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第二千九百五十九話 父と娘(二)

「じゃ、じゃあ、ウルクは……!」

 セツナは、ミドガルドが優しく抱えている窮虚躯体の頭部を見つめながら、自分自身感極まるのを認めた。感情の落差が激しい。つい先程まで、ミドガルドに対してどす黒い怒りを覚えていたというのに、いまや、ミドガルドへの感謝ばかりが心を埋め尽くしている。

「術式転写機構を別の躯体に移植すれば、またあなたのために働きましょうな」

「ミドガルドさん……あなたは……あなたってひとは……」

 ミドガルドが静かに立ち上がり、こちらを見た。

「窮虚躯体は、神を拘束し、封印する器として設計した。その際、拘束具としたのは窮虚躯体に搭載された特別製の心核だったのだが、それは、当然の帰結だった。強制同期によって集中する波光を処理するのは、心核を置いてほかにはないからだ。では、躯体のほかの部分は必要ではないかというとそうではない。窮虚躯体の力を見せつけ、エベルを魅了するには、躯体全体を完璧なものに仕上げる必要があった。心核だけが強制同期に耐えられるようでは、なんの意味もない」

 ウルクの頭部を抱えたまま歩き出したミドガルドの後に続きながら、セツナは彼の言葉に耳を傾けた。

「そのためには、精霊合金では物足りなかった。精霊合金は、波光を浴びることで強度を増幅することのできる金属だが、数千以上の心核との強制同期には耐えられないのだ。たとえ強制同期に成功したとして、自壊するのは目に見えている。故に、躯体の設計思想から、根本から変えたのだが、それでも精霊合金では駄目だった」

 何度も実験し、失敗したのだろう。彼の口調からは、窮虚躯体の完成までの苦労が窺い知れた。同期する心核の数次第では大いなる神エベルの力をも上回ることの出来る躯体なのだ。その完成にどれほどの苦労があったのか、想像に余りある。

「窮虚躯体に神霊銀を用いることができたのは、同志のおかげだよ」

「その同志というのは、神様、ですよね」

「そうだよ。かつては至高神ヴァシュタラの一部だった異世界の神々、皇神たち。中でもエベルに一矢報いたいというものたちが、わたしの前に現れ、わたしに様々な叡智と御業をもたらしたのだ」

「エベルに一矢を……か」

「ヴァシュタラの神々のことを考えれば、わからぬ話ではないな。あれらは、エベルとナリアさえいなければ、ヴァシュタラに合一する必要もなかったのだ。自分たちが惨めで哀れな境遇に陥ったのは、エベルとナリアのせいだと考えたとしても、なんら不思議ではない」

「なんか責任転嫁してる感じだな……」

 セツナは、神々の考え方についていけず、頭を振った。

「そうじゃのう。元々、聖皇の呼びかけに応じたのは、あやつら自身じゃろうに」

「本来在るべき世界に還ることが難しくなれば、そうもなろう」

「そうかなあ」

「だれもがおまえのように異世界に順応できるわけではないよ、セツナ」

 マユリ神の言い方は優しく、尊敬の念さえ籠もっているようでいて、どうにも照れくさかった。褒められるようなことではないと思う一方、そう簡単に順応できるものではない、という意見もわからなくはない。異世界なのだ。だれもが容易くなじめるものではないのかもしれない。

 セツナは、わりとすぐ、この世界での生活に慣れてしまった。というのも、寄る辺を見つけることができたからだろう。

 居場所。

 レオンガンドが与えてくれた。

 そのことを考えるたびに胸が痛くなのは、致し方のないことだ。

 レオンガンドは、斃すべき敵となった。

「神霊銀は、精霊合金に似た性質を持っている。波光によって強度を増幅するという性質だ。ただでさえ精霊合金とは比べものにならない強度がある神霊銀は、波光を浴びることでより強靱にして頑強となるのだ。素晴らしいことにな。そして神霊銀には神威を抑え込む力がある。なればこそ、エベルと対等以上に戦うことができたわけだ」

