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第二千九百三十九話 窮極にして虚ろなるもの(一)

 まず、激しい震動があった。

 セツナたちの戦闘とはまったく関係のない場所、それも遙か地の底から地獄の大軍勢が大挙して押し寄せてくるかのような、そんな震動があり、それが物凄まじい轟音を引き連れてくるのがわかると、セツナたちは目配せし、分霊との戦闘もそこそこにその場を離れようとした。震動と轟音は、セツナたちの戦場であるベルトコンベヤールームの真下から迫ってきていたからだ。

 だが、セツナたちが部屋を出ようにも、分霊たちの猛攻が邪魔をした。

 そもそも激戦の最中だった。

 真躯ディヴァインドレッドに変身したドレイク・ザン=エーテリアに、真躯ランスフォースに変身したカーライン・サン=ローディスの二名は、戦力として申し分なかったものの、戦力比においては明らかにこちらのほうが押されていた。敵は六柱の分霊であり、いずれもが並の神以上の力を持っていた。そして、いくら救世神ミヴューラの加護、その真骨頂たる真躯といえど、神に匹敵する力を発揮することは敵わない。拮抗することなどありえない。

 いや、当初は押しているように見えたのだ。

 実際、ディヴァインドレッドの大剣が唸りを上げれば分霊が依り代とする魔晶人形の躯体を容易く引き裂き、ずたずたに破壊したものだったし、ランスフォースの槍腕が閃けば、魔晶兵器の分厚い装甲を貫いて、分霊を破壊したかに見えたのだ。しかし、それだけだった。魔晶人形の躯体を、魔晶兵器の装甲を、分霊たちは瞬く間に復元すると、周囲に散らばる残骸をも取り込むことで自身を強化して見せたのだ。そこからが苦戦の始まりだった。

 分霊たちがなぜ魔晶人形や魔晶兵器に取り付いたのか、その理由がはっきりとわかった。魔晶人形にせよ、魔晶兵器にせよ、この工場内には腐るほど存在しており、戦力として使えるだけでなく、セツナたちに破壊され、残骸となったとしても、損傷部を修復するための部品や、あるいは自身の強化素材として活用できるからだ。

 紅い髪の分霊が腕の数を増やして見せれば、大砲蟹が砲塔を大量に背に乗せ、また、巨大な腕を取り付けたりした。本来あり得ない運用法は、しかし、神の化身たる分霊ならば不可能ではなかったのだ。そしてそれによって戦闘能力を強化した分霊たちの猛攻は、真躯の装甲を突き破り、カーラインたちに大打撃を与えていた。

 セツナとて、無傷では済まなかった。エルもだ。その原因は、完全武装を出し惜しまなければならないという状況にある。エベルがこの工場内の何処かに潜んでいて、こちらの様子を窺っている以上、いつエベルと遭遇してもいいように力を温存しなければならないからだ。もし、分霊の撃破に全力を注ぎ、そのために消耗し尽くすようなことがあれば、それこそエベルの思う壺だ。力尽きたセツナを殺すのは、エベルでなくとも造作もない。分霊は、どうやらこの場にいる六柱で全部ではないらしいことは、ラグナの元に救援が差し向けられたことからも推察できる。

 余力を、存分に残しておかなければならない。

 それは、エベルとの戦いが控えているからだけではない。エベルの分霊如きに全身全霊の完全武装を用いなければならないような、そんな余裕のない戦い方をしているようでは、ネア・ガンディアの軍勢を相手に戦い抜けるわけがない、という確信もあったのだ。

 エベルの分霊は、それだけで並の神々以上の力を持つ。だが、獅子神皇の力は、エベルの比ではないこともまた、事実だ。エベルの分霊に手間取り、エベルに翻弄されているようでは、獅子神皇を滅ぼすことなど夢のまた夢だろう。

 故にセツナは、完全武装を用いず、分霊を撃破することに挑戦しているのだが、それで窮地を招くのは本末転倒以外のなにものでもない。なんであれ、無事にこの苦境を脱することのほうが先決であり、優先順位を間違えてはいけないのだ。

