第二千九百七十六話 救世の騎士(二)
「我々は、救世騎士団と名乗っています」
「たった五人で騎士団などと笑われましょうが、我らの覚悟と受け取って頂きたい」
「救世騎士団」
フェイルリングらの発言を受けて、その名称を反芻したセツナは、その名に込められた並々ならぬ覚悟に感銘を受けた。
ベノアガルドの騎士団は、フェイルリングが起こした革命の以前と以降では、その立場や役割ががらりと変わっていることは、セツナもよく知っていることだ。革命以前は、ベノアガルド王家に忠誠を誓う騎士たちの集まりであり、革命によって王家が倒れてからというものは、ひとびとの救済を理念として掲げ、実際に行動に移していた。
聖皇に召喚された皇神にして、神々の裏切り者たる救世神ミヴューラに選ばれた十三人の騎士と、数多の騎士たちは、世に救いを求める声あれば馳せ参じ、手を差し伸べ、剣を掲げてきたのだ。自国他国問わず、それがたとえかつての敵国であったとしても、救いを求めるのであれば容赦はしない。徹底的に救済してみせるというのが、フェイルリング・ザン=クリュース率いる騎士団だった。
ガンディア時代、一度は敵対したものの、和解してからというもの、セツナの中で騎士団への感情は大きく変わった。
ラグナを失うことになった一因ではあるが、レムを護り続けてくれたのもまた、十三騎士のひとりだった。
そして、彼らと交流する中で、その精神の中に息づく高潔さ、気高さを知り、いつからか、セツナは騎士団の騎士たちに好意や尊敬の念さえ抱くようになっていた。
フェイルリングたちにもだ。
特に彼らは、この世界を破滅的な運命から救うために命を賭したという事実がある。
クオンたちとともに“約束の地”に赴き、聖皇復活の儀式を食い止めたのだ。その結果、“大破壊”が起きたとはいえ、聖皇が復活に成功していれば、そもそも世界そのものが滅ぼされていただろう。“大破壊”による被害は甚大であり、数多の命が失われた事実を覆すことはできないが、それこそ、最小限の被害で済んだと考える以外にはなかった。
フェイルリングたちの言葉に嘘はないのだ。
覚悟があり、決意がある。
実際にその身を以て世界を護ったという実績があり、死んでいると思われていた。ミヴューラに選ばれた神卓騎士たちがそう認識しているのだから、こうしてセツナの目の前に現実に存在していること自体、不思議としかいいようがない。
だが、現実を疑う意味もない。
「世界を救うため、ネア・ガンディアと戦っている、ということですね」
セツナが問えば、フェイルリングが厳かにうなずいた。
「我々が身命を賭して阻止したはずの儀式は、実のところ、半端な形で成功したといってもいいのです」
「聖皇の力……」
「そう、聖皇の力そのものが現出したがために、世界は崩壊の憂き目を見ました。クオン殿を始めとする多くの同志が命を落とし、我々も長い間力を失う羽目になってしまった」
フェイルリングが無念そうに告げたその言葉で、セツナは、納得が行く想いがした。ベノアのオズフェルトたちがフェイルリングたちを感知できないのは、“大破壊”に巻き込まれて死んでしまっていたからではなく、一時的に力を失っていたからなのではないか。
それがどういう原理によるものなのかは不明だが、現実問題として、フェイルリングたちが目の前にいて、生者同然に振る舞っているのだから、そう考えるしかない。そしてそれならば、納得も行くというものだ。
力を失っていた間は潜伏し、ネア・ガンディアの動向を窺っていたのだろう。そして、昨今、力を取り戻し、救世騎士団としての行動を始めた。
大海原を移動する能力があるのであれば、ベノアガルドに戻らない理由は皆目見当もつかない。
世界を救うために行動するのであれば、ベノアガルドの騎士たちと合流したほうが都合がいいのではないか、と、セツナならば思うのだが。
