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第二千九百五十四話 窮極にして虚ろなるもの(十六)


「神は、ひとの祈りより生まれ、信仰を力の源とする。信仰が有る限り不滅であり、永劫に等しい時を生き続けるもの。高次の存在といっていい。ひとの手によって滅ぼすことは不可能であり、神々の争いすら、不毛なものであるという。そんな相手を敵にして戦うにはどうすればいい。わたしは常日頃考えていた」

 ミドガルドがゆっくりと歩き出す。その進行方向には無数の魔晶人形や魔晶兵器が立ち尽くしており、彼は、それらをかき分けるようにしてまっすぐに歩いて行った。あまりに無防備であまりに悠然とした足取りからは、彼が確信を抱いていることが窺い知れる。

 無論、勝利の確信をだ。

「神を滅ぼすには、どうすればいいのか。そればかりがわたしの意識の中にあった。命題といってもいい。おまえのことだよ、エベル。おまえを滅ぼすこと、それがいつしかわたしのすべてになった」

「ミドガルド……!」

 エベルがミドガルドを睨み据え、憤りをぶつけながら、降りてくる。ゆっくりと、しかし確実に、地上へと近づいてくる。自由落下ではないが、重力に逆らう力を失い始めているのは間違いなかった。セツナには、なにが起こっているのかまったくわからなかったし、ミドガルドの後をついて行くほかなかった。ミドガルドは、エベルの落下予測値点に向かっているようなのだ。

「貴様……なにをした……! なにを……!」

「いっただろう、エベル。わたしは、おまえを斃すためならばなんだってする、と」

 ミドガルドの進行方向は、廃墟そのものだ。エベルとウルクの激闘によって破壊し尽くされた魔晶城の建造物群、その残骸が堆く積み上がっていて、彼はその倒壊した建物の壁の上をゆっくりと歩いて行く。その壁の端がエベルの落下予測値点であり、エベルはいまや地上すれすれのところにまで降りてきていた。飛行翼の光の翼も、背後の炎の輪も消え去り、黒く燃え上がっていた髪も灰色のそれへと戻ってしまっている。まるでエベルがその力を失ってしまったかのような有り様であり、セツナは、ラグナたちと顔を見合わせた。ラグナもマユリ神も怪訝な顔をしていたが、セツナも同じような表情に違いない。

「この城を作ったのも、人間を辞めたのも、魔晶兵器を量産したのも、窮虚躯体を作ったのも、そのためだ。ウルクをここに導くべく、量産型を世界中に解き放ったのもそうだ。量産型は必ずやウルクと接触し、ウルクもまた、ここに至るだろう。彼を連れて」

 ミドガルドは、彼、とセツナを見て、いった。そのまなざしは淡く輝くだけであり、感情を読み取ることは難しい。ただ、ミドガルドの声には感情の起伏があり、その点ではウルクと大違いだった。ウルクの躯体とは、構造が異なるのだろう。

「ミドガルド、貴様……!」

 壁の上に落着したエベルは、その姿勢のせいもあって転倒してしまった。そして、窮虚躯体の重量によって壁が陥没し、その穴の奥底へと落ちていく。瓦礫の底の底の地面に激突したのは、物凄い音と壁を伝わる衝撃によってわかった。

 ミドガルドは、躊躇もなくエベルの作った大穴に歩み寄ると、覗き込み、ひょいと飛び降りた。セツナが引き留める暇もない。

「あ、ちょっと」

「行くしかあるまい」

「わかってる」

 ラグナにいわれるまでもなく、セツナはミドガルドの後を追い、瓦礫に開いた大穴の中に飛び込んだ。すると、暗闇の中を照らす光が視界を開いた。ミドガルドの躯体が発する光だ。ミドガルドの躯体もまた、黒色魔晶石を心核とするのだろう。故に窮虚躯体と同期し、窮虚躯体によって力を引き出され、発光しているのだ。

 しかし、その力の集積点であるはずの窮虚躯体は、いまや両目の魔晶石を輝かせることすらなくなっているのが不思議だった。エベルの神威が生み出す光すらもなく、炎もない。ただの金属の塊の如く、地面に埋まっている。

