第二千九百四十七話 窮極にして虚ろなるもの(九)
「どうにも上手く行きすぎている気がしますが」
そういったのは、カーラインだ。フェイルリングを筆頭とする五人の騎士は、いまだ真躯を解いてはいない。ただ、施設内から地上に出たことで、真躯本来の力を発揮できるようになったからだろうが、いずれも巨大化していた。特にワールドガーディアンは、ベノアでセツナの前に姿を見せたときと同等の巨大さを誇っており、その神々しさと威圧感を兼ね備えた姿には、畏怖を禁じ得ない。
ワールドガーディアンに、紅蓮の炎フレイムコーラー、双戟のデュアルブレイド、大剣を構えるディヴァインドレッド、片腕が槍と同化したランスフォース。五体の真躯は、以前にも増して強力になっていることはいうまでもない。でなければ、エベルの分霊を相手に戦えるわけもないのだ。
そんな彼らにラグナ、セツナが力を合わせても、エベルには敵わない。それは、わかりきったことだ。エベルの力は絶大無比であり、圧倒的というほかないのだ。次元が違うといってもいい。
それほどの力を持つ存在を相手に、魔晶人形が一方的な戦いを繰り広げているという事実が彼らにとっても衝撃的なのは察するまでもない。
「まったくだ。これで本当に斃せるのか?」
「閣下は、どうお考えで?」
「相手は神だぞ。斃せるものではあるまい。だが、一方でウルク殿がエベルの力を削りつつある。このままエベルの力を削り続ければ、こちらに勝機も生まれよう」
「なるほど。ウルク殿がエベルの力を削り切り、弱まったところをセツナ殿がばっさり、ということですな」
カーラインがこちらに顔を向けてきた。鋭角的な兜の奥に輝く双眸がセツナの活躍を期待するかのようだ。セツナは、改めて頭上を仰いだ。エベルとウルクの激闘は、相も変わらず、こちらを黙殺するように続いている。エベルも、ウルクを無視してこちらに攻撃するなどという暴挙に出られないのだ。それは、ウルクに対して多大な隙を作ることになる。
実際、エベルがミドガルドを攻撃した際に生まれたわずかな隙は、ウルクに猛攻を叩き込ませるには十分過ぎるほどの時間となり、エベルはその肉体を粉々に吹き飛ばされている。それでも瞬時に復元してしまうのだから、エベルの力は強大といわざるを得ない。
「そういうことならば、納得も行くがのう」
「どうしたんだ? ラグナ」
「どうにも嫌な予感がするのじゃ」
「嫌な予感?」
「案ずることなどなにもないのだよ。すべては順調だ。なにもかも、わたしの思惑通りに進行している」
ラグナの不安を一蹴するようにして、ミドガルドがいった。
「魔晶城が完成し、エベルがわたしを殺したとき、すべてはわたしの思い通りに運ぶ手筈となった。奴は、知らず知らずのうちにわたしの掌の上で踊り始めたのだよ。奴にとってわたしの殺害はもののついでだ。わたしなど、いつでも殺せるのだから、放って置いたところで関係がなかった。それでも殺さずにはいられなかったのは、わたしを利用する必要があったからだろう」
ミドガルドが語る間も、エベルとウルクの戦いは一方的に続いている。ウルクが動けば、光が走り、光が走れば、エベルの肉体が損傷する。破壊される。エベルがどれだけ神威を放とうとも、ウルクを捉えられず、逆にウルクに捕捉され、粉砕されてしまう。これでは、エベルが弱い神に見えてしまうのだが、現状でも、エベルの力はセツナたちを遙かに上回っているのはいうまでもない。
ウルクがあまりにも一方的すぎて、そう見えるだけだ。
「わたしを餌にウルクとあなたを誘き寄せ、殺す。しかし、念には念を入れなければならない。なにせ相手は魔王の杖の護持者であり、魔王の杖そのものだ。戦力を整え、万全を期すべきだった。そのためにこの魔晶城を全力で稼働させ、大量の魔晶兵器、魔晶人形を生産した。いま、この地を満たす何十万体もの魔晶人形、魔晶兵器がそれだ。すべてはあなたを抹殺するための、あなたを確実に殺しきるための戦力。いかに魔王の杖の護持者だろうと、人間である以上、その力には限界がある。何十万もの魔晶人形、魔晶兵器を相手にすれば、さすがのあなたも力尽きる、そう考えたのだろう」
