第二千九百三十六話 魔晶の響宴(十)
分霊は、全部で六体いた。
量産型魔晶人形が四体に魔晶兵器が二体だ。
いずれも、分霊であることが明らかになると、見た目にも変化が生まれていた。まず、神属の特徴ともいえる金色の目。それまで魔晶石の輝きを湛えていた人形たちの両目や、魔晶兵器の目が金色の光を帯びた。つぎに背後に光輪が浮かんだ。大砲蟹や四脚兵器の場合は、頭上に浮かび、まるで天使の輪のようだ。
そもそも光輪自体が天使の輪と同じ意味合いを持つものなのだろうが。
さらに変化は起きている。魔晶人形たちの灰色の頭髪がそれぞれ異なる色彩を帯びて輝きだしたのだ。青白く燃える炎のように変色したものもいれば、魔人を想起させるような紅い髪に変わったものもいる。青、赤、緑、黄――多様な色彩は、それぞれの分霊が司る力を意味しているのか、どうか。魔晶兵器の外見は変わらなかったが、装甲表面に神秘的な紋様が浮かび上がっていた。そして、大砲蟹の砲門ではなく、光の輪が光線を放つ。
セツナは、咄嗟に召喚の呪文を唱えながら、エルを抱え、飛び退った。光線が床一面を切り裂くと、その断面から爆発が沸き起こる。爆風と熱に吹き飛ばされるようにしながらも、召喚には成功する。ロッドオブエンヴィーを左手に持ち、右手に黒き矛を握る。アックスオブアンビションは、翅に持たせた。未だ、中空。殺気に振り向けば、青い髪の人形がこちらを見下ろし、両腕を伸ばしてきていた。まるでセツナを抱き抱えようとでもいわんばかりの姿勢。だが、実際には攻撃のための準備段階に過ぎない。波光ではなく、神威の光が魔晶人形の前面に収束し、瞬いた。瞬間的に光が虚空を貫き、床に突き刺さって大爆発を引き起こす。爆発に次ぐ爆発がベルトコンベヤーの広間にさらなる破壊を撒き散らしていく。
セツナは、その爆圧の中で辛くも耐えられたことに安堵した。そのまま攻勢には出ず、さらに呪文を口走りながら、分霊たちの猛攻を凌ぐべく、飛ぶ。逃げの一手だ。敵がエベルの分霊で、それも六体が同時に相手となれば、こちらもそれなりの装備を整えなければならない。エベルの分霊なのだ。ナリアの分霊と同等の力を持っていると考えてよく、それが六体同時に襲いかかってきている。
間断なく押し寄せる攻撃の嵐を捌ききることは不可能だったし、避けきることもできなかった。苛烈なる物量戦の前には、セツナも防御を強固にし、耐える以外に方法がなかった。だが、メイルオブドーターの防御障壁も絶対無敵の盾ではないのだ。いつまでも耐えられるものではなく、ついに翅の障壁が突き破られたのは、分霊たちの攻撃が一点に集中したからだった。障壁を破壊した一撃はなんとか飛び退いてかわしたものの、危うく焼き尽くされるところだった。
「いくらなんでも数が多いっ」
これがただの使徒程度ならばこうはならなかっただろうが、そんなことをいったところでどうしようもないのも事実だ。防御障壁を再構築するには、多少の時間が必要だ。なにせ、メイルオブドーターの翅を破壊されたも同然なのだ。そしてその時間は、致命的な隙になる。六柱の分霊がその隙を見逃すはずもない。六つの光輪が爆煙の中を超高速で迫ってくる。その際、セツナが牽制に放った“破壊光線”は、しかし、爆煙を吹き飛ばしただけで空振りに終わった。爆音を背後に四体の人形が眼前に現れる。
分霊それぞれが異なる手段でセツナに同時攻撃を仕掛けようとしたその瞬間だった。
四体の人形が、ほとんど同時に異様な音を発しながら、あらぬ方向に吹き飛んでいったのだ。
セツナには、なにが起こったのか、まったく理解できなかった。まるで見えない巨人の手に掴まれ、無造作に投げ捨てられたような、そんな印象を受ける。そしてそれはあながち間違っていなかったのかもしれない。
「苦労をしているようですな」
「魔王の杖も、噂ほどではないということか」
「はっ、冗談――って!?」
売り言葉に買い言葉で反応したセツナだったが、その声が分霊たちのものではなく、聞き覚えのあるものだったからだ。窮地と戦闘と召喚武装の同時併用で何十倍にも活発化したセツナの頭脳が高速回転し、記憶の奥底に眠る人物の名を引きずり出していく。
「な、なんで!?」
声がした方向を振り向けば、確かに彼らはいた。ベノアガルド神卓騎士団十三騎士の一、カーライン・ザン=ローディスと、同じくドレイク・ザン=エーテリア。いつか見た、神卓騎士の戦闘装備の格好で、平然と立っていた。
死んだはずの人間が、だ。
「なんであんたたちがここにいるんだよ!?」
