第二千九百六十八話 父と娘(十一)
「参號躯体の最終強化形が窮虚躯体ですが、窮虚躯体は、エベル打倒に特化したものであり、エベルを拘束するための装置といったほうが役割的には正しい代物です。複数の心核を搭載しており、並列励起によって躯体自体の戦闘能力は、参號躯体とは比較にならない。しかも、黒魔晶石を用いた心核との強制同期は、その戦闘能力を何十倍、何百倍にも引き上げるものです。わたしが作り上げたすべての兵器の中で最強にして最高傑作といっても過言ではありません」
ミドガルドは、そういって窮虚躯体を評価したが、それは自画自賛というよりはどこか突き放したような言い方をしているように聞こえてならなかった。まるで評価するに値しないとでもいいたげな、そんな雰囲気すら漂っている。
「確かにのう」
「エベルを圧倒し、一方的に攻撃し続けることすら可能だったのだ。窮虚躯体とやらの力、疑うまでもない」
「ですが、強制同期による性能強化は、エベルとの短期決戦用の調整であり、長時間の運用を目的としたものではありません。そして窮虚躯体は、内骨格からして特別製であり、何千、何万もの心核との強制同期に耐えられるのも窮虚躯体だからこそでした」
「つまり、窮虚躯体と同等の躯体は製造できなかった、と」
「ええ。そもそも、強制同期による躯体性能の飛躍的な向上は、一時的なもの。いつでも簡単に使用できるものではなく、多用など以ての外。また、同期中の心核が力を枯渇すると、心核となる魔晶石を交換するまで能力の強化は見込めず、それも大量の魔晶兵器、魔晶人形と同期したとなれば、交換にも相当な時間がかかる」
「エベルとの戦いには、一度きりの短期決戦だから使うことができた……ということですか」
「そうですね。その通りです。先の戦いでエベルとのすべてに決着をつけなければならなかった。ですから、窮虚躯体を投入し、この城が作り上げたすべての心核と同期させたのです」
そして実際、窮虚躯体ウルクは、強制同期によって超絶的に強化され、その絶大な力で以て大いなる神をも翻弄し、圧倒し、制し続けた。エベルが自身の不利を認め、窮虚躯体に乗り移るという行動に打って出るほど、窮虚躯体の力は凄まじかった。絶対的といっても過言ではなかった。あのまま、エベルが躯体に乗り移らなければ、エベルは、窮虚躯体に嬲られ続け、力を削がれ続けることになっただろう。
その場合は、エベルが弱体化しきったところをセツナに止めを刺させたに違いない。
ミドガルドは、追い詰められたエベルが窮虚躯体に乗り移ることで拘束し、一時的に封印することこそ、企てていたが、たとえエベルが窮虚躯体に乗り移らずとも、決着をつけられることについても考えてはいたのだ。きっと。
「御存知の通り、強制同期中の窮虚躯体は、強力無比、エベルですら手のつけられないほどの力を発揮しましたが、長時間の運用は不可能であり、そればかりは改善不可能です。強制同期は、該当の心核から力を限界まで引き出す機能ですからね」
「ふむ……つまりは、これから先、窮虚躯体の恩恵に預かることができない、ということだな」
「窮虚躯体は、参號躯体の最終強化形。しかも、エベルとの決戦に投入する一体分しか、製造することがかないませんでした。たとえ製造可能であったとしても、予備の部品以外は造らなかったでしょうが」
「どうしてです?」
「娘のことを思わぬ父親がどこにいますか」
「はい?」
セツナは、思わず声を裏返らせた。予想だにしない返答だったからだ。
「窮虚躯体は、その性能からも想像できる通り、戦闘に特化した躯体です。しかも、エベルとの激戦を想定し、あらゆる機能が戦闘用に調整されています。日常の活動には、不向きなのです」
「はあ……」
「それのなにが問題なのだ?」
「わかりませんか」
ミドガルドは、困り果てたように肩を竦めた。
「エベルの討滅後、ウルクはあなたとともに旅立つのですよ、セツナ殿。それなのに日常生活に支障のきたすような躯体では、ウルクがあまりに可哀想ではありませんか」
「そう……ですね」
ミドガルドの親心がこれでもかと現れている発言の数々には、セツナも微笑ましく思わざるを得ない。ミドガルドがウルクを溺愛していることは理解していたつもりだったが、記憶の中にある以上に深い愛情が彼の中に脈打っていることに気づいて、暖かい気持ちになる。
「つまり、肆號躯体とやらは日常生活に問題のない躯体ということだな」
「ええ。しかも当然ですが、参號躯体よりも大幅に性能を向上させたものです。窮虚躯体が最終強化形ならば、肆號躯体は最終進化形といっても過言ではありません」
「最終進化形……ですか」
セツナは反芻するようにつぶやきながら、その言葉の響きに様々な想像を巡らせた。強化ではなく、進化。そこに込められた想いや意味とはどんなものなのか。色々な考えが浮かんでは消える。
強化とは、当然、躯体の性能を向上させた、という意味に思えるが、進化とは、どういう意味か。躯体の性能の向上だけではなく、なにがしかの機能の追加などが考えられる。
「わたしは常々、考えていました。ウルクに相応しい躯体とは一体どのようなものなのか。ウルクが自己の感情や想いを表現するためには、どのような躯体を作り上げるべきなのか」
ミドガルドの想いは、まっすぐに伝わってくる。彼がどれだけウルクを大切に想っているのか。彼がどれほど真剣にウルクと向き合っていたのか。
だからこそウルクは彼を父のように慕い、尊敬していたに違いない。
ふたりの関係は、まさに父と娘そのものなのだ。
「ウルクは、変わりました。研究所にてわたしたちが教育していた頃よりも、ガンディアにてセツナ殿や皆様と出逢い、触れ合う中で、情緒が育ち、精神的に成長していったのは、わたしにもはっきりと理解できます。それは、わたしにとっても嬉しいことでした。ウルクの成長こそ、わたしの望みそのものだったのですから」
「ミドガルドさん……」
「しかし、そうすると、不憫に想わざるを得なかった」
「不憫? ウルクが、ですか?」
「なにも困っておった様子はなかったがのう」
むしろ、強大な力を持ち、頑強極まりない躯体だからこそ、やれることがあると息巻いていたような記憶すら、セツナの中には在った。実際にはその通りだったし、ウルクほど頼りがいのあるものは、そういるものではなかった。そしてウルクはセツナに頼られることを喜んでいるようだったのだ。
不平や不満があるようには、見えなかった。
「壱號躯体や弐號躯体では、満足に触れ合うことも不可能でしょう」
「はい?」
「どういうことじゃ」
「ふむ……」
「ウルクは次第に力加減というものを学んでいきましたが、しかし、人間の体と魔晶人形の躯体では、そもそもの頑丈さが圧倒的に異なるもの。違いますか」
「それはそうですが」
ミドガルドのいいたいことが見えてこない。
「肆號躯体は、そういった対人交流における参號躯体までの問題点を大幅に改善した、躯体進化の到達点といっても過言ではないのです」
「えーと……具体的には、どういうことです?」
「それは、ウルクが目覚めてから、説明すると致しましょう」
「はあ……」
セツナは、要領を得ないまま、ミドガルドに促され、調整器に視線を移した。複雑な機構そのものといってもいい、金属製の棺は、眠れる美女を内に抱えたまま、沈黙を保っている。
ウルクの目覚めは、近い。