「そこまでしなくとも、エベルの力なら俺を殺しきることくらい容易いだろうに」
「東の地でナリアが滅びたことを知れば、エベルとて、悠長に構えてなどいられなかったのだろう」
そういわれれば、納得せざるを得ない。ナリアは、エベルと同等の力を持つ大いなる神だった。セツナたちがナリアを斃せたのは様々な条件が整った結果によるものだが、エベルにしてみれば、そんなことは関係なく、脅威に感じたとしてもなんらおかしくはないのだ。そして、万全を期し、戦力を整えるのは当然の結果といえる。
「だが、その結果がこれだ」
「その結果? エベルが魔晶人形や魔晶兵器を大量生産した結果ってこと?」
「そうなのだ。これは、エベルが導き出した結果であり、報いなのだ」
ミドガルドが上空の戦闘を示しながら、続ける。
「この工場で生産される魔晶人形、魔晶兵器は、その動力源たる心核をすべて黒色魔晶石と定めた。特定波光によって膨大な波光力を生み出す黒色魔晶石ほど、魔晶人形、魔晶兵器との相性のいい魔晶石は存在しないからだが、それ以外にも大きな理由があった」
「理由……」
「黒色魔晶石は、母体となるひとつの巨大な魔晶石から切り出される。ウルクの、壱號躯体の心核も弐號躯体の心核も、元は同じ魔晶石だったということだ。それ以外のすべての黒色魔晶石も、すべて、な」
ミドガルドの語る話は、初めて知ることばかりだった。黒色魔晶石が特定の地域でしか取れないという話は聞いたことがあるが、黒色魔晶石がすべて母体を同じとするなどということは、聞いたこともなければ想像もできない。
「それら黒色魔晶石には、微弱な繋がりがあった。特定波光とは別の波形で示されるそれは、母体を同じにする魔晶石のみが持つ繋がりであり、ほかの魔晶石でもよく見られる現象だった。ただ、ほかの魔晶石は、元々の波光力の弱さ、少なさ故、その現象を活用することができなかっただけなのだ。その点、黒色魔晶石は違う。特定波光のみで力を発揮する特別な魔晶石は、その繋がりもまた特別だったのだ。隣り合った黒色魔晶石同士が互いに影響し合い、力を増幅させることが判明したのだ」
「魔晶石同士が力を増幅させ合う?」
「わたしは、黒色魔晶石の同期増幅現象を利用することによって、躯体の性能を飛躍的に向上させることに成功した。それが窮虚躯体なのだ」
ミドガルドの視線の先で、ウルクが光そのものとなって飛び回り、波光砲が空を青白く染め上げる。爆発が起き、エベルの腕が吹き飛んだ。エベルは即座に復元して見せたが、その表情には、余裕はなかった。
「窮虚躯体は、この魔晶城で生産された魔晶人形および魔晶兵器の心核と強制的に同期し、同期した心核の数だけ、性能を向上させる。つまり、現在稼働中の心核の数だけ、ウルクは強くなっているということだ」
「心核の数だけ……」
セツナは、ミドガルドの説明を聞いて、絶句するほかなかった。
いま稼働中の魔晶人形、魔晶兵器は数万体に及ぶ。その数だけ、ウルクの性能が向上しているということであり、ウルクが通常の何倍、何十倍どころではなく強くなっているということを示している。数万もの心核の力を一手に引き受けることができ、そのまま出力することができるというのであれば、ウルクがいま、エベルに対し一方的かつ圧倒的な戦いを繰り広げているのも納得がいくというものだ。いや、たとえ、そのまま出力できなくとも、圧倒的な力を得るのも当然だろう。
そして、ウルクが突如、光の如く速度を上げたのも理解できる。
エベルが、セツナを殺すべく、ウルクの相手を魔晶人形や魔晶兵器にさせるべく、魔晶城に存在するすべての兵器を稼働させたからだ。
そのために、ウルクは、絶大な力を得た。
大いなる神をも凌駕するだけの力。




