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第二千九百三十八話 魔晶の響宴(十二)


 ミドガルドは、台座の上に横たえた弐號躯体の状態を丹念に調べ、調査記録を演算機に入力し続けていた。演算機に入力された情報は、魔晶城の中枢記録庫に保存されるようになっている。中枢記録庫には、エベルの手が入っていたし、監視下にあるのは明白だったが、いまさら隠す必要はなかった。みずから存在を明かした以上、隠そうという努力すら無意味だ。ならばいっそのこと、魔晶城の研究設備を総動員して作業効率を向上させるべきだった。

 そこは、魔晶城の最深部であり、彼らが叡智の限りを尽くして秘匿し、隠し通し続けた場所だ。

 最終調整室。

 彼と彼の協力者が、すべての準備を終え、エベルとの決戦に備えるための部屋であり、そこには彼が魔晶技術の粋を結集して作り上げた機材、設備が集合していた。演算機もそのひとつだ。それら機材、設備は、魔晶城のほかの設備群とは独立して機能しており、故にエベルにも気づかれずに済んでいた。もし、ここの設備が中枢記録庫を始めとする他の設備、機材と繋がっていたならば、彼らの企みは、もっと早くに露見していただろうし、すべて露の如く消え失せていただろう。

 エベルとて、自分が窮地に陥るかもしれない計画を放置するほど、愚かではない。もっとも、エベルがその計画を知ったとして、それで自分が窮地に陥ると認識するかどうかはまったく別の話だが、危ない橋を渡るような神ではあるまい。

 なにせ、魔晶城が完成し、魔晶兵器群の量産が軌道に乗った途端、しびれを切らしたようにミドガルドを殺害したのがエベルなのだ。

 ミドガルドが魔晶人形に人格を移植することで擬似的に生き延びているという事実を知れば、一も二もなく破壊に走るだろうことは目に見えていた。

 だからこそ、あのとき、ミドガルドは、自身の半身ともいうべき人形たちを使い、エベルを挑発したのだ。そうしたら、どうだ。あの大いなる力を持つ神は、その依り代とする人間の感情に引きずられたようにして、ミドガルドの破壊に躍起になった。

 エベルは、聖王国の王ルベレス・レイグナス=ディールの肉体に取り付いていた。故にミドガルドに対して抑えがたい破壊衝動を持っているのだろう。ルベレスがミドガルドを恨みに想っているかもしれない、ということについては、薄々、感づいていたことではあった。ルベレスは、表面上、ミドガルドを友人として扱った。だが、言動の端々にミドガルドへの言いしれぬ怒りや妬みに似た感情が混じることがあったのだ。ミドガルドは、それを見て見ぬ振りをしてきた。どうあれ、ルベレスはディールの王であり、ミドガルドが推戴する主君なのだ。そして、ルベレスの憎悪の対象となる原因は、ミドガルドが作っている。

 だから、それはいいのだ。

 若気の至りなどという言葉で飾り付け、終わったことにできるようなことではなかったし、甘んじて、その罰を受けるつもりではいた。

 そう、ルベレスがエベルなる神の力を用い、人間ミドガルドの尊厳すら踏みにじるまでは。

「君は、本当によくやったようだ。よくも、約束を守った。守り通したのだろう。見ればわかるよ」

 合金製の台座の上に横たえた弐號躯体は、さながら目覚めの時を待ち、永い眠りについた乙女のように美しく、幻想的だ。異なる材質の金属との継ぎ接ぎだらけであったり、胸部に開いた大きな穴に目を瞑れば、だが。そうした場合、芸術作品としかいいようのない美貌をもった女性が、眠りを呼び覚ます魔法の口づけを待ちわびているような、そんな光景にさえ見えてしまう。

