第二千九百四十八話 窮極にして虚ろなるもの(十)
黒色魔晶石を心核とする魔晶人形、魔晶兵器。その稼働数が増えれば増えるほどに窮虚躯体の波光出力は増大するという。
それが嘘や妄言などではないことは、いままさにウルクが証明していた。
ウルクが光の如き飛行速度でもってエベルを圧倒し、エベルに一切の反撃をさせないまま、その肉体をでたらめなまでに破壊していく様は、窮虚躯体の特性を体現するものであり、セツナは、ただただ茫然とするしかなかった。
魔晶人形は、元々強力無比な兵器だ。精霊合金という特別な金属によって組み上げられた躯体は、並大抵の武器では傷つけることもできず、召喚武装による攻撃であっても防いでしまうくらいに頑強だった。しかも、精霊合金は、波光を浴びることでその強度を増幅させるという特性を持ち、波光によって強化された躯体を破壊するのは、召喚武装であっても困難を極めるものだった。壱號躯体でそれだ。そこにさらなる強化と改良を施した弐號躯体となると、生半可な攻撃では傷ひとつつけることも難しくなっていた。魔晶人形や魔晶兵器を相手に圧倒的な力を見せつけたウルクの勇姿は、記憶に刻みつけられている。
窮虚躯体は、そんな弐號躯体をさらに上回る能力を有し、躯体の材質からしてまったく異なるものであるという。
神の攻撃に耐えられるというのも相当だが、数万もの心核との同期同調によって極限に近く増幅した波光出力にも耐えられるというのだから、驚きを禁じ得ない。とても人間の技術で作れるものとは思えないが、実際、ミドガルドは、自身の知恵と知識、技術だけで作り出したとはいっていなかった。彼が同志と呼ぶ神々の強力あってこそ完成に漕ぎ着けたのだろうし、だからこそ、説得力もあるというものだ。
神々の叡智と御業の数々がミドガルドの視野を広げ、窮虚躯体を作り上げるに至ったのだ。
その窮虚躯体は、いまのところ、エベルをただただ圧倒しており、ミドガルドの思惑通りに事が進んでいた。極めて順調であり、ほかのなにものも付け入る隙はなかった。もしいまここでウルクに助勢しようとするものならば、むしろウルクの足を引っ張り、エベルに好機を与えることになるだろう。いまはただ、見守ることしか出来ないのだ。
「なるほどのう。そういうことならば、納得もできようが」
ラグナが周囲を見回しながらつぶやいた。
セツナたちは、瓦礫の塔とでもいうべき魔晶城内の高層建築物、その残骸の上に立っている。眼下にはウルクとエベルの激闘によって誕生した廃墟同然の光景が広がっているのだが、その廃墟を埋め尽くすものがあった。まばゆいばかりの波光であり、波光を発しているのは、数万体の魔晶人形、魔晶兵器群だった。いずれも、エベルがセツナを殺すまでの間、厄介なウルクの相手をさせるために起動したものなのだが、その結果、ウルクの力を飛躍的に増大させてしまったのだから、皮肉としか言い様がない。
数万体の魔晶兵器たちは、ウルクを攻撃するどころか、ウルクの動力源となり、ウルクを見守ってさえいたのだ。
ふと見れば、イルとエルも両目の魔晶石をいつも以上に輝かせていて、彼女たちは、ウルクの高速機動を目で追いかけているようだった。
「あれらは、なにもせぬのか?」
「心核の強制同期中は、その出力のすべてを窮虚躯体に注ぎ込むよう設定してある。つまりなにもできなくなるということだ。無駄に波光を浪費し、窮虚躯体の出力が低下するようなことがあっては本末転倒だからな」
「なるほど」
「はははっ!」
不意に哄笑が響き渡ったかと思えば、エベルはウルクの突進を辛くもかわし、数体の分身を生み出した。赤、青、緑――異なる色彩の炎を纏う分身たちは、ウルクの猛攻に対するエベルの盾となって機能するようだった。ウルクの突撃を食い止め、その瞬間に爆散し、足止めする。それでも足止め程度にしかならないのが、窮虚躯体ウルクの尋常ではないところだろう。