セツナは素っ頓狂な声になるのを自覚しながら、彼らから目を離せなかった。戦場だということはわかっているし、目を離さずにいるべきは彼らではなく、分霊であることもわかっている。おそらくふたりに吹き飛ばされたのだろう分霊たちは既に体勢を整えていたし、兵器型の分霊たちによる砲撃が始まってもいた。もっとも、それら砲撃は、セツナが再度展開した防御障壁を貫くには火力が足りず、故にこそセツナはふたりに注視することができているのだが。
「以前、ラムレシア様が貴殿を助けた際、協力者がいたことをお忘れかな?」
カーラインは、穏やかな口調でいった。その表情、口振りからして、彼らが偽物であり、セツナを謀ろうとしているようには思えなかった。なにより、カーラインのいうように、以前、セツナをネア・ガンディアの旗艦から脱出させるべく、ラムレシアが協力してくれた際、フェイルリングが助力してくれたという事実があるのだ。ネア・ガンディアを相手に大立ち回りを演じるワールドガーディアンの勇姿をその目に焼き付けてもいる。
フェイルリングが生きていたらしいことは、間違いないのだ。フェイルリングとともに消息を絶ったカーラインたちが生きていたとして、なんの不思議があるのか。
「それは……でも!?」
「混乱するのも無理はない。さすればいまは目の前の敵を排除することに専念するべきだ」
「え、ああ、はい、そのとおりですけど」
「ははは、確かに」
カーラインの朗らかな笑い声を聞きながら敵に向き直れば、分霊たちがしびれを切らしたように攻勢に出てきていた。防御障壁に亀裂が入り始めるくらいだ。このままでは、戦況は悪化するのみだ。が、不安はなかった。強力極まりない味方がふたりも増えた。その事実がセツナを興奮させていた。
「しかし、説明のひとつもしておいたほうがよろしいでしょう」
「神聖なる戦いに説明など」
「これだから戦闘狂は困る。わたしがこちらに回された理由もわかるというものですな」
「ふん」
「まあ、卿には暴れ回ってもらったほうが楽なのは確かですが」
「そうさせてもらおう。示せ、ディヴァインドレッド!」
いうが早いか、ドレイクが吼えた。その猛々しい咆哮がなにを意味するのか、知らないセツナではなかった。十三騎士が救世神ミヴューラから与えられた力の解放。真躯の顕現。ドレイクの全身がまばゆい光に包まれたかと思うと、爆発的に拡散していく。分霊たちすらも吹き飛ばしかねないほどの光の奔流の中、それは姿を現す。
真躯ディヴァインドレッドの猛々しくも輝かしい巨躯は、魔晶兵器をも容易く上回る。しかしながら、その巨躯は、かつてベノアで見たときよりも控えめであり、戦場の広さに合わせていることは明白だった。だからといって力が弱くなっているということはなく、むしろ、以前にも増して強化されているということは、彼が分霊を相手に戦えていることからも明らかだ。
ディヴァインドレッドの拳が分霊の一体を殴り飛ばすのを見て、呆然とする。
「えーと……」
「御存知の通り、わたしはカーライン・ザン=ローディス。あちらはドレイク・ザン=エーテリア。団長命令により、助太刀に参った次第」
「助太刀……団長命令……ってことは、フェイルリングさんもここに?」
「ええ。団長閣下およびアームフォート卿、クローナ卿は、ラグナシア様の救援に向かわれました」
「でも、なんで……?」
「確かに疑問ですな。人間である貴殿より、なぜ、竜王であらせられるラグナシア様にこそ、閣下みずから赴かれたのか。これについては私見なのですが、おそらくは、懺悔ではないかと」
「懺悔……」
「かつて、閣下は、貴殿と敵対し、貴殿とラグナシア様をも滅ぼそうとした。それがこの世界にとっての正義であり、救世のために必要な行いであると信じて。しかし、貴殿とラグナシア様こそ、この世を真に救うために必要不可欠な存在だということを思い知り、そのことを閣下御自ら懺悔したがっているのではないか、と。私見ですがね」
カーラインの話を聞き終え、いろいろ想うこともあったセツナだったが、彼に聞きたいことは、そういうことではなかった。
「あ、いや、そういうことじゃなくて」
「はい?」
「あなたたちは、死んだんじゃなかったんですか……?」
セツナは、分霊の攻撃をいなしながら、以前からずっと抱いていた疑問をぶつけた。
カーラインたちだけではない。フェイルリングが生きていたことすら、未だ、納得のいく答えは見つかっていないのだ。
いずれ本人に会ったときに聞けるだろう、と、そう言い聞かせていまに至っている。
その機会がこんなところで訪れるとは、さすがのセツナも想像だにしていなかったことだが。