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第二千九百四十四話 窮極にして虚ろなるもの(六)

 魔晶城の敷地内の地上は、ウルクとエベルの激闘によって完膚なきまでに破壊されてしまっているといっていい。

 堅牢な城塞そのものといっても過言ではなく、少し前まで無数の建造物が聳え立っていたはずなのだが、いまや見る影もない。巨大な建物は軒並み倒壊し、地は割れ、陥没し、無惨な廃墟と化してしまっている。全体がだ。もはや無事な場所はなく、魔晶兵器工場として機能するとはとても思えないような有り様であり、エベルがウルクとの戦いの中でこの魔晶城そのものを破壊し尽くそうとしているのではないかとも思えた。それくらいに苛烈な攻撃の数々は、魔晶城への影響や被害を一切省みないものであり、むしろ上空での戦闘に終始しようとするウルクのほうが余程考えて戦っているようだった。

 そうして破壊された工場群の廃墟の闇に瞬く無数の光は、魔晶の光、波光そのものであり、その膨大な量の輝きたるやこの工場の各所に秘された、あるいは稼働中だった魔晶人形、魔晶兵器の数を現しているのだろう。そしてそれら無数の魔晶兵器群は、瓦礫や残骸を押し退け、地上に姿を見せると、重力の鎖を断ち切るようにして空に上がった。

「これは!?」

 セツナが驚愕の声を上げたのは、その数があまりにも多かったからだ。百体二百体どころの話ではない。桁が違うのだ。一万体をも容易く凌駕する数の魔晶人形が浮かび上がり、それに匹敵する数の魔晶兵器が地上を埋め尽くす。様々な形状、様々な運用法の魔晶兵器たちは、すべて、ウルクに狙いを定めていた。魔晶人形たちもだ。いずれもエベルに支配され、制御され、操作さえされているのではないか。

 それは想像するまでもないことだ。

 すべての魔晶兵器、魔晶人形がウルクに向かって攻撃を開始すると、さすがのウルクもエベルへの攻撃を諦めざるを得なくなった。ウルクに集中する大量の波光砲にセツナを巻き込まないよう、緊急回避的に飛び離れていく彼女の後ろ姿を見届ける暇は、残念ながらセツナにはない。

「さあ、セツナ。君の相手をしてやろうじゃないか。そして君を殺してあげよう。君の大切な人形が壊れてしまう前にね」

「てめえ」

 セツナが振り向けば、エベルは、余裕に満ちたまなざしでこちらを見ていた。黒き太陽神の異名のままに、その背後に浮かぶ黒い炎の輪が激しく輝いている。分霊を取り込んだことでその力がいや増しているのはいうまでもない。その右手がこちらに向いた。一瞬にして収束した炎が熱線となってセツナに向かってきたが、翡翠色の光の盾が遮断した。

「まったく、我が主には困ったものじゃのう」

 呆れ果てたような声は、背後からだった。空間転移ではなく、超高速で飛行してきたに違いない。

「いくら後輩が窮地だからとて、ひとりで突っ走る馬鹿がおるか」

「仕方がねえだろ。状況が状況なんだ」

「そうはいうがのう。勝てる見込みがあるとは思えぬぞ」

「さすがは竜王。冷静な判断だ。その通り、君らには万にひとつの勝ち目もない。たとえ竜王と救世神が力を貸そうと、君はわたしに殺されるしかないのだ」

「だれが殺されるか!」

「そうじゃそうじゃ。わしがおる限り、セツナを殺させはせぬぞ」

 セツナが憤然と叫べば、ラグナが当然のように同調する。エベルが目を細めたのは、ラグナの反応が気に食わなかったからか、どうか。

「ならば、君も死ぬといい。竜王よ」

「残念じゃが、わしはもう死なぬぞ。ようやく再会できたばかりなのじゃ。死んでなるものか」

「そうだ。なにものも死なせはせぬ。これ以上の犠牲は、無用……!」

 そのとき、雄々しい咆哮とともにエベルを背後から斬りかかったのは、ワールドガーディアンだった。先程よりも遙かに巨大化した銀甲冑、その両手に握られた極大剣が神々しい光を放ちながらエベルに迫る。だが、エベルには到達しなかった。炎の輪から噴き出した黒炎が巨大な腕を形成し、極大剣を受け止めたからだ。しかし、それはフェイルリングにとっても想定の範囲内だったようだ。極大剣を受け止められた直後、四体の真躯がエベルを包囲した。ディヴァインドレッドが大剣を振り翳せば、フレイムコーラーが大刀を振り抜き、ランスフォースの槍が走り、デュアルブレイドの双戟が旋回する。

