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第二千九百八十話 兄弟(一)

 やがて、黒い飛翔船は、セツナたちの遙か前方上空で動きを止めた。

 飛翔翼を展開し、高度を維持したまま、なんの動きも見せない。

「なんだ?」

「わからんが……警戒を怠るでないぞ」

「いわれるまでもねえ」

 セツナはラグナに言い返しながら、黒き矛を握る手に力を込めた。黒き矛は、この場にいるすべての神々に敵意を滾らせているが、中でももっとも強烈な反発を覚えるのは、黒き飛翔船に対してだ。

 飛翔船は、神の力を動力とする。そのため、黒き飛翔船にも原動力にして操縦者たる神が乗っているはずであり、カオスブリンガーは、その神威を敏感に感じ取り、強い敵意を発揮したに違いない。

 黒き矛にもわかっているのだ。マユリ神やミドガルドの同志たちよりも、ネア・ガンディアの神こそが敵である、と。

 飛翔船が空に留まったまま、なんの変化も起きないながらも警戒を強めていたちょうどそのときだった。

 不意に黒い風が吹き、セツナの頬を撫で、前髪を舞い上げた。

「あっれ……おかしいなぁ」

 若い男の声が聞こえたのは背後からであり、セツナは瞬時に振り向きざま、黒き矛を構え直した。視界の中心に該当の人物を捉え、その無造作なまでの無防備な背中を見据える。セツナだけではない。ラグナも臨戦態勢だったし、マユリ神も神威を放出していた。

 ミドガルドの同志たる神々もそれぞれに臨戦態勢に入っていて、ウルクはミドガルドを庇うようにして、彼を背後に追いやっていた。

 だが、男は、セツナたちの反応など黙殺するかのようにして、魔晶城を見遣っている。黒一色といっても過言ではない後ろ姿からは、均整の取れた体格であることがはっきりとわかった。後ろ姿だけでは年齢を計る術はないが、身の丈はセツナよりも低く、体重も軽そうだ。黒一色に見えるのは、長めでぼさぼさの黒髪に真っ黒な装束を身に纏っているせいだ。

 その装束には、見覚えがあった。

 セツナがさらに警戒を強めたのは、そのためだ。ザルワーン島、ログナー島で出会ったセツナを兄と呼ぶ連中が身につけていた黒装束とそっくりだった。

「エベルと戦闘中だって話じゃあなかったのかあ?」

「エベルは滅びた」

「えっ!?」

 セツナの一言を受けてか、男は、愕然とこちらを振り返った。その瞬間、セツナはさらなる確信を得る。というのも、男が黒い帯で目を隠していたからだ。

 ザルワーン島、ログナー島に現れた連中と関わりがあることは、一目瞭然だった。

「まじですか……」

「ああ。俺たちが滅ぼした」

 たち、と、強調していったのは、セツナと黒き矛の力だけでは滅ぼせなかったからだったし、ミドガルドたちとの協力があればこその大勝利であることをだれよりも知っているからだ。

 エベルは、あのナリアと同等の力を持つ神だ。たったこれだけの戦力で討滅できるなど、想像だにできないことだった。

「なんだよ、それ。無駄足じゃん。完全な骨折り損だよ!」

 などと大袈裟に地団駄を踏む男の様子からは、精神年齢の低さや幼稚さを感じずにはいられないが、そんなことよりも気になることは多い。

「おまえはなにもので、ここになにをしにきた? エベルと俺たちの戦闘に横槍を入れるつもりだったか?」

「ああ、俺? そういえば、兄貴ってば知らなかったんだっけ? 俺たちのこと」

 飾り気もなくあっさりとした様子で反応する男には、セツナに対する敵意が微塵も感じられなかった。それどころか極めて友好的であり、親近感さえ抱いているとでもいいたげな口調だった。それは、黒衣の女たちと同じだ。

