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第二千九百五十一話 窮極にして虚ろなるもの(十三)

 切断されたのは、四肢だけではない。深化融合を果たした完全武装状態が生み出す黒き全身鎧とでもいうべき装甲の各所が切り裂かれ、エッジオブサーストの翼もばらばらにされてしまっていた。黒き矛は無事なのかもしれないが、握り締めたままの右手は、セツナの胴体から切り離されてしまっている。こうなっては、制御もできない。ただ、自由落下するだけだ。重力に引かれ、血を噴き出しながら、落ちていく。このままでは死ぬだけだ。

 だが、そうはならないという確信が、セツナにはあった。

 そんなセツナの確信に応えるようにして、天地を揺さぶるような咆哮が聞こえた。竜王の叫びは、それそのものが術式であり、魔法となる。そして魔法は柔らかくも慈しみに満ちた翡翠色の風となってセツナを包み込み、出血を止め、さらには先に落下していた両腕と両脚を運んできた。そして、切断面同士をくっつけると、瞬く間に癒合してしまう。傷痕ひとつ残らない。セツナは、ラグナの魔法力に改めて驚嘆するとともに感謝した。ラグナがいなければマユリ神が反応してくれただろうが、とはいえ、両者がいなければ死んでいたのは間違いないのだ。

 それでも落下は止まらない。なぜならば、メイルオブドーターもエッジオブサーストもエベルによって破壊され、その能力を大きく制限されていたからだ。召喚武装がその全力を発揮するには、万全の状態でなければならない。損傷の度合いに応じて能力は低下し、最悪、まったく使えなくなる。

 また、損傷した召喚武装を修復するには、元の世界に送還する以外の方法はない。修復にかかる時間は、損傷度合いや召喚武装によってまちまちだ。当然、召喚者が死に、この世界に取り残された召喚武装は、損傷を修復することができなくなるということになる。

 折れたままのグレイブストーンのように。

 セツナの地上への自由落下は、ラグナが全速力で駆けつけてくれたことで事なきを得た。落下し続けるセツナをラグナが抱き留めたのだ。

「ふう、なんとか間に合ったのう」

「助かったよ、ラグナ」

「感謝するのはまだ早いぞ」

「ああ、そうだな」

「あやつ、後輩の躯体に乗り移りよったな」

「ああ」

「まったくもって許せることではないのう!」

 ラグナの憤慨ぶりには、同意しかない。

「そうだな、その通りだ」

「じゃが……あれでは」

「ああ……」

 地上に降り立ったセツナは、眉根を寄せて、空を睨んだ。

 ウルクの窮虚躯体に乗り移ったエベルは、その躯体に有り余る力を試すようにして、ウルクナクト号を持ち上げていた。ウルクナクト号の船首を片手で掴み、そのまま平然と頭上に持ち上げているのだ。ウルクナクト号を包み込んでいた防御障壁など、いまのエベルにはなんの障害にもならず、ましてや、マユリ神による攻撃さえもものともしていない。

 ただでさえ、エベルは強大な力を持つ神だ。その神を圧倒した窮虚躯体が依り代となったとあらば、手の施しようがなかった。

 巨大な飛翔船が軽々と持ち上げられているだけでなく、船体全体が圧縮されていく様は、圧巻としか言い様がない。莫大な波光と膨大な神威が窮虚躯体の全身から放出され、ウルクナクト号の巨躯を包み込んでいる。船体各所から生み出されていた光の翼が黒く焼き尽くされて消え去ると、船体そのものが黒い炎に塗り潰される。船体が悲鳴を上げているのが、セツナの耳にも聞こえた。

「はははははっ、どうだ、ミドガルド。これぞ、希望が絶望に変わる瞬間という奴ではないかな? 君が神々と共謀して、わたしを打倒するために完成させた窮極の力は、わたしを窮極の存在へと昇華するために活用させてもらうとしよう」

「窮極の存在か」

「そうだ。窮極の存在」

 エベルがウルクの声で語る様は、見ているだけで受け入れがたいものがあった。ウルクのすべてを否定されているような、そんな感覚。だが、だからといって、いまのセツナになにができるのか。いまここでエベルに立ち向かったところで、先程と同じ結果が待っているだけだ。窮虚躯体に大神の力が加わったいまのエベルは、先程のウルクよりも遙かに凶悪にして絶大な、いや、絶対的な存在となっている。