「救世神の使徒どもが……」

 エベルが吐き捨てるように告げたつぎの瞬間、その姿が陽炎のように消え失せると、フェイルリングたちは目標を見失って得物を空振らせた。五体の真躯、その背後に舞い散る火の粉が陽炎となり、エベルの分身が出現する。それぞれが瞬時に反応するも、ワールドガーディアンを除く四体の真躯は、エベルの分身が放った爆炎に包まれ、吹き飛ばされていった。ワールドガーディアンのみ、その胸元に大穴を開けられる程度で済んでいる。一見、致命傷に見えるが、真躯にとってはその程度どうということもないのだろう。

 ワールドガーディアンが極大剣を薙ぎ払い、五体の分身を叩き切った。火の粉が舞い散り、一点に集中、再びエベルの姿を形作る。そしてその瞬間を逃すセツナではなかった。飛び込み、その背中から矛を突き入れようとする。エベルがこちらを一瞥した。炎が視界を遮り、猛烈な熱気が全身を貫く。矛先が空を切ったと判断したときには、殺気が頭上に在った。振り仰げば、エベルが両腕をこちらに向けて伸ばし、その先に光輪を展開していた。

 炎の輪が回転し、その中から無数の火球が発射されてくる。セツナはメイルオブドーターの防御障壁とエッジオブサーストの翼によって自分自身を護りながら、舌打ちした。つぎつぎと防御障壁に着弾する火球は、炸裂し、大爆発を起こしている。その威力たるや物凄まじいものであり、あっという間に防御障壁が削り尽くされてしまい、セツナは、間一髪のところで射線上から逃れることができた。エベルがそのまま押し切らなかったのは、当然、横槍が入ったからだ。

 ラグナの魔法がエベルの攻撃を中断させた。

「やはり、ここはなんとしてでも撤退し、体勢を立て直すべきだと考えますが」

 そう囁いてきたのは、カーラインだ。真躯ランスフォースは損傷しているものの、まだまだ戦えるといわんばかりに戦線に復帰している。ほかの真躯も同様にだ。

「わしもそう想うぞ、セツナよ」

「ラグナ……」

「後輩はなにやら興奮しておるようじゃが、それで勝てるなら苦労はせぬ。相手の力量は、おぬしにもよくわかっているはずじゃ。この戦力では勝てぬ相手じゃとな」

 ラグナが極めて冷静に状況を判断していることは、有り難かった。セツナもエベルとの力量差については、想像するまでもなく圧倒的できあることはわかりきっている。冷静になって考えれば考えるほど絶望的だ。こちらの攻撃は届かず、相手の攻撃はこちらの防御を上回っている。フェイルリングたちとラグナがいてくれたからこそ、命があるのだ。もし一対一ならば、既に決着がついていることだろう。それも、セツナの敗北、死という形で、だ。

「わかっている。わかっているさ」

 だが、だからといって、ウルクを見捨てるわけにはいかない。

 そもそも、セツナたちがここを訪れた目的を考えても見よ。ウルクの躯体を修復し、完全な状態にするため、その技術を持つミドガルドを探してここまでやってきたのだ。そのミドガルドが殺されていて、殺した犯人が皇神エベルだったことで、この騒動が起きている。しかも、どういうわけかミドガルドが魔晶人形になっていて、ウルクが新型躯体となって暴れ回っている。

 状況は混沌とし、一目散に逃げ出せるような、そんな状況ではなくなっているのだ。

「逃げる?」

 話に割り込んできたのは、ミドガルドだった。

「その必要がどこにあるのかね」

 遙か眼下、ミドガルドは、勝利を確信したようにして、空を仰ぎ見ていた。


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