 セツナは、彼を睨んだ。

「兄貴?」

「そう怖い顔しないでくれよ、普通に傷つくからさ。兄弟同士、仲良くしようぜ」

「だれが兄弟だ」

 はっきりと拒絶しても、男は、気にした風もない。

「ということは、あやつはおぬしの弟なのか」

「だから、いねえっての」

「むう? どういうことじゃ?」

「そういや、ラグナには話してなかったな」

 セツナは、ザルワーン島およびログナー島で遭遇した黒衣の女たちのことをざっと説明した。ラグナだけでなく、この場にいる全員に知っておいて欲しいことでもあったからだ。黒衣の男がセツナの兄弟であると勘違いされて、その結果、非常事態を招くようなことがあってはならない。

 共有するべき情報は、伝えておくに越したことはないのだ。

 今回の場合、それは、いま目の前にいる男がネア・ガンディアに属する敵だということであり、それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。

「俺には兄弟なんていない、生粋の一人っ子だ」

「でもさあ、俺たちにとっちゃ、兄貴は兄貴なんだよなあ」

 黒衣の男は、セツナの反応にもまったく傷ついた様子もなく、いってくる。

「フタハやミツキがいってた通りだけどさ」

「フタハ? ミツキ?」

「ログナー島だっけ? そこであったっしょ。ツインテがフタハで、フタハの監視にミツキがついていたはずだぜ。で、ザルワーン島には、ヒトカが赴いたってわけ」

「なんじゃ? なにをいっておる?」

「……個体識別名だよ」

 セツナが苦い顔で告げれば、男が苦言を呈してくる。

「そういう言い方、よくないぜ?」

「うるさい」

「ちなみに、俺はトウヤ。よろしくな、兄貴」

「だから俺は!」

「しっかし、すげえよな、兄貴はさ」

 トウヤと名乗った男は、セツナの意見になど耳を貸す気はないとでもいわんばかりに話題を変えた。魔晶城を見遣り、続けてくる。

「二大神のうち、ナリアは後一歩のところまで追い詰め、エベルは討滅しちまうんだもん。そりゃあ、親父が気にするわけだ」

「親父……だれのことだ?」

「親父は親父だよ。逢っただろ、ナリアとの戦いの最終盤にさ」

「……あいつか」

 セツナの脳裏に浮かぶのは、ナリア撃滅の直前、横槍を入れてきたものの姿だ。その姿は、セツナの父親にそっくりだった。だが、当然のことながら、あれがセツナの父親であるはずはない。父は、セツナが物心つく前に亡くなっているのだ。

 あれは、セツナの父の姿を模した何者かであり、それが神であるということはわかっていたことだ。弱まった神の力を取り込むことなど、神にしかできない。

「だから、そういうの、よくないって。親に向かってそんな言い方はさ」

「俺の親は、母さんただひとりだ」

「兄貴ってば、本当、意固地なんだから」

「おまえは――」

「そういう顔しない」

 強い口調で忠告してきたトウヤだったが、その態度は、やはり、敵対者に向けるものではない。家族に向けるような仕草であり、対応だった。

「俺は別に兄貴と戦うためにここにきたわけじゃねえんだ。ただ、動くに動けない親父の代わりにだな」

「……なるほど、そういうことか」

 マユリ神が納得したように口を挟んだ。

「つまりおまえは、ナリアの力を掠め取ったときのように、エベルの力をも掠め取ろうとしていたのだな」

「御名答。さっすが神様。推理力抜群だ」

 賞賛の言葉も、男の口を通せば、馬鹿にしているようにしか聞こえないのは、セツナの気のせいなのだろうか。

「でもさあ、せっかく掠め取りにきたってのに、肝心のエベルが消滅してしまったんじゃあ、どうしようもないっての」

「それは残念だったな。おまえたちがなにを企んでいるのかは知らねえが……」

「だからさあ、どうしてそう、剣呑なんだ? 兄弟なんだから――」

 トウヤがその台詞を言い切れなかったのは、セツナが飛びかかったからだ。一足飛びに肉薄し、矛を旋回させる。

「俺に兄弟はいねえ!」

 セツナは、怒号とともに力を発した。


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