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第二千九百五十三話 窮極にして虚ろなるもの(十五)

「しかしのう……ああなっては、わしらがいくら力を合わせようが、万にひとつの勝ち目もないぞ」

「それはわかってるさ」

 ラグナの断言を否定することは、いくらセツナでもできなかった。どれだけ楽観的に見ても、希望的観測をしようとも、窮虚躯体エベルに対する勝ち筋は見えなかった。もはやナリアとは肩を並べるどころか、天と地ほどの力の差があるのではないかと思えるほどに圧倒的だ。絶対的といっていい。

 魔晶城に降臨した絶対者。

 そんな言葉が脳裏を過ぎる。

 エベルは、こちらを見遣りながら、攻撃の手を緩めていた。余裕もあるが、それ以上にセツナたちの居場所が、彼にとって手出しのしにくい場所だからだろう。周囲で突っ立ったままの魔晶人形や魔晶兵器たちが、図らずも人質同然の働きをしてくれていた。

 黒色魔晶石との強制同期によって何十倍、いや何百倍にも増幅した窮虚躯体の力があればこその絶対性なのだ。一体二体ならばともかく、セツナたちの反応次第で数多くの魔晶兵器を巻き込む可能性があるような攻撃はできないのだろう。そのおかげで命拾いをし、作戦会議の時間を得られたのは皮肉というべきか、なんというべきか。

「それでも、やらなきゃなんないんだ」

 エベルは、最終的には百万世界の覇者になることが望みであるなどと嘯いているものの、当面の目的は本来在るべき世界への帰還だろう。

 そのためにも力を欲していたのだろうし、この魔晶城でミドガルドが新兵器を開発し、生産するのを認めていたのも、そのためだ。セツナを殺すための戦力とし、あわよくば、その後の戦いにも投じるつもりだったに違いない。エベルは、ネア・ガンディアとの戦争も視野に入れている節がある。獅子神皇の存在を許せず、怒り狂っている様を見れば、それ以外考えられない。とはいえ、ネア・ガンディアの戦力が圧倒的であり、獅子神皇の力が強大なのはエベルも認めるところだったのだ。

 だからこそ、エベルは戦力を欲した。

 力を求めた。

 その戦力の当てのひとつが魔晶城が生産する大量の魔晶兵器群だったに違いないが、それら魔晶兵器が魔王の杖の護持者たるセツナ打倒のために潰えたとしても、構わないという考えもあったのかもしれない。

 ネア・ガンディア打倒は、神々の脅威である魔王の杖とその護持者の撃滅後に考えればいい、とでも思っていたのか、どうか。

 いずれにせよ、エベルがネア・ガンディアに対抗する考えを持っているのは明らかであり、彼はいままさにその力を手に入れたと豪語していた。

 そしてその力でネア・ガンディアと獅子神皇を滅ぼせば、あとはどうするか。

 簡単なことだ。

 イルス・ヴァレを滅ぼし、みずからをこの天地に縛り付ける楔を断ち切るのだ。そして本来在るべき世界に返り咲く。

 故にこそ、エベルはなんとしてでも止めなければならない。いや、斃さなければならないのだ。放っておけば、世界がどうなるものかわかったものではない。たとえ、窮虚躯体エベルが獅子神皇を斃せなくとも、両者の激突は、この世界に多大な不幸を撒き散らすのは想像に難くない。獅子神皇の力だけで世界は半壊の憂き目を見たのだ。そこにいまのエベルの力が加われば、世界はさらに破滅へと近づくだろう。そしてそれは、エベルにとっては望むところなのだ。

 世界が滅び去れば、自動的に彼の目的のひとつは達成される。

「まったく、ミドガルドは余計なことをしてくれたものじゃな」

「そうはいうが、最初から勝ち目はなかったぞ」

「それはそうじゃが……」

「より希望が見えなくなった、それだけのことだ」

「それだけって……」

 セツナは、魔晶城の廃墟上空に在って、悠然とこちらを見下ろす神を見遣りながら、ぼやくようにいった。

 確かにマユリ神のいうとおりだ。戦力差でいえば、最初から勝ち目など存在していないのだ。ナリアとの戦いのときに比べた場合、セツナは、完全武装の深化融合によってさらなる力を得ていた。深化融合は日々進化し、いまやほぼ全身を覆う装甲となり、様々な種類の武器を使いこなす必要もなくなっている。深化融合による利点はそれだけではない。黒き矛と眷属は、深化融合によって真価を発揮するようであり、深化融合の深度が増せば増すほど、セツナ自身の能力も格段に強化されていた。