「エベルの力を抑え込み、エベル自身を拘束できたのもそのためか」

「ああ」

 ミドガルドは、施設内を歩いて行く。広い研究室のような部屋から暗い通路へ出ると、彼の歩行に合わせて魔晶灯が点き始めた。淡く青白い光は、冷ややかに夜の闇を払い除ける。

「だったら、その神霊銀とやらで魔晶人形を大量生産すれば良かったのではないか?」

 マユリ神のもっともな質問に対し、ミドガルドは冷ややかに笑った。

「そんなことができるのならば、疾うにしているとも。できなかったのには、それだけの理由があるということだよ」

「ふむ?」

「神霊銀は、異世界の産物であって、この世界のものではない。同志たちの協力によって、窮虚躯体に必要な量を用意することこそできたが、それ以上の数を用意することはできなかった。もっと時間があれば、何体かの窮虚躯体を用意することも可能だっただろうが、そんなことに意味があるかといえば、ないだろう。目的は、窮虚躯体という器にエベルを拘束することなのだからな」

 一体で十分だ、と彼はいった。

 確かに彼の計画には、窮虚躯体は一体で十分かもしれない。しかし、これからのことを考えれば、窮虚躯体は何体でも欲しかった。もし、窮虚躯体が一体でも戦線に加わってくれれば、大幅な戦力増強となることはいうまでもない。だが、どうやらそれは困難であるらしい。

 神々の力によって創出された異世界の鉱物。そんなものが一朝一夕に手に入るはずもなく、ましてやそれを躯体用に加工するのも困難を極めるに違いない。

「窮虚躯体の頭脳とするのは、ウルクと決めていた。術式転写機構の改良品である人工頭脳では、窮虚躯体の性能を最大限発揮することが不可能だったからだ」

「おぬしでもか?」

「その通りだ」

 ミドガルドが小さくうなずく。

「しかし、エベルを打倒するためにウルクを捧げるのは、あまりにも割に合わない。ウルクはわたしの娘だ。たったひとりの愛娘を、いかに怨敵を討ち滅ぼすためとはいえ、贄として捧げるなど……」

 彼の言動からは、先程、ウルクごと滅ぼせと発言していた人物と同一人物のものとは想えなかった。が、それがミドガルド=ウェハラムの本心であると認識すれば、彼が先程まで、心を鬼にしていたのだと想像もつく。そうしなければ、そうでもしなければエベルは滅ぼせない。ミドガルドがそのような結論を出したとき、彼がどれほど絶望的な感情を抱いたのか、想像に余りある。

 というのも、セツナ自身の感情でもあったからだ。

 エベルを斃すためとはいえ、ウルクに手をかけなければならないのは、絶望以外のなにものでもなかった。

「とはいえ、だ。窮虚躯体は、ウルクでなければ性能を発揮しきれないこともまた、事実だった。そして、窮虚躯体でなければ、エベルをあの依り代より引きずり出し、拘束することは不可能。ならば、致し方がない。が、納得できることでもない。故にわたしは、窮虚躯体の頭部をほかよりも遙かに頑丈に作ったのだ」

「なるほど……」

「ウルクの頭脳……術式転写機構は旧型だからな。頭部に搭載する以外にはなく、それ故、護りやすくもあった。エベルを拘束するのは心核であり、胸部だ。心核が破壊された瞬間、胴体と頭部を結ぶ首を切り離すように設計したのだ。ただでさえ頑丈に作った頭部は、爆心地となる胴体から切り離されることで確実に守り通せると踏んだ。そして実際、その通りになった」

 ミドガルドは、腕の中の窮虚躯体の頭部を慈しむようにしながら、いった。

「なにもかも、わたしの思惑通りだ」

 その発言は、エベル討滅直後に聞いたものよりももっとずっと充足感に満ちていた。

 それを聞いたセツナもまた、異なる受け取り方となったのは、当然だろう。



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