「ミドガルド……」

 エベルの憎悪に満ちた声は、彼のそれまでの余裕に満ちた態度からは考えられないほどに逼迫したものであり、焦燥すら感じさせた。

「ようやく状況が飲み込めたようでなによりだよ、エベル。おまえは、いま、自分が絶体絶命の窮地に立たされていることを知った。絶望と対面したのだ」

「絶望……絶望だと……! ふざけるな……!」

「ふざけているのはおまえだ、エベル」

 ミドガルドは、エベルに歩み寄りながら、断言する。その力強い響きこそ、彼がこれまで一切余裕を崩さなかった理由なのだろうか。

「何度も言っただろう。わたしは、おまえを斃すためにすべてを捧げ、人間としての誇りさえも捨て去ったのだ。おまえを斃す、ただそのためだけにな。そしてその成果がこれだ」

「いったい、なにが起こっているんです?」

「そうじゃ、わしらにもわかるように説明せよ」

「見ればわからないかね。エベルは、わたしの術中に嵌まったのだよ」

「術中……」

 それは、わかる。ミドガルドがなんらかの罠にエベルを陥れたのだろうことは、明白だ。だが、それがどういうものなのかは、見ただけでは想像もつかない。窮虚躯体の絶大な力のみならず、エベルの力が抑え込まれているらしいということまでは理解できるのだが。

「なるほど。ウルクの躯体を乗っ取られることそのものがおまえの策だったのだな、ミドガルド=ウェハラム」

「御名答」

 ミドガルドは、身動ぎひとつできない窮虚躯体の間近まで詰め寄ると、静かに見下ろした。エベルが一切反応を見せないのが不気味だが、不安はなかった。ミドガルドがあまりにも堂々としすぎている。

「エベルは、皇神の中でももっとも強大な力を誇る二大神のうちの一柱だ。その力は、同志たる神々が力を合わせても太刀打ちできるものではなく、たとえ、魔王の杖の護持者が味方についたとしても、勝敗は不透明だろうという話だった。つまり、ウルクとセツナ殿がここに辿り着けたとして、それだけでは勝ち目が薄く、むしろ敗北する可能性のほうが遙かに高かったのだ」

「だろうな」

「うむ」

「わたしは考えに考え抜いたよ。同志たる神々に相談しながら、様々な方策を練り、計画を立てた。それがわたしのすべてだった。ミドガルド=ウェハラムという人間の存在意義そのものと言い換えてもいい」

「そこまで……ですか」

 ミドガルドがこちらをちらりと見た。魔晶人形の双眸は、煌々と輝いている。

「自分の人生が高次の存在によって紡がれ、操られていたのだとすれば、あなたはどう想います」

「それは……」

「まあ、あなたの考えなどどうでもいい。いまはこの戦いに決着をつけるほうが先決だ」

 ミドガルドは、視線を窮虚躯体に戻した。エベルはやはり身動ぎひとつしない。

「絶大な力を誇る大神エベルに対抗するには戦力は足りず、魔王の杖とその護持者の力を借りたとしても勝てる見込みは少ない。となれば、どうにかしてエベルの力を削ぎ落とす以外に、こちらの勝率を高める道はない。いや、勝率を高めるだけでは駄目だ。絶対の勝利、確実なる滅びを与えなければ、わたしの人生は無意味に終わる。そんな馬鹿げた話はない」

 彼は淡々と語ろうとしたようだが、その冷ややかな声音はときに激しく唸りを上げ、彼の心の奥底に渦巻く激しい怒りや恨み、哀しみが嵐のように吹き荒んだ。

 ミドガルドとエベルの間になにがあったのか、想像するほかないが、ミドガルドがここまで感情を露わにするのだから、余程のことがあったのだろう。それこそ、彼がいったようなことがあったのだ。

「そうして考えに考えた末、辿り着いた結論が窮虚躯体なのだよ。窮虚躯体は、先程もいったようにこの魔晶城で生産される魔晶人形、魔晶兵器の心核と強制的に同期し、それらが生み出す波光力を吸い上げることができる躯体だ。最終最後、これ以上の躯体は存在し得ないといっていいだろう。わたしが生み出した最高傑作……とは言い難いが、対エベル用の兵器としては、これ以上のものは存在しまい」

 


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