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第二千九百四十話 窮極にして虚ろなるもの(二)


「なんだ……あれは……」

 ドレイクが畏れでも抱いたかのような疑問の声をあげるのは、無理のない話だ。セツナ自身、驚きを禁じ得なかったし、なにが起こっているのかはわかっていないのだ。

「あれがなにかはわからないが……波光なのは間違いない。そして、あの波光が捉えている神こそ、エベルなんだ」

 セツナは、完全武装の深化による融合を急がせながら、光の龍の如きそれが城塞の上空でまるでなにかに激突したかのように動きを止める様を認めた。この城塞を覆う結界に激突したのだろう。城塞内に張り巡らされた薄い障壁を打ち破ることはできても、城塞そのものを覆う分厚い結界は破れなかったのか、それとも、破る必要はないと判断したのか。光の龍、その力の主がなにを考えているのか、想像もつかない。

 力の主。

 おそらくは魔晶人形だろう。

 それも、並の魔晶人形ではない。量産型魔晶人形や魔晶兵器の波光砲ですら破壊できない城塞の床を容易くぶち抜き、何十層もの階層をまるまる消し飛ばすほどの出力なのだ。弐號躯体のウルクですら、その主の前では赤子の手を捻るように斃されること請け合いだ。

 それが発する莫大な光は、波光だった。それも膨大な量の波光を垂れ流し続けている。だからこそ、エベルを捉えて放さず、遙か地下より上空まで連れて行くことができたのだ。それはつまりどういうことかといえば、波光の出力次第では、神に匹敵するだけの力を発揮できる、ということだが、それそのものは、既に証明済みではあった。ウルクは、ナリアの分霊との戦いでも、第三次リョハン防衛戦における神との戦いにおいても、魔晶人形でありながら、それぞれに戦果を上げている。どちらも神の加護があればこそではあるが、それはとりもなおさず、魔晶人形でも、出力次第では神に対抗できる証なのだ。

 そも、人間よりも強靱で頑健な躯体を持つ魔晶人形が、役に立たないわけもない。

 不意に、エベルの全身が黒い炎を噴き出したかと思うと、それまで天高く聳えていた光の柱が消し飛ばされた。弾かれたなにかが、流星のように落下していく。それは光り輝く魔晶人形であり、そのまま城塞の一角に落着したようだった。

「エベル……あれがか」

「なるほど、現有戦力では戦うべきではないとの閣下の判断、間違いはなさそうですな」

「それについては同意しますが……」

 しかし、この状況下で逃げ出せるものなのか、という疑問もあった。まず、分霊は五体、残っている。おそらくラグナを殺すために差し向けられた分霊も残っているだろう。それらを相手にしながら、エベルの監視下から逃れなければならないのだ。城塞は、分厚い結界で覆われていて、通信器は反応しない。マユリ神もこちらの状況に気づいていることだろうが、だからといって、なにができるわけでもないのだ。船を城塞に接近させることすらできないのではないか。

 エベルは、こちらのことなどお構いなしに上空で腕組みした。ぼろぼろの衣に身を包んだその姿には、見覚えがある。なぜかはわからない。会ったこともなければ、知っているはずもないというのに、エベルの顔立ちは、はっきりと見たことがあった。鏡に映るその素顔を視た、そんな記憶。

 エベルの全身を黒い炎が嘗め尽くし、ぼろぼろだった衣服を黒く焼き払ったかと思うと、漆黒の炎のような姿態が露わになる。神としてのエベルの姿だろう。威厳に満ち、畏怖さえ感じるが、同時に耐え難い怒りの奔流がセツナの心の奥底を貫く。黒き矛と眷属たちの神への怒りが、深化融合によって直接的に伝わってきていた。

「笑わせる。こんなものでわたしを斃せると、本気で考えていたのか? ミドガルド!」

 エベルが叫んだ思わぬ名前にセツナははっとした。そして、エルを翅で抱えたまま、飛び退く。もはや結界で拘束することの無意味さを悟った分霊たちが攻撃を仕掛けてきたのだ。セツナはエベルを注視しながら、分霊たちの攻撃を捌かなければならなかった。なぜ、エベルは自身が殺したはずの人間の名を叫んだのか。ちょっとした混乱が生じている。

