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第二千九百七十八話 船のこと(一)

「こりゃあひでえ」

 セツナが痛ましさのあまり声を上げたのは、星明かりに照らされた巨大な墓標のような船体の有り様を見たからだ。

 エベルとの激戦の最中、結界が消失するなり船上に突っ込んできたウルクナクト号は、その助勢も虚しく、窮虚躯体に乗り移ったエベルによって軽々と持ち上げられ、神の力によって破壊された後、魔晶城の外へと投げ捨てられた。その落着地点に、セツナたちはいる。

 フェイルリングたちの正体についての議論は、一先ず、置いておいた。神々にすら出せない結論を、セツナに出せるわけもない。神々を交えて議論したところで同じことだ。

 フェイルリングたちが人間であろうとなかろうと、彼らがセツナの救援に二度に渡って助力してくれたことは事実であり、彼らに害意がないのは明らかだった。救世騎士団と名乗り、その理念に基づいて行動していることに嘘はあるまい。

 それについては、マユリ神も認めていた。

 ただ、正体がわからない、それだけのことだと。

 そしてそれだけのことであれば、いま考える必要性は薄かった。

 それ故、セツナたちは、地上に上がってきたもうひとつの理由である、方舟ウルクナクト号の様子を見に来たのだ。

「うむ。酷いものじゃ」

「防御障壁に力を回してこの有り様だ」

 マユリ神の発言からわかることは、窮虚躯体に乗り移ったエベルの力の凄まじさだ。

 マユリ神が防御に徹し、船体を覆う防御障壁を最大限強固なものとしたところで、エベルはそれをものともせず、船体を破壊し、ひしゃげさせ、真っ二つに折ってしまった。ふたつに折れた船体は、落着地点で支え合うようにして聳えており、まるで寄り添い合う墓標のようだった。

 元より頑強な金属の装甲に覆われた船は、神の力によってさらに強固となっていたはずだ。だというのにも関わらず、船は、容易く壊れてしまった。まるで大人の力で子供の玩具を壊すような容易さで、エベルは、ウルクナクト号を破壊したのだ。

 もしエベルがあのまま野放しにされるようなことがあれば、世界情勢は大きく変わっていたのではないか。

 ネア・ガンディアの軍勢すらも軽々と蹴散らし、獅子神皇との一騎打ちに持ち込めたのではないか。そう想像させるくらい、船体の墓標は痛々しく、茫然とせざるを得なかった。

 船は、セツナたちにとって大事な移動手段だ。ウルクナクト号があったからこそ、セツナたちは世界中を飛び回ることができたのであり、今後の活動にも必要不可欠な代物だったのだ。これを失うことは、翼をもがれるどころか、足を失うのと同義だ。

 神と竜王の力があれば、いくらでも移動はできるだろうが、それにしたって、だ。

「さすがは窮虚躯体、といったところでしょうな」

「そうですね……まったく、その通りです」

 ミドガルドの自画自賛にも等しい一言は、肯定するしかない。エベルだけの力では、こうはならなかったかもしれないのだ。元より、エベルは大いなる神であり、圧倒的な力を持つ存在ではあったのだが、窮虚躯体に乗り移ったからこその暴走ぶりだったことはいうまでもない。

「ウルクナクト号……どうにかできそうですか? ミドガルド」

「ウルクナクト号……そう、ウルクナクト号といったな。いい名前ではないか」

 ウルクの質問には答えず、ミドガルドが唸るようにいった。彼がウルクナクト号という名称のどの部分に反応したのかは、聞かずともわかる。

 ウルクナクトとは、古代語で黒い矛を意味する。つまり、ウルクナクト号とは黒き矛号という意味であり、セツナたちの船に相応しい名称だった。が、ミドガルドがその名を賞賛したのは、彼の愛娘の名前が入っているからに違いなかった。

 ウルクという名は、黒色魔晶石を心核として起動実験に成功したことにより、つけられたものだ。黒い魔晶石だから、ウルク。単純だが、わかりやすくもあったし、言葉の響きもいいからだろう。

