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第二千九百七十一話 父と娘(十四)

 肆號躯体。

 魔晶人形の躯体、その最終強化形である窮虚躯体とは異なる方向性を突き詰めた結果誕生した、最終進化形である、と、ミドガルドはいった。

 つい先程まで窮虚躯体の中にいたウルクには、その違いがはっきりと、手に取るようにわかった。

 まず、頭脳が違う。

 旧型の術式転写機構に比べると、最新型の思考機構は、核と機構の同調率からして圧倒的に向上しており、それにより、躯体の性能を最大限に引き出せるようになったのだ。

 もし仮に弐號躯体にこの思考機構が採用されていれば、それだけで躯体の性能は大きく上がっただろうが、しかし、それはありえない仮定でもあった。なぜならば、弐號躯体は、その構造上、思考機構を搭載することができないからだ。

 最新型の思考機構は、その性能故に術式転写機構よりも大型であり、また、躯体制御機構との兼ね合いもあり、旧型の躯体とはまったく合わないのだ。そのため、思考機構の搭載によって旧型躯体の性能向上を計るなどということはできなかった。

 ではなぜ窮虚躯体には、旧型の術式転写機構のまま搭載されたのかといえば、簡単な理屈だった。弐號躯体からウルクの頭脳を取り出し、窮虚躯体に移し替えるには、多少なりとも時間が必要だからだ。

 エベルから時間を稼ぐのは、たとえわずかであっても、困難を極めるのは明白だ。

 旧型の術式転写機構から思考機構に核を移し替え、その上で窮虚躯体との調整を行うだけの時間があるかというと、ないだろう。その判断から、窮虚躯体の頭脳は、旧型の術式転写機構となった。

 頭脳による躯体制御に関していえば、窮虚躯体よりも肆號躯体のほうが上をいっているといえるだろう。

 つまり、出力が同じだった場合、窮虚躯体よりも肆號躯体のほうが良い結果を出すということだ。

 ただし、肆號躯体が窮虚躯体と同等の出力を発揮することは不可能だ。もし仮に窮虚躯体がエベルを圧倒したときと同じ出力を肆號躯体が発揮した場合、躯体そのものが爆散し、ばらばらになるだろう。

 弐號躯体とは、内部構造も大きく違う。弐號躯体が壱號躯体の改良品とすれば、肆號躯体は、参號躯体の改良品であるという。壱號躯体と参號躯体は、その設計思想からしてまったく異なるものであり、故に内部構造に大きな違いを見出すことは当然のことだった。

 弐號躯体とは比べものにならないほどの情報量が、頭の中を駆け巡っている。その膨大な情報量こそ、肆號躯体の特徴なのだ。全身のあらゆる箇所、あらゆる部位に神経が通っていて、回路を通じて情報を伝えてくるようになっている。壱號躯体、弐號躯体にも似たような機構はあったが、肆號躯体のそれとは比べものにならないほど大雑把で稚拙といっても過言ではなかった。

 たとえば、指でなにかに触れた感触というのは、弐號躯体でもわかった。しかし、力の加え方による微妙な変化まではわからなかったし、指先の感触そのものが違う気がした。

「セツナ、少しいいですか?」

「なんだ?」

「手を出してください」

「こうか?」

 ウルクは、セツナがなんの疑問もなく差し出した右手を両手で包み込んでみた。

「な、なんだよ」

 セツナはわけがわからないとでもいうような反応を見せたが、手を引っこ抜こうとはしなかった。ウルクは、そんなセツナに感謝しながら、彼の手の温もりを感じ取れることに驚きを覚えていた。これが、体温、というものなのだろうか。

 人間のみならず、生物ならば、必ず持っているもの。

 魔晶人形には存在しないもの。

「セツナの手、暖かいのですね」

「暖かい……って、ウルク、おまえ……」

 セツナが驚くのも無理はなかった。魔晶人形といえば、体温を感じることなどありえない、というのが、常識だったのだ。

 もちろん、温度変化をまったく感じないわけではない。躯体温度の管理は必要不可欠であり、もし、そのような機能がなければ、波光の熱量によって躯体を自壊させることだってあり得るだろう。しかし、それは躯体の異常を検知する機能であり、微妙な温度を感知するためのものではなかった。