「そして、聖皇の力は、ある人間を器とし、ネア・ガンディアの基盤を構築していきました。ヴァシュタラの神々をつぎつぎと支配下に置くとともに戦力を整えていったのです」
「レオンガンド陛下……ですね」
「存じておられたか」
「クオンから、聞きました」
「クオン殿から?」
「ええ。クオンは、獅徒に転生し、ネア・ガンディアの一員として行動しているんです」
セツナは、つぶさに獅徒ヴィシュタルとしてのクオンから伝え聞いたことや、セツナ自身が感じたことをフェイルリングに話した。
セツナ自身としては、クオンこと獅徒ヴィシュタルにどのような感情を抱けばいいのか、わかっていないところがあった。
彼が属するネア・ガンディアは、この世界の敵といっても過言ではない。ネア・ガンディアの首領であるところの獅子神皇は、この世界を滅ぼすだけの力を持っているかもしれず、いつ実行に移してもおかしくないところがあった。獅子神皇の気まぐれによって世界は存続し、滅亡の瀬戸際に立たされている。
ネア・ガンディアの首領たる獅子神皇を斃さない限り、この世界に安息は訪れないのだ。
であらば、ネア・ガンディアに属するすべてのものと敵対することになる。ヴァシュタラの神々も、獅子神皇の配下に生まれ変わったものたちも、人間の身のまま付き従うものたちも、立ちはだかるのであれば、斃さなければならない。
しかし、獅徒は、どうか。
獅徒は、何度となくセツナたちの前に立ちはだかり、リョハンを存亡の危機に追い込んだこともある敵だ。敵なのだ。刃を交えただけでなく、獅徒レミリオンは、セツナが殺している。
飽くまで立ちはだかるのであれば、斃す以外に道はない。
が、ヴィシュタルは、クオンは、どうなのか。
彼は、セツナが獅子神皇に捕縛された際、情報を提供するだけでなく、脱走するきっかけを作っている。シールドオブメサイアの能力を用いれば、セツナを拘束し続けることくらい容易かったはずなのにだ。なのに、彼はなにもしなかった。敢えて見逃したのだ。
セツナと黒き矛がその役割を果たすために。
「彼は、献身的かつ利他的であり、自己を省みない、高潔な精神の持ち主です。そんな彼がなんの考えもなく、獅子神皇の使徒として生まれ変わるはずもない。彼には彼の考えがあり、わたしは、それを信じることにしましょう」
「俺も……そう想います」
セツナは、フェイルリングがクオンを手放しに褒め称えてくれることが素直に嬉しいと感じた。それは、いままでにない感情だった。元々、クオンが嫌いで嫌いで仕方がなく、なのに彼の側にしか居場所がないという現実に嫌気が差していた頃がある。それ故、彼が行方不明になったことをどこかで喜び、どこかで虚しくも想っていた。
結局、クオンに依存していたのだろう、という事実をいまさらのように実感として覚える。クオンがいて、彼が居場所を作ってくれていたからこそ、セツナは、あの生きづらい現実に在り続けることができたのだ。
そして、いまこうしてここに在ることもまた、クオンのおかげだった。
彼が様々に手を回してくれたからこそ、ここにいる。
敵であって、敵ではない。
そんな気がする。
「話を戻しますが……」
とは、カーライン。
「わたしたちがネア・ガンディアと敵対することになったのは、やはり、聖皇の力が関係しているのです。獅子神皇が聖皇の力を完璧に制御し、その力を平和のため、秩序のために使うのならばよしとしましょう。しかし、そうではなかった」
「獅子神皇率いるネア・ガンディアは、世界全土を平定するために世界各地で闘争を繰り返している。破壊と殺戮、混乱と恐怖を振り撒く彼の軍勢を放っておくことなどできない」
「故に、我々は、剣を手に取り続けるのです」
フェイルリングがいった。
「世に救いを求める声が在る限りは」