 波光に神威を織り交ぜた攻撃の数々を捌きながら、辛くも分霊を一体、滅ぼすことに成功したのは、ディヴァインドレッドとランスフォースが隙を作ってくれたからであり、ふたりとの連携攻撃は、即席の戦闘部隊というにはあまりにも上手く行き過ぎていた。カーラインとドレイクがセツナの癖を見抜き、呼吸を合わせてくれているのだが、その手際の良さたるや、感心するほかなかった。

 その勢いに乗ろうとしたのも束の間だった。

 突如として大震動が地の底を揺らした。分霊たちもなにが起こったのかわからなかったようだが、しかし、迫り来る強大な力から逃れようとするセツナたちの動きを封じるために力を合わせるのは、さすがは同じ神を源とする分霊といったところだろう。波光と神威が凶悪な結界を構築し、セツナたちの周囲四方を取り囲んだのだ。攻勢に出るのではなく、身動きを封じるために全力を注ぐ。

 そんな分霊たちの反応を見て、セツナは、肩を竦めた。防御に専念されれば、さすがのセツナたちも手も足も出ない。しかもその防御障壁は、セツナたちを震動の直上である一カ所に押し込めるためのものであり、遙か地下から迫り来る強大な力にセツナたちをぶつけることが目的のものなのだ。

「この震動はなんだと想う?」

「さて、この城塞にはどうやらまだまだ秘密がありそうですし、なにが起きても不思議じゃあありませんな」

「エベルかもしれない」

「ふむ。可能性は高そうだ」

「だとすれば、ここに留まっているのは危ういでしょうな」

 セツナは、ドレイク、カーラインとうなずき合うと、すぐさま呪文を唱えた。分霊は五体。こちらは四名。地下から敵の首魁たるエベルと思しきものが迫りつつある。その状況下でセツナが取る手段といえば、完全武装を置いてほかになかった。ディヴァインドレッド、ランスフォースがそれぞれに得物を構え、エルがセツナの背後を護るように立つ、その中で、彼の術式は何度目かの完成を迎える。

 だが、エッジオブサースト、マスクオブディスペア、ランスオブデザイアを立て続けに召喚した直後、震動と轟音が急激に近くなった。

 セツナは、咄嗟に完全武装化すると、周囲にいる全員を護るべく防御障壁を展開した。暗く巨大な闇の翅が幾重にもセツナたちを包み込み、外界と隔絶する空間を作り出す、その瞬間の出来事だ。衝撃が障壁の外側を走り抜け、目も眩むような閃光が天に昇った。地の底から、分厚い金属製の床を突き破り、天に昇る龍のように荒れ狂いながら破壊を撒き散らし、波光を吹き荒れさせ、轟音の洪水をともなって空へ行く。

 セツナは、ただただ唖然とするほかなかった。

 光の奔流は、莫大な力の暴走そのものであり、破壊の権化といってもよかった。そんなものがこの城塞の遙か地下深くより昇ってきたかと思うと、セツナが急造した防御障壁をばらばらにして、分霊たちの結界をも突き破り、この広間の天井を吹き飛ばしていったのだ。

 空が覗いた。天井だけでなく、直上にあるすべての階層、すべての部屋が床から天井から柱から、なにもかもすべて吹き飛ばされ、消し飛ばされていったからだ。力は、上昇するほどに増幅し、増大し、膨張している。だから、この部屋は完全に吹き飛ばされなかった。

 だから、セツナたちは、その破壊の力が空に向かっていく様を見届けることが出来た。

 鉛色の空の下、莫大な量の波光が天に向かって伸びていく。聳え立つ光の柱。いや、激しく蛇行し、螺旋を描く様は、先もいったように光の龍のようだ。龍がその強靱な顎でもってなにかを食い破らんとしながら、空に昇っているのだ。

 その光の龍が喰らわんとするものがなんであるか、セツナは確かにみた。

 黒い光の輪を背負う神。

 黒陽神エベル。


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