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第二千九百七十二話 父と娘(十五)

 魔晶人形は、人間を模した戦闘兵器。

 本来、術式転写機構による遠隔操作や、命令設定による自動操縦によって戦闘を行い、任務を全うする。実際、最終戦争に投入された量産型魔晶人形は、術式転写機構による自動操縦で動いており、その戦闘行動には特に問題は見当たらなかった。

 つまり、旧型の術式転写機構のままでも、魔晶人形としての運用においてはなにも困ることはないのだ。

 それは、窮虚躯体がエベルを圧倒し続けたことで証明できるだろう。無論それは、窮虚躯体そのものの性能と強制同期によって得られる膨大な力のおかげではあるのだが、出力さえ、躯体性能さえ良ければそれで十分であるという証明でもあるのだ。

 肆號躯体は、術式転写機構を思考機構へと切り替えただけでなく、様々な面で窮虚躯体とは異なる部分があった。

 躯体全体を余すところなく管理し、制御する機構によって、異常なほどの情報量がウルクの頭の中を洪水のように流れ込んできているのもそれだ。だが、獲得する情報の過多による思考力の低下といった現象が発声することはなく、いまのところ、そういう面での問題は見受けられない。

 問題があるとすれば、いま、自身の心に起きていることではないだろうか。

 セツナの手の温もりを感じていることによる、異常反応。

「ウルクの心、意識の再現こそできなかったが、それで技術の発展や進歩を諦めるわたしではない」

「諦めが悪いものな!」

「その諦めの悪さが勝利に繋がったのですから、悪くはありますまい」

「おう! だれも悪いとはいっていないぞ!」

「そして、その諦めの悪さが、肆號躯体を作り上げたのです」

「具体的には、なにがどう、それ以前の躯体と違うのですか?」

「柔らかい、かな」

「はい?」

 ウルクは、ミドガルドに質問したはずなのに、思わぬ人物から答えが飛んできて、一瞬、思考停止に陥るのを認めた。返答してきたのはセツナだ。彼女の手を包み込んだまま、不思議そうな表情でその手を見つめている。

 すると、ラグナがセツナの頭の上から飛び降り、包み込みあうふたりの手の上に乗った。小飛竜の体はひんやりとしていて、セツナの体温を感じたことで上昇し続けるウルクの躯体温度を多少なりとも低下させてくれるようだった。

 それもまた、以前の躯体では感じ取れなかったことだ。セツナを始め、だれもがラグナの体は冷たく、気温の高い夏場にはラグナの取り合いが勃発するほどだったが、ウルクには理解のできないことだった。ラグナの体温の低さは認識できても、それが心地いいものであるということがわからなかったからだ。

 それがいまは、心地よさを感じているという事実に驚きを禁じ得ない。

「ふむ、確かに柔らかいのう」

「どういうことですか? ミドガルドさん」

「セツナ殿が感じたままですよ。肆號躯体は、人体に限りなく近づけることに成功した、と自負しています」

「人体に……」

「そうだよ、ウルク。君のいまの体は、限りなく人間の体に近いのだ。弐號躯体を根本的に見直した参號躯体に改良に改良を重ねたのが肆號躯体だ。内骨格、外骨格には神精合金を用いており、頑強さにおいては弐號躯体とは比較しようもない上、内骨格を覆う擬似筋肉と外骨格を覆う人工皮膚は、魔晶人形のそれまでの常識を覆すものといっていい」

「擬似筋肉……人工皮膚……」

 ウルクは、自分の躯体にとっくに起きていた変化をいまさらのように知って、茫然とした。確かに躯体そのものにこれまでとは異なる反応が見られたことは確かだ。上体を起こすのもいままで以上に軽快であり、セツナの手を包み込むのにも、いままでのような強引さがなかったように思う。彼女の思い通り、繊細に、優しく包み込めたのではないか。

