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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千九百六十五話 父と娘(八)


「なるほどのう。それで、おぬしは完全武装を解いておらんかったのじゃな」

「ああ」 

 セツナが説明を終えると、ラグナを始め、その場にいた誰もが感嘆の声を上げた。

 セツナは、窮虚躯体に拘束されたエベルを撃滅した際、その手応えに一切の疑問を抱かなかった。大いなる神エベルの本体を滅ぼし尽くしたという確かな実感が、矛を通して伝わってきたのだ。矛が貫いた窮虚躯体の胸からは、膨大な量の波光とともに莫大な量の神威が溢れ、それはさながら断末魔を上げる神そのもののようでもあった。

 その光景もまた、セツナにエベルを滅ぼしたという実感を与えたのだが、彼は、念には念を入れた。マスクオブディスペアの能力によって自身の影たる闇人形を作り出し、魔晶城上空に待機させ、空から全域を監視させることにしたのだ。そうすれば、たとえエベルがどこかに本体の一部でも隠していたとしても見逃すことはない。

 エベルの本体の一部が隠れていた場所がまさか窮虚躯体の頭部だとは想像もしていなかったものの、セツナが念のために行っていた善後策は、無駄にはならなかった。

 窮虚躯体頭部を脱したエベルは、あっという間に地上へ至り、闇人形の警戒網に引っかかったのだ。そして、闇人形は、黒き矛を用い、エベルの本体、そのわずかに残った一部を滅ぼし尽くした。

 ちなみに、闇人形が黒き矛を用いることが出来たのは、深化融合を果たしたエッジオブサーストの能力によるものだ。エッジオブサースト本来の能力である座標交換が、黒き矛と闇人形の闇の矛にも適用された、というわけだ。

 黒き矛でなければ、魔王の杖でなければ、神を滅ぼしきることはできない。

「さすがは我が主じゃな」

「うむ。さすがとしかいいようがない」

 ラグナの頬ずりとマユリ神の感心ぶりに面映ゆい気持ちになりながら、セツナは、ようやく完全武装を解除した。まず闇人形を消し去り、召喚武装をひとつひとつ送還していく。最後に、闇人形の元から手に戻った黒き矛を送還する。その瞬間、物凄まじい脱力感を覚え、その場に崩れ落ちかけたが、ラグナが支えてくれたことで事なきを得る。

「ああ、ありがとう」

「なに、気にするな。おぬしも相当無茶をしたようじゃしな」

「まあ、な」

 警戒に当たらせた闇人形には、神に対抗するべくかなりの力を割いたのだ。その維持費として、精神力を消耗し続けなければならず、そのために膨大な力を失ってしまっていた。エベルを滅ぼし尽くすまでは精神的緊張もあってどうということもなかったのだが、エベルの討滅が完了し、すべての召喚武装を送還したことで、緊張の糸が途切れてしまったようだ。

 ラグナに支えられていると、イルがセツナの側まで椅子を運んできた。やはり、イルとエルには、自律的に思考し、行動しているようにしか考えられない。セツナがイルに感謝して椅子に腰掛けると、イルはまんざらでもないような反応を示した。

 感情も、あるのではないか。

「しっかし、おぬしらも危うい橋を渡るものじゃ。セツナがおらねば、勝ち目などなかったろうにのう」

「だから、セツナ殿にお越し頂いたのです」

 ミドガルドがはっきりという。

「ウルクにここを目指す使命を量産型に託したのも、そのため」

「ウルクがひとりでここに来るようなことが」

「そのような可能性は、万にひとつもありますまい」

「なぜそうと言い切れるのじゃ」

「ウルクは、セツナ殿を最優先にするという考え方の持ち主ですからな」

 そう断言するミドガルドは、どこか寂しげに見えたのは、気のせいだろうか。

 ミドガルドは、調整器の台の上に置いていた窮虚躯体の頭部とその部品をイルとエルに命じて退かせると、ウルク専用の躯体、その頭部を横に向けた。窮虚躯体の頭部を開口した機械を再び起動させ、後頭部に当てる。すると、やはり簡単に後頭部の装甲が引き剥がされた。さらに内骨格の一部も引き剥がし、機材ごと台の上に置く。

