにしても、と、彼女は想う。

 地獄。

 セツナが過ごした地獄での二年あまりは、彼女がこの世界で眠り続けた時間でもあった。

 そのときのことはよく覚えていないが、セツナとの繋がりがあまりにも微弱なものとなった結果、そのような状態とならざるを得なかったのだろう。そして、そんな自分を護り続けてくれていたのは、かつて嫌っていた十三騎士のひとり、テリウス・ザン=ケイルーンだったことは、忘れることはないだろう。

 彼がベノアガルドの地に運んでくれなければ、レムはいまごろ、どうなっていたのか。

 そんなことを考えるのは、結局のところ、暇を持て余しているからだ。

 レムは、戦竜呼法を体得する必要がない。というのも、セツナから話を聞いて、彼の呼吸法を真似するだけで再現できてしまったからだ。シーラやエスクに狡いだの卑怯だの散々指摘されたが、こればかりは致し方のないことだ。

 レム自身、予期せぬことだった。

 予期せぬことだが、同時に、セツナとの深い繋がりを肌で感じることができたのは、幸福以外のなにものでもなかった。

 魂が繋がっているからこそ、セツナが地獄に堕ちたときには深い眠りに落ち、セツナが地獄で体得した呼吸法をも簡単に再現できたのだ。

 そしていま、この胸の奥に渦巻く不安もまた、セツナとの心の繋がり、魂の絆というべきもののせいに違いなかった。

 広大な滝壺で繰り広げられるシーラたちの死闘ともいえるような激しい鍛錬を岩の上から見下ろしながら、レムは、自分の胸に手を当てる。小さな胸の奥底で、心が震えていた。主の窮状を訴えているかのようなその魂の振幅は、彼女に不安を煽り続ける。

 その不安の原因は、セツナの苛烈な戦いにあるのではないか、と思えてならないのだ。

 セツナは、数時間前に完全武装状態となっている。遙か彼方に離れ離れとなっても、同じ世界にいる限りレムはセツナを感じ取ることができたし、セツナが完全武装となれば、それ完璧に把握することができた。完全武装は、黒き矛と眷属の力の完全解放状態といっても過言ではないのだ。マスクオブディスペアの力も解き放たれ、その力によって仮初めの命を得ているレムにも伝わった。

 セツナが完全武装を用いるのは、強大な力を持つ敵や膨大な数の敵と対峙したときであり、窮地に陥る可能性があるような状況に置かれたときくらいのものだ。神人や神獣を相手にするだけでは、完全武装を用いることはなく、故にセツナが強敵と対峙したことは想像に難くない。

 しかし、それは数時間前のことであり、しばらくして完全武装が解除されたことで、レムは心底安堵したはずだった。戦いか、それとも緊急事態か。いずれにせよ、セツナは窮状を脱し、無事、生き残ったのだ。だからこそ、レムもこうして生きていて、思考することができている。

 セツナが死ねば、レムもまた、死ぬ。

 レムがここにいるのは、シーラたちがセツナの無事を確認し、安堵するためでもあった。

 レムが無事で有る限り、セツナもまた、無事なのだ。

 だから、レムは、シーラたちにセツナの身に起きている非常事態についてなにもいわなかった。完全武装化したことも伝えなかったし、いま、セツナが不安定な状態にあることも言葉にしなかった。伝えれば、彼女たちは、すぐにでもセツナの側に向かいたいと言い出すのは目に見えている。そうでなくとも、修行に良くない影響を与えてしまうだろう。

 シーラたちにはじっくりと鍛錬をしてもらい、戦竜呼法を体得してもらうのが一番であり、余計な心配事を増やすような真似はするべきではなかった。

 たとえそれがセツナのことであっても、だ。

「どうしたのだ? レム。先程からずっと上の空のようだが……?」

 不意に疑問を投げかけてきたのは、レオナだった。

 幻想的な白銀の獅子の背に跨がり、鬣にしがみつくようにした幼子は、くりくりとした目でこちらを見上げている。彼女は、レムとともにシーラたちの鍛錬をずっと見守っていた。それはまるで、将来の自分のためでもあるようであり、彼女がなにも考えずに行動しているわけではないことの現れのようでもあった。

 実際のところは、わからない。わからないが、ただの暇潰しではあるまい。シーラたちの死闘を見守ることで暇を潰せるはずもないのだ。

「……今日の夕食のことを考えておりまして」

「夕食を考えるのはゲインの仕事ではないか」

「ですから……今宵はなにが出てくるのかと考えていたのでございます」

 レムは、レオナの鋭い一言に一瞬言いよどんだが、すぐさまそう言い切った。レオナは、セツナを慕っている。家臣としてだけでなく、話に聞く英雄として、ひとりの人間として。

 心を許してもいるのだ。

 セツナがいれば、常にその側にいて離れよとしないのも、そのためだろう。

 そんな彼女にレムが感じていることを伝えれば、不安を煽るだけのことだ。それこそ、この地を飛び出し、セツナの元に馳せ参じるべきだ、などと主張しかねない。

 そんなことができるはずもなかった。



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