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第二千九百八十二話 呪われしもの(一)

 沈黙が、続いた。

 セツナによる詳細の説明を聞いただれもが、なにをいうべきか、どのような言葉を発していいものか、判断に困っている様子だった。

 セツナの膝の上で小飛竜態のラグナが顔をしかめ、神々もまた、それぞれに口を噤み、考え込んでいる。ミドガルドも黙して語らず、ウルクは、心配そうな表情でこちらを見つめていた。

 場所を魔晶城郊外から、魔晶城地下の一室に移している。地上に在ったすべての建造物が徹底的に破壊されてしまった影響で、地下にある研究施設を応接室として代用しているが、特に問題はなかった。

 広い室内の一カ所に集まり、顔を付き合わせて話したのは、セツナの身に起きている異常事態について、だ。

 それを呪いという。

 ベノアガルドに混沌を撒き散らした邪神アシュトラとの激闘の末、追い詰められたアシュトラが放った一手。それが呪いなのだが、それがいったいどういうものであり、どのような影響を及ぼすものなのかについては、当初、まったくわからなかった。

 呪われた直後からなんらかの作用があったわけでもなければ、日常生活や戦闘になんらかの支障を来すこともないまま、日々が過ぎ去った。

 そんなある日々の中で違和感に気づいたのは、呪われてから随分と経ってからのことのように想う。

 アシュトラはそれほど巧妙かつ複雑な呪いをセツナに仕掛け、そして、自分自身もまた、呪われ、堕ちた。トウヤの話を信じるならば、神の座から堕ちたアシュトラはトウヤたちによって討ち滅ぼされたということであり、それは、重大な事実を示すことだった。

 呪いを解くことができるのは、呪いをかけたものだけだ、という大前提があるからだ。

 トウヤは、獅子神皇ならば例外的に呪いを解くこともできる、というようなことをいっていたが、それが本当のことかどうかわからない。

 ただひとつ確かなことがあるとすれば、現状では、セツナにかけられた呪いを解く方法はなくなったということだ。

「……あれは自尊心の塊だったが、しかし、追い詰められたからといって安易に人間を呪うものだろうか」

 フォロウ神が疑問を浮かべると、ラダナス神が反応した。ミドガルドの同志三神は、アシュトラ同様、ヴァシュタラに合一していた神々なのだ。

 五百年もの間、アシュトラと融合していたのだから、その考え方や在り様を理解していることに関しては、なんら不思議ではない。

「追い詰められた末、相手が魔王の使いとなれば、冷静さを欠いた行動に出るのも、アシュトラならばわからなくはないな!」

「ふむ……そういわれれば、そうかもしれん」

「しかし、アシュトラ様が彼のものたちに滅ぼされたとなれば、呪いを解く術は……」

 同志三神の中でミュザ神だけは、セツナに同情的な態度を貫いていて、その優しさには、セツナ自身、心打たれるものがあった。

「あやつは、獅子神皇ならば解くこともできる、といっておったがな」

「神々の王たる獅子神皇ならば、不可能ではないかもしれん」

 ラグナの発言に反応を示したのは、マユリ神だ。難しい表情で、続ける。

「だが、獅子神皇がなんの益もなくセツナの呪いを解くはずもない。セツナが獅子神皇に忠誠を誓うというのであれば、一も二もなく解くだろうがな」

「だとすれば、解かれることはないってこった」

 セツナは、静かに断言した。膝の上の飛竜がこちらを仰ぎ見る。翡翠色の瞳に複雑な感情が渦巻いていた。

「セツナ……」

「セツナ殿、それでよろしいのですか?」

「いいも悪いもないんですよ。俺は、獅子神皇を討たなきゃならない」

 ラグナを両手で包み込むようにしながら、セツナは顔を上げた。ミドガルドの隣で、ウルクがこちらを見つめている。もはや人形ではなく、人間に極めて近い存在となった彼女の表情は豊かさを増したが、その結果、曇らせ続けることになったのは、不徳の限りと想わずにはいられない。ウルクには、もっと笑っていて欲しい。

「獅子神皇は、聖皇の力の器なんですよ。放っておくわけにはいかないし、呪いを解くために軍門に降るなど、以ての外」

「呪いを解くだけ解いてもらって、じゃな」

「そんな都合よくいくわけねえだろ。見抜かれるさ」

「むう……」

「それにさ、呪いの影響なんてたかが知れてるんだ。なんの問題も――」

 ねえよ、と、いおうとして、言葉が詰まると同時に視界がぐらりと揺らいだ。えっ、と、声を上げることもできなかった。目の前が急速にぼやけていく中で、あらゆる感覚が消失していくような気がした。ラグナを包み込んでいる両手の感覚、ラグナのひんやりとした体温も感じなくなり、声も音も遠ざかっていく。

 自分だけがその場に取り残され。世界が遠のいていくような、そんな感覚だった。

 しかし、意識は薄れない。

 確かにそこに在り、故にセツナは、茫然とした。

 声を上げた。

 叫んだはずだ。

 だが、自分の耳にも聞こえなければ、手も足も動かない。感覚がなく、故に動かしようもないのだ。

(なんだ? なにが起きた?)

 目の前は真っ暗で、なにも見えないし、なにも聞こえない。なにも感じず、なにも匂わない。

 なにもない。

 あるのは、虚無。

 無明の暗黒。

 ただそれだけだ。

(ラグナ? ウルク? おい、そこにいるんだろ? 俺の側にさ!)

 声を、上げる。

 上げ続ける。あらん限りの声で叫ぶのだ。喉が張り裂けようとも構わない。叫ばなければならなかった。声を上げなければならなかった。

 自分はここにいるのだ、と、伝えなければならない。

 でなければ、だれにも気づかれないまま、暗闇の中に取り残されるのではないか。

 そんな不安が洪水のように押し寄せてきた。

(返事をしてくれよ! なあ、おい……!)

 叫ぶ。

 叫び、吼え、大声を上げる。

 だが、声が出ていないこともまた、わかりきっていた。

 だれにも届かない叫びを、心の中で上げているに過ぎない。

(これが……呪い?)

 疑問は、やがて確信に変わっていく。

 自分たちとも呪いとも無関係の第三者の攻撃だとは、考えられなかった。あの場にいただれひとりとして反応できていない時点で、ありえない。たとえそれが獅子神皇の攻撃だとしても、強大な力であればあるほど、神々が感知しないはずがないのだ。ラグナもいるし、ウルクもいた。感知能力に長けたものたちが集まっていたのだ。

 つまり、なんらかの外的要因によってこうなったわけではない。

 原因は、内にある。

 セツナ自身の内側にこそ、この暗黒の闇が存在し、顕現したのだ。

(呪いなのか……)

 それ以外に考えられなかった。

 アシュトラの呪い。


 

 セツナが突如として昏倒してから、既に一時間以上が経過していた。

 ラグナは、セツナの身に起きた異変がなんであるか理解できなかったし、事前に察知できなかったことを口惜しがっていたが、それは当然のことだと神々がいっていた。

「これが呪い、なのですね」

 ミドガルドの冷静そのものの反応は、少しばかり憎たらしくもあったが、こういう場合、彼のような立場の人物が取り乱すほうが問題だということもわかっていた。

 ウルク自身、冷静さを欠いてはいなかったのだ。

 ただ、ラグナを撫でていたはずのセツナが突然、前のめりに倒れ込み、そのまま起き上がらなかったときには、どうしようもない不安に駆り立てられたものだった。駆け寄り、彼が呼吸していることを確認したことでようやく安堵したものの、それで解決したわけではなかった。

 問題は、深刻だったのだ。


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