 それが擬似筋肉とやらだけのおかげではないことはわかりきっているものの、擬似筋肉が影響を及ぼしていることは間違いない。

 セツナやラグナのいう柔らかい、というのは、間違いなく外骨格を覆う人工皮膚のせいだが、人工皮膚が躯体の感度を低下させることがないことがウルクには不思議だった。ウルクの手は、はっきりとセツナの手を認識し、体温さえ感じ取っているのだ。

 それは、以前の躯体では考えられなかったことであり、感知精度が上がったというよりは、感知性能そのものに大きく手を加えられている証拠だった。

「なるほど……確かにひとの手に触れているような感覚がありますね。壱號躯体や弐號躯体だと、どうしても機械的な冷たさがありましたけど」

「うむうむ。手だけではないぞ」

 ラグナがウルクの腕を伝って肩に至ると、胸の上に滑り落ち、そのまま太腿の上に落着した。わずかに跳ねる。ウルクは困惑するほかなかった。ラグナの移動に応じて、いままでにないほどの繊細な情報が届き、躯体表面に生じる変化を伝えてくるからだ。

 ラグナの体重を感じた、ということだ。

 それも腕や肩だけではない。胸もそうだったし、太腿もそうだった。ラグナは太腿の柔らかさが気に入ったのか、その上で軽く跳ね回って見せる。ウルクには混乱ばかりが生まれた。

「胸も腿も柔らかいぞ。セツナも触ってみたらどうじゃ?」

「なにいってんだよ」

 セツナが呆れたように告げるのを聞きながら、ウルク自身、なにをいっているのだろう、と思った。そして、なぜ、そのように思ったのか、不思議になった。胸や腿が柔らかいということそのものに疑問を持つと同時に、セツナに触れられることに対し、なにか異様なまでの反応が心に生まれている。

 嫌なはずはない。

 むしろ、セツナに触れたい、触れられたいという気持ちのほうが強いというのに。

「って、柔らかい?」

「肆號躯体に用いた神精合金は、精霊合金以上の強度を発揮しますが、それは心核から供給される波光が戦闘濃度と規定する水準に達した場合です。それ以下の水準では、精霊合金とは比較にならないほどに柔らかくなるのです」

「精霊合金以上に堅くもなれば、柔らかくもなる……そんな金属が存在するんですか?」

「それは、いま目の前に存在しているでしょう。肆號躯体は、神精合金の塊ですよ」

「そういわれると……」

「まあ、疑問に想うのも無理はありません。それなら最初から神精合金を使うべきだ、といいたいのでしょう」

「そういうわけではありませんが……」

 ウルクは、ふたりの会話を聞きながら、ラグナが躯体を這い上り、器用にも胸の上に乗っかるのを見ていた。そして、胸の柔らかさを堪能する小飛竜の姿に困惑を覚えたのは、ラグナが胸を弄ぶたびに、不思議な感覚が彼女の躯体を駆け抜けるからだ。

 思わず、セツナの手を包み込んでいた両手でもってラグナを包み込む。そして胸から離すと、ラグナが怪訝な顔をした。

「なんじゃ?」

「い、いえ……その……」

 なんといえばいいのか、わからない。

「感度も良好のようだね」

「ミドガルド?」

「肆號躯体は、人間に極めて近づけた躯体だ。神精合金と擬似筋肉、人工皮膚によって、人間の肉体を再現することに成功している。感覚器官もね」

「感覚器官……」

「ウルク。君は、肆號躯体が弐號躯体とは比べものにならないほど繊細かつ詳細に情報を感知しているのは、理解しているだろう?」

「はい」

 取得する情報量の膨大さもさることながら、その情報処理に一切の問題が生じていないことも驚くべきことだ。術式転写機構だけでは制御しきれなかったのは間違いなく、新型の思考機構や躯体制御機構などといった様々な機構、機能の向上により、莫大ともいえる情報の獲得と処理が可能になっている。

「故にいまは違和感ばかりだろうが、しばらくの我慢だ。それを乗り越えれば、君は、セツナ殿たちにこれまで以上に近づくことができるはずだ」

 ミドガルドの声音は、ただひたすらに優しく、柔らかい。

 


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