「ああ、もちろん。そう考えているよ、エベル。わたしは本気だ。いつだって本気なのだ。おまえがどう思おうと、どう考えようと、わたしは本気だった。常に、最初から、どんなときだって、本気だったのだ」

「え!?」

 セツナは、エベルが通過してきた空洞の中を浮かび上がってきた魔晶人形を視界に収め、その声を聞き、愕然とした。混乱に拍車がかかるのは、当然の話だ。聞き覚えのある男の声を発するのは、男性型の魔晶人形であり、それは、悠然とした様子でセツナたちの眼前を浮かび上がっていく。躯体から放出される波光が重力の軛を断ち切り、飛行をも可能にしているのだが、驚くべきはそこではない。

 魔晶人形が発しているのは、ミドガルド=ウェハラムの声だったのだ。

「わたしがなんの策もなく、なんの計略もなく、なんの準備もなく、なんの方法もなく、おまえの前に姿を現すと思うのか? わたしが、おまえを過小評価すると思うのか。黒き太陽、滅びの星神よ」

「わたしは創造神だよ、ミドガルド。勘違いしてはいけない。わたしの力をもってすれば、生命を作り出すことは、君が頭をこねくり回して人形遊びをするよりも容易く、確実なのだよ」

「なんとでもいうがいい。おまえは、わたしの術中に嵌まったのだ」

「いつまでそういっていられるか、見物ではあるが……わたし自身、いつまでも君にかかずらっている場合ではないのだよ」

 そういって、エベルはこちらを一瞥した。分霊たちが一斉に襲いかかってくるのを籠手化したロッドオブエンヴィーの“闇撫”でもって妨げながら、セツナもまた、彼を睨む。金色に輝く目は、明らかにセツナを意識していた。

「さあ、ウルク。本番だよ。君に与えたすべて、見せつけるときはいまだ。それが君の主のためになる」

「わかりました、ミドガルド」

「ウルクだって!?」

「ウルクといえば、貴殿の……」

「ああ、俺の従僕で、ミドガルドさんの……」

 そこまでいって、セツナは、意識を持って行かれる感覚を味わった。

 それはまるで流星のように現れ、エベルの横腹に一撃を叩き込んだのだ。凄まじい推力によって得られた速度と超合金の躯体の重量が合わさった跳び蹴りは、さしものエベルも想定外の威力を秘めていたのだろう。エベルは、横腹から炎を噴き出しながら吹っ飛んでいった。だが、ただでは終わらない。エベルの光輪が生み出した黒い炎が八首の大蛇の如く、その人形に殺到したのだ。人形は、避けようともしない。全身から波光を噴出し、黒い炎を消し飛ばして見せたのだ。

 そして、上空に在って眼下を見下ろす魔晶人形の全体像がようやく、明らかとなる。

 それは確かにウルクだった。

 ただし、つい先程まで見慣れていた姿形ではない。弐號躯体を元にしているのかどうかさえわからないが、顔立ちは、ウルクそのものだった。ウルクの顔立ちそのものは、壱號躯体でも弐號躯体でも大差ないのだ。より洗練されたというくらいのもので。そういう意味では、さらに洗練されている可能性は大いにあったが、顔立ちそのものに違いがないといって差し支えなかった。ただし、頭部も装甲を纏い、全身に重武装を施したその姿は、素の躯体をもって強力な戦闘兵器とする魔晶人形とは一線を画するものといっても過言ではないだろう。

 セツナがその姿を見て思い出したのは、最終戦争の際のウルクの姿だった。飛行翼に二門の砲塔を備え付けたその姿は、機械仕掛けの天使のようであり、いま、城塞上空に浮かぶその姿は、鋼の女神と呼ぶに相応しいものかもしれなかった。


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