 開口部は、窮虚躯体の後頭部と同じくらいの大きさだ。内部構造がどうなっているのかは、セツナの位置からははっきりとはわからない。だが、ミドガルドが開口部から引っ張り出した最新式の頭脳は、確かに旧型の術式転写機構とは構造そのものが異なっているようだった。

 説明するのは難しいが、古めかしい旧世代の機械と最先端の技術で作り上げられた機械の違い、とでもいうべきだろうか。とにかく、新型の機構は、ウルクがいままで用いていた機構とはまるで異なる造りをしていて、それだけははっきりとわかった。

 性能差などは、セツナにわかるはずもない。

「命名を思考機構と改めたのは、もはや術式による遠隔操作を必要としなくなったからだ」

 ミドガルドは、ウルクの術式転写機構の核を、新型機構内部に嵌め込みながら説明してくれた。

 元々、術式転写機構というのは、魔晶人形のみならず、魔晶兵器にも組み込まれた機構であり、兵器の自動操縦および遠隔操作のための存在だった。術式転写機構の搭載によって、それまで人間の手によって操作しなければならなかった魔晶兵器は、術式による遠隔操作を可能とし、また、術式により予め命令を組み込むことで、自動操縦をも実現した。

 魔晶技術の結晶ともいえる代物であり、魔晶技術研究所が聖王国内で大きな発言力を得るきっかけともなった発明でもあるという。

 その大いなる発明品の改良品が、ウルクの頭脳となった旧型の術式転写機構だった。旧型といいながらも、当時としては最新型だったのだ。

 もっとも、術式転写機構がウルクの頭脳へと変質したことについては、ミドガルド率いる魔晶技術研究所の研究の成果などではなく、奇跡の産物であるらしいのだが。

「奇跡が起きたのは、おそらく必然だったのだろう」

「必然ですか」

「あなたがいて、あなたが特定波光を発した。それが始まり」

 ミドガルドが、思考機構を頭部に戻しながら、告げた。その言葉に込められた様々な感情が、セツナの脳裏に記憶を巡らせる。ウルクとの出逢いから今日に至るまでの色々な景色。

「黒色魔晶石を心核としたのもまた偶然ではなかったが、それはエベルの見えざる導きによるものだった。が、しかし、ウルクの術式転写機構が変容し、ウルクが自我を得たのは、エベルとは無関係のことだったのだ。まさに奇跡としかいいようのない現象は、あなたがもたらしたといっても過言ではない」

「俺は……なにもしていませんよ」

「確かにそうなのだが、しかし、あなたがいなければ、あなたがこの世界に召喚されてこなければ、本当の意味でウルクが生まれなかったのもまた、事実」

 ミドガルドは、機械を用い、躯体頭部の内骨格、外骨格を接合していく。その手慣れた作業は、これまで数え切れない魔晶人形や魔晶兵器を開発してきたことを想像させる。魔晶兵器の研究設計のみならず、開発製造も行っていたのだろう。でなければ、これほど手際よく行えないはずだ。

「ウルクは、あなたの存在によって自我を得、言葉を得、感情を得た。自分を育み、心を育み、成長を重ねた。ウルクがこうまで立派に成長できたのは、セツナ殿、あなたがいたからだ。あなたと出逢い、あなたと触れ合い、あなたとともに歩んできたからだ」

 ミドガルドは、横に寝かせていた躯体の頭部を元に戻すと、調整器上部側面の端末を操作した。せり上がっていた台座が下がっていき、躯体が調整器の中に隠れてしまう。そして、開いていた蓋も閉じた。術式転写機構の核とやらを嵌め込むだけでは駄目なのだろう。きっと、色々な調整が必要であり、そのための調整器なのだ。

「あなたには感謝しかないのだ、セツナ殿」

「それは、俺の言葉ですよ、ミドガルドさん」

 セツナは、ミドガルドの目を見つめ返しながら、いった。

 ウルクには随分と助けられた。

 戦闘だけではなく、日常においても、だ。


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