「わたしこそ、神々の王に相応しいのだ。人間風情が神々の王を名乗り、百万世界の支配者に名乗りを上げるなど、許されるべきことではない」

「存外、器量が小さいな」

「なんとでもいえ。わたしは力を手に入れたのだよ」

 エベルが一笑に付した直後、その四方から飛びかかるものたちがいた。フェイルリング率いる神卓騎士の真躯たちだ。フレイムコーラーが紅蓮の炎を噴き出しながら加速し、猛然たる勢いで突っ込めば、ランスフォースが長槍と一体化した右腕を掲げて光の槍を撃ち出し、デュアルブレイドが双戟を高速回転させながら突貫する。ディヴァインドレッドが強烈な光を発しながらエベルに肉薄する中、さらに巨大化したワールドガーディアンが極大剣を振り下ろした。

 寸分の狂いもない連携同時攻撃。

 相手がエベルでなければ、すべての攻撃が対象を捉え、この地上から完璧に抹消したのではないかと思えるほどだった。だが、相手はエベルだ。

 エベルは、笑いもしなければ、無造作だった。無造作にウルクナクト号を振り下ろすことでワールドガーディアンの極大剣を叩き折り、そのまま振り回してすべての真躯を薙ぎ払ったのだ。そしてそのままウルクナクト号を放り投げたのは、魔晶城に叩きつけるわけにはいかないからだろう。窮虚躯体の力の源は、現在、魔晶城にて待機中の魔晶兵器群だ。それらを巻き込み、機能停止させるわけにはいかないからこそ、エベルはウルクナクト号を魔晶城の外へと放り投げ、神威を炸裂させた。

 ウルクナクト号は、エベルの力によって真っ二つに折られ、そのまま地上に落下した。巨大で頑強なはずの船を破壊することくらい、いまのエベルにしてみれば児戯に等しいのだ。

「見よ、この力。もはやわたしに敵はいない」

 エベルが見たのは、ミドガルドだろう。金色に輝く双眸、黒く燃え上がる頭髪、黒い炎の輪に光の翼。エベルと窮虚躯体の融合した姿は、神々しくもあり、禍々しくもあった。

 セツナは、歯噛みするしかなかった。完全武装状態はいまや不完全そのものであり、全力を出すことは不可能だった。その上、たとえ全力を発揮できたとして、いまのエベルには太刀打ちできないこともわかりきっている。挑みかかったところで返り討ちに遭うのが関の山だ。

「借り物の力で勝ち誇るとは、底が知れるぞ」

「ミドガルド。君こそ、もう少し誇ってもいいのだよ。君は、わたしが真の覇者になるための力添えをしてくれたのだ。君が消滅した後、遙か未来の世まで、君の功績は語り継がれ、讃えられるだろう。偉大なる百万世界の統一神エベルの使徒として」

「悪い冗談だ」

「わたしは、本気だよ。ミドガルド。君には感謝している。君がまさかこれほどまでの力を与えてくれるとは、想像もしていなかったのだ。いやはや……これを想像しようというのは、無理な話だよ。人間の知恵と技術だけでは到達できない領域だ」

「随分と饒舌じゃないか。余程気に入ってくれたようだ」

「ああ、気に入ったよ。わたしが求めていたものが手に入ったのだ」

 エベルは、実に機嫌が良さそうにいった。ウルクの躯体、ウルクの声音で、だ。それが実に不愉快で、気分の悪いことなのは、いうまでもない。

(どうするつもりじゃ?)

(どうするもこうするも……)

 セツナは、ラグナに問われ、苦い顔をした。打つ手がない。

(エベルを躯体から引き離すのは困難だろうな。かといって、ここから逃れるのは至難の業だ。エベルが魔王の杖を逃すはずもない)

 すると、背後から聞こえた声に振り向けば、マユリ神が当然のようにそこにいた。ウルクナクト号が爆散する直前まで船内にいたようだが、脱出には成功したようだった。ほっと胸を撫で下ろす。

(マユリ様、無事だったんですね)

(当たり前だ。船を護ろうとしたが……無理だった。済まない)

(謝らないでくださいよ。あんなの、俺にだってどうしようもないんだ)

(そうじゃな。わしらにもどうしようもない)

(では、どうする……?)

 マユリ神は、エベルを睨んだ。



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