「余裕を持ちすぎたな、ミドガルド! 君たちの会話はすべて聞こえていたぞ! 窮虚躯体とやらの力の秘密、明かすのが早すぎたな!」
「げっ」
セツナが横目に見たミドガルドの表情に変化はない。淡々と、彼はいった。
「ならば、どうする。理解したからどうなるものでもあるまい」
「人形どもの機能を停止すれば、それでわたしの勝ちだろう!」
「ふ……」
「なにっ!?」
エベルが初めて狼狽を見せたのは、圧倒的な力を発揮するウルクを前に、もはや余裕もなくなっていたからなのかどうか。セツナには、ウルクが波光砲でもって分身たちを処理する様を認めながら、ウルクの勝利は絶対的に揺るがないのではないかと思わずにはいられなかった。
これほどまでに安心感、安定感のある神との戦いなど、見たことがない。もちろん、完全武装状態の自分を除いて、ではあるが、神に対して、ここまで一方的な戦闘を繰り広げることができるものがこの世界にいるなど、想像したこともなかった。しかも相手は、大神エベルだ。ナリアと同等の力を持つ神なのだ。それが赤子の手を捻るかのような容易さで処理されていく。
ただし、エベルもさすがに大神だけあって、簡単には倒れてくれはしない。どれだけ損傷させたところで、容易く回復し、元に戻るのだ。そのたびに消耗しているとはいえ、肉体を復元するだけのことにそれほど多くの力を消耗するとは考えにくい。
「なぜだ!? なぜ、人形も兵器も、わたしの命令を受け付けんっ!? わたしの命令を最優先に動くよう、設定を書き換えたはずだ!?」
「魔晶城で生産される魔晶人形、魔晶兵器の頭脳には、すべて、窮虚躯体による強制同期を根源命令として組み込まれている。強制同期中は、ほかの命令を一切受け付けないようにな。おまえは、その上から新たな命令を書き込んだのだろうが、それだけでは根源命令を打ち消すことはできんよ」
「なんだと!?」
エベルは愕然とミドガルドを睨んだ。その驚愕に満ちた表情は、常に余裕を見せていた神にあるまじきものといってもいいのではないか。そしてその横面を殴りつけるのがウルクであり、頭蓋は容赦なく砕け散り、脳髄が飛び散り、波光の熱量によって焼き尽くされる。もちろん、瞬時に復元され、ウルクを吹き飛ばしてみせたが。
「おまえのそのような焦った表情を見ることができて、良かった。きっと同志たちもほくそ笑んでいることだろう」
「貴様っ!」
「取り乱したな」
ミドガルドが声だけで笑えば、エベルは、怒気も露わに爆炎を撒き散らした。それはウルクの接近を一時でも阻むためだったのだろうが、ウルクは、波光の障壁を全身に纏い、その爆炎の中を突っ切ってエベルの胴体を突き破る。エベルの真っ二つになった上半身と下半身、その断面から真っ黒な炎が噴き出したかと思うと、ウルクを猛追した。そしてウルクに絡みつくも、ウルクは、躯体各所から噴き出した波光によってその黒い炎を吹き飛ばしてみせる。
「ふっ……はははっ、ははははっ!」
肉体を復元したエベルが壊れたように笑った。その笑い声に応じるようにして、魔晶城が揺れた。魔晶を包み込む結界が震えたのだ。
「停止しないのであれば、破壊すればいいだけのことではないか。なにも難しいことではない!」
魔晶城を包み込む結界が漆黒の炎となって燃え上がると、魔晶城全域に迫り始めた。セツナたちを閉じ込めるための結界を攻撃手段に転換したのだろう。
「セツナ殿、ラグナ殿」
「なるほど、そういうことか」
「よかろう」
セツナはラグナとうなずき合うと、透かさず魔晶城全体を覆うように防御障壁を展開した。ラグナが吼え、竜語魔法による結界をその上に重ねれば、フェイルリングたちの力もまた複雑に絡み合い、防御結界をより強固なものとする。
それは一瞬の出来事であり、エベルの攻撃に十分に間に合っている。
圧縮される黒炎と、複合結界が衝突し、セツナの世界は、まばゆい光に塗り潰された。