 室内を照らす魔晶灯の光が、幻想的な光景に拍車をかけているのは紛れもない。

 ウルクの躯体は、端的にいって傷だらけだった。エベルに貫かれた胸部の傷以外にも無数の傷が、躯体各所に存在し、満身創痍といっても過言ではない状態だったのだ。精霊合金製の装甲は、波光出力時にその強度を大きく向上させるが、それでも傷を負うような戦いを何度となく繰り返してきたようだった。想像もつかないが、エベルのような神のいる世界だ。それほどの戦いがあったとしてもおかしくはない。

 ただし、ほとんどの負傷は、目立つようなものではない。特に魔晶人形のことなどよく知らないものたちには、無傷に見えてもおかしくはなかった。ミドガルドだからこそ、躯体についた無数の傷に気づくことが出来るのであり、躯体内部の負担や消耗具合が理解できるのも、彼ならばこそだ。

 首筋の継ぎ接ぎだけは、だれの目にも明らかだが。

「主君を護るため、みずから撃ち抜いたか。君らしい決断力と潔さだが、後先を考えなさすぎたな。わたしがいなければ、だれにも直せまいに」

 それでも、なにものかが弐號躯体の首を継ぎ接ぎし、ウルクが満足に活動できるようにしたのだから、驚くべきことだ。これもやはり、人間業ではあるまい。接合部分があまりにも自然に溶け込んでいて、並の技術力では到底不可能な水準だった。

「ならば、もう二度と直せなくなるな」

「……随分と手間取ったようじゃないか。エベル」

 ミドガルドは、声に混じる苛立ちに哄笑したい気分になりながら、自分にまだ感情が残っていることを安堵した。術式転写機構への人格の移植は、感情が消失する危険性を孕んでいた。なにせ、初の人体実験が自分であり、成功するかどうかも不明だったのだ。研究に研究を重ね、確実に成功すると踏んだからこそ、実行に踏み切ったのだが、人格の移植に成功こそすれ、感情が失われる可能性は残り続けていた。

 感情が失われることだけが、恐怖だった。

 人間を辞めることも、魔晶人形に生まれ変わることも、なんら恐ろしくなかった。

 エベルへの怒りが失われること、それだけが恐ろしかった。

 顔を上げれば、エベルが最終調整室の中心部に降り立つところだった。彼はもはやミドガルドの姿をしてはいない。ルベレスの顔、体で、背に炎の輪を背負っていた。黒い炎の輪は、彼の異名を想起させる。黒き太陽神――。

「君のすべてを破壊してきた。君が作り出した分身、そのすべてをだ」

「それはまた御苦労なことだ。大変だっただろう。全部で千二百体だったか」

「千百九十九体。君で最後だ」

「合っている」

 告げると、エベルの眉根がわずかに動いた。若い頃から然程変わらない秀麗な容貌は、いまや神々しい光を帯び、両目は金色に輝いている。神そのものとしかいいようのない姿だ。

「しかし、こんなところでなにをしているのかと想えば、ウルクの修復とは……君がなにを考えているのか、さっぱりわからんな」

 その言葉には、これから破壊するのだから、という意味が込められているのは間違いなかった。もちろん、千二百体目のミドガルドと、ウルクの躯体をだ。完全に、徹底的に破壊することで、憂いを断つとでもいうのだろう。その気持ちは、わからないではない。

「修復? 違うな。これはただの調査だ。彼女がこれまでどのような戦いを経験し、どのように躯体を駆使してきたのか。そしてそれら情報の数々はつぎの躯体に生かされる」

「つぎなどないよ」

「あるさ」

 ミドガルドは、表情筋の存在しない顔で笑って見せた。つぎの瞬間、エベルがこちらに向かって右腕を掲げ、光が溢れた。エベルの足下、最終調整器を覆う円盤状の蓋が内側から膨張する光によって引き裂かれ、直上のエベルを吹き飛ばしたのだ。

 莫大な光が奔流となって調整室の天井をぶち破り、エベルもろとも地上へ昇っていく。

 ミドガルドは、産声を聞いた。

 対黒陽神決戦装備・窮虚躯体、その全霊の咆哮を。


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