「ミドガルド?」

「娘を持つ父親ってのは、ああなるのかもな」

「おぬしもいずれああなるということか?」

「さあね」

 ラグナのどこか呆れたような問いかけに対し、セツナはなんともいえなかった。子を持つ親になるという未来を想像することは、いまのところまったくできないからだ。結婚を想像したことはある。結婚する必要に迫られた以上、考えざるを得なかったのだ。しかし、親になることについては、考えたこともない。自分は、立派な親になれるとは思えない、というのもあるだろう。

 ただ、もし親になるようなことがあれば、母のように在りたい、とは、想っている。

 子を慈しみ、愛し、認め、護り、育てる。

 ときには厳しく、ときには優しく。

 セツナは、そんな母の愛情を真っ直ぐに受け止めて育った。だからこそ、ひねくれながらも道を誤ることなく生きていけたのだろう。

 ただし、それはこちらの世界に召喚されるまでの話であって、召喚されてからの人生というのは、母親の説いた道徳や倫理観からは逸脱したものだ。

 ひとを殺していい、などと、教わったことはない。

「それで、どうなのだ? ミドガルド」

「外を見るだけではわかりませんな。まず、中を見ないことには」

「それもそうか」

 マユリ神は、ミドガルドの意見に納得すると、ふたつの墓標のように聳えるウルクナクト号の船体に向かって両腕を伸ばした。すると、荒野に聳え立つ船体がゆっくりと、重々しく浮かび上がった。マユリ神の神威が船を浮かせたのだ。そして、船体を横倒しにして、地上に降ろす。粉塵が爆風のように舞い上がったものの、セツナたちの元へは飛んでこなかった。

「これで中に入ることもできよう」

「助かります」

 ミドガルドは、マユリ神に感謝を述べると、真っ先にウルクナクト号に向かった。

 天高く聳え立っていた墓標は、いまやただの船の残骸と成り果てている。

 セツナたちも彼の後に続くべく、船の元へと急いだ。

 

 ウルクナクト号に近づくとその外観の痛ましさがより顕著なものとして認識できた。美しくさえあった外観は、船体全体を覆った神威によって徹底的に破壊され、見る影もないほどに傷つけられている。装甲に穴が開き、亀裂が走り、陥没し、折れ曲がっていて、元の姿を知らないものが見た場合、ここから本来の姿を思い描くことは難しいだろう。

 それくらいの損傷の酷さは、内部にも及んでいる。

 どうやら、エベルは、ウルクナクト号が二度と使い物にならないよう、徹底的に破壊したようだった。船内各所の機構や機材が粉々に打ち砕かれ、あらゆる箇所、あらゆる部分に神威が炸裂した跡があった。

 幸い、船内の通路はでたらめな破壊からは免れていて、セツナたちは、船内を歩き回ることができた。そのおかげで船内各所の被害状況が確認できたのだが、それによってわかったことといえば、神の力で以てしても修復は難しいという現実だ。

 船の復元そのものができないわけではない。

 マユリ神は、船の構造をほぼ完璧に把握していたし、リョハンで得た知識により機能の追加や改善さえも行えるようになっていた。いまやマユリ神は、ウルクナクト号を完璧に自分のものにしてしまっているのだ。

 しかし、破損箇所があまりにも多く、被害が甚大である以上、元に戻すのは不可能なのだ。破損箇所を修復するには、そのための材料がいる。金属ならば同種の金属が望ましいだろうし、それ以外の材質であっても同様だ。

 これがウルクナクト号ではなく、ただの船や建造物ならば、話は別だ。材料を置き換えたとしても、なんの問題も生じないだろう。

 飛翔船には、神威を船全体に満遍なく行き渡らせるために選び抜かれた素材が用いられているのだ。

 下手に別の材料を用いれば、船の機能低下を起こしかねないのだ。

 マユリ神が頭を悩ませているのも、それが理由だった。


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