 そのような繊細な機能は、戦闘兵器である魔晶人形の躯体には不要だったからであり、また、技術がそこまで進んでいなかったからでもある。

 壱號躯体にせよ、弐號躯体にせよ、いずれも当時の技術の結晶であり、詰め込めるものはすべて詰め込んであるという話だった。

「体温を……感じます」

「ああ……俺も感じるよ」

「え?」

 今度は、ウルクが驚く番だった。

 セツナは、ウルクの左手を両手で包み込むようにして見せて、その上で優しく微笑んできたものだから、彼女はより一層混乱した。その笑顔があまりにも眩しくて、思考機構が暴走したのかもしれない。いや、思考ではなく、感情が、だ。

「なにを、いっているのですか?」

 そう尋ねるのがやっとだった。心核の発する波光が増大し、その間隔が短くなっている。胸を手で押さえようにも、手は、セツナの手を包み込み、セツナの手に包み込まれている。そのことを意識すると、余計に躯体温度が上昇していくのだから、ウルクはますます混乱する。

「ウルクの体温を感じているんだよ」

「体温……のう。いったいどういうことじゃ?」

「それこそ、肆號躯体の特徴ですよ」

「肆號躯体の特徴? 体温がですか?」

「体温だけではありません」

 ミドガルドに目を向ければ、多少なりとも落ち着きを取り戻せるかと思いきや、そういうわけにはいかなかった。セツナの体温が左手を包み込んでいて、それが意識させるのだ。セツナに関することで心核が異常な数値を示したことは、これまでも何度となくあったが、今回はいつにもましておかしかった。

 そして、躯体温度の上昇がこれほどまでに苦しいものだとは、想ったこともなかったのだ。なにか機能不全でも起こしているのではないか、と、想いたくもなる。

「魔晶人形の開発は、極めて人間に近い姿形をした戦闘兵器を作り上げることが目的として始まりました。しかしながら、当時の技術では、見た目を人間に寄せることしかできなかった。ウルクが人間のように思考し、人間のように言葉を発することができたのは、奇跡以外のなにものでもなく、そこにわたしたちの技術は一切介在していない。その点に関しては、わたしたち魔晶技師の敗北といっても過言ではないでしょう」

 ミドガルド

「そして、その部分――つまり、人間的な感性や人格、心の形成という、ウルクとほかの魔晶人形を分かつ重要な部分に関しては、いまもなお、研究を続けている最中であり、解明には至っていないのです。もし解明することができれば、ウルクのように心を持つ魔晶人形が誕生するでしょうが」

「ミドガルドさんは……」

「わたしは、元々は人間ですから」

 ミドガルドが苦笑交じりにいった。しかし、その表情は、当然ながら大きく変化しない。躯体なのだ。強固な装甲に覆われた金属の体。表情など、生まれようはずもない。

「人間の人格、記憶、精神をひとつに纏め、思考機構に転写したことで、わたしは心を失わずに済んだ。それもこれも、神々の御助力あればこそ成し遂げられたのですが」

「ミドガルド殿には驚かされました。まさか、人間の身を捨て、人形に心を移し替えることを考えるとは」

「エベルがわたしを殺すことはわかりきっていましたからね。といって、わたしが隠れ続けることは不可能でしょう。エベルは、必ずやわたしを探しだし、殺すはず。だったら、大人しく殺されることで、エベルを出し抜くべきだと判断したまでのこと」

 ミドガルドは、自身の躯体を見下ろしながら、続ける。

「おかげで、これから先、何十年でも研究を続けられるのですから、むしろ感謝したいくらいですよ」

「エベルを討滅できて、上機嫌、というわけか」

「それもあります」

 実際、ミドガルドは上機嫌そのものらしかった。

 それそのものは、ウルクにとっても喜ばしいことだったが。

 ウルクは、それよりも、いまは早くこの異常事態の原因を知りたかった。



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