 それでも、エベルには届かない。

 全力を解放したところで、同じく全力のエベルには到底敵わないのだ。

 神殺しの力も、より大きな力を持つ神の前では、発揮しようがない。

 ナリアを討滅の目前まで追い詰めることができたのは、様々な要因が重なり、セツナ自身、多大な援護を受けていたからにほかならない。

 仮にエベルの代わりにナリアが相手だったとしても、現有戦力では太刀打ちできなかっただろう。

 その上、エベルは、いまやそのナリアを遙かに上回る力を得てしまった。

「相談は済んだかね? 魔王の使徒よ」

「まだまだ終わってないんだが……」

「ならば存分に話し合うがいい。どうすれば、百万世界を染め上げるわたしの神話に美しく花を添えることができるのかについて、ね」

 黒い太陽そのものの如く上空に君臨するエベルを睨みながら、セツナは、返す言葉も持たなかった。なにをいったところで負け惜しみにしかならないし、意味がない。現状、打つ手がなかった。どうにかしなければならないという焦りばかりが募り、解決策は一切見えない状況が続いている。力の差は絶対的であり、覆しようがなく、奇策も妙手も思いつかない。秘策などあろうはずもない。

 状況は最悪だ。

「くそ……どうすりゃいいんだ。どうすりゃ……」

 セツナは、エベル睨みつけながら、歯噛みした。どれだけ頭を巡らせても、どれだけ考え込んでも、希望ひとつ見えなかった。一度全身をばらばらにされた瞬間、理解したのだ。力の差は、もはや埋めようがないほどに開ききっている。それは、ラグナやマユリ神の協力でも埋めがたいものなのだ。

 マユリ神が冷徹な声で、告げてくる。

「やはり、ここは一度退くべきだ」

「それでどうなるっていうんです。あいつが好き放題暴れて、世界が壊れるだけのことじゃないですか」

「だが、現状ではどうしようもないのも事実。いま立ち向かうのは、勇気ではなく無謀だ。彼奴はなんの遠慮もなくおまえを殺すぞ、セツナ。おまえを殺されるわけにはいかないのだ」

「そうじゃな。おぬしはわしらの希望じゃ。失うわけにはいかん」

 ラグナが語気を強めたのは、セツナを戒めるためなのだろうし、彼女の想いもあってのことなのだろうが。

「でも……」

 セツナには、両者の言い分を聞くわけにはいかなかった。ここでエベルを見過ごせば、世界がどうなるものかわかったものではない。だからといって勝ち目もないのも事実であり、ラグナとマユリ神の意見が正しいこともわかっている。わかりすぎるくらいにだ。だから口惜しく、許しがたい。

「ならば、待てばいい」

「え?」

 声に顔を向ければ、ミドガルドが立っていた。唯一の男性型魔晶人形は、魔晶兵器や魔晶人形に埋もれることなく、その存在を主張している。

「すべては順調だ。なにもかも、わたしの思い描いた通りに進んでいる。見たまえ」

 そういって、彼が指差したのは、上空のエベルだった。エベルは、ゆっくりと降下してきているのだが、その様子には違和感があった。つい先程まで飛行翼から発生していた光の翼が消え失せ、躯体の各所から放出されていた波光も弱々しくなっているようだった。

「なんだ……? これは……いったい、どういうことだ……!?」

「エベルよ。おまえはなにか勘違いをしていたようだが、わたしは、窮虚躯体がおまえを討ち滅ぼせるなどとは想ってもいないよ」

 ミドガルドが告げる。

「おまえは神であり、わたしは人間なのだから」



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