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第二千九百三十五話 魔晶の響宴(九)

 城塞内の状況がまったく掴めないというのは、当然、想定外のことだった。

 腕輪型通信器トールモルンは、セツナだけでなく、イルとエルにも身につけさせてある。通信器は、彼女と装着者が連絡を取るだけでなく、彼女が装着者の現在地を把握する上でも大いに役立つからだ。通信器が常に発する信号が、ウルクナクト号が捕捉し、マユリに伝えてくれる。たとえ城塞内部が迷宮のような構造になっていたとしても、通信器の信号さえ把握しておけば、セツナたちを迎えに行くことは造作もない。

 そう、考えていた。

 それにそもそもこの城塞は、ウルクたちの創造主であるところのミドガルド=ウェハラムが研究施設であり、広大な敷地である以上、面会や話し合いに時間がかかることがあったとしても、なんの問題もないはずだった。事実、城塞の魔晶人形たちは、セツナたちを攻撃するではなく出迎え、奥へと案内したのだ。

 マユリはその様子を機関室から見届け、故に安心しきってしまったというのもあるだろう。ミドガルドがウルクの到着を待ちわびているに違いないと考えるのは、無理のない話だろう。

 だが、実際にはそうではなかった。

 セツナたちが城塞内の遙か地下へと移動するところまでは、ウルクナクト号でも確認できている。三つの通信器の信号が、セツナたちの所在地を映写光幕に映し出していたからだ。

 それが突如として途切れた。

 三つの信号が同時に消えたのだ。通信器の故障とは考えにくかったし、なにより、通信器の整備を怠るマユリではないのだ。そもそも簡単に故障するような代物でもない。

 セツナたちの身になにかがあった、ということでもない。

 いや、確かにそうなのだろうが、信号が途切れた原因とは直接関係はない。信号が途切れたのは、セツナたちの身に起きた出来事ではなく、城塞そのものに起きた異変が原因だろう。

 城塞全体が突如として強烈な神威の結界に包み込まれたのだ。それはとてつもなく強力な力を持った神属が作り上げた防御障壁であり、ウルクナクト号とマユリの力を以てしても突破は不可能だった。

 しかも、そうするうちに城塞の城壁に備え付けられた多数の火砲が火を噴き、ウルクナクト号への攻撃を開始したものだから、マユリは、ウルクナクト号とともに退避せざるを得なくなった。

 セツナたちの身になにかが起きていることは間違いない。

 それも、ミドガルド=ウェハラムの罠ではなく、別のなにものか――強大な力を持った神の策謀以外のなにものでもない。

「エベルめ……」

 マユリは、映写光幕に映る上空から見下ろした城塞の様子を睨み据え、吐き捨てるようにつぶやいた。

 神々の中でも大なるものといえば、もはやエベルをおいてほかにはいまい。聖皇以外のなにものかが、マユリやハサカラウのような異界の神を召喚したという事実があるのであれば話は別だが、現状、そんなことはあり得ないと断言できる。

 召喚魔法が人間には扱いきれない技術だからこそ、アズマリアは武装召喚術を編み出したのだ。そもそも、アズマリア以外には、その知識すら残されていなかったのだから、なにものかが召喚魔法を用い、新たな神を呼び出しているというのは考えられない。

 であれば、エベルをおいてほかにはいまい。

 ナリアが大いなる女神ならば、エベルは大いなる男神だという。

 その力はナリアと同列であり、いまのセツナたちに敵う相手ではない。エベルではなく、ナリアが相手であっても同じだ。あのとき、帝国の地でナリアに打ち勝てたのは、様々な条件が重なり、勝機を掴むことができたからだ。奇跡的な勝利といってもいい。

 いま、この状況下で奇跡を願うことほど愚かなこともない。

 マユリは、現状ではセツナたちの無事を祈ることしかできないという現実に臍を噬む想いだった。

 セツナたちに加護を与えることすらできないのだ。

 これでは、同行した意味がないのではないか。

 せめて、城塞の外、結界の外までセツナたちが脱出してくれれば、手の施しようもあるのだが。

 現状は、彼らを信じて待つしかなかった。

 

「こやつら……」

 ラグナは、イルを抱き抱えるようにしたまま、目を細めた。

 大量に存在する敵の大半は黙殺し、進路を塞ぐ邪魔な魔晶兵器だけを撃破して突き進み、辿り着いたのは、いままでに比べて極めて広い空間だった。壁や天井に設置された魔晶兵器群に加え、空間内を所狭しと並ぶ魔晶人形たち、魔晶兵器の数々は、ラグナたちの到着を待ち受けていたといわんばかりの歓迎ぶりであり、ラグナは、その空間に飛び込んだ瞬間に笑みを浮かべたものだった。

 どれだけ歓迎されようが、いまのラグナの敵ではないのだ。

 三界の竜王の一翼にして、緑衣の女皇ラグナシア=エルム・ドラース、その最盛期に等しい力は、量産型魔晶人形や魔晶兵器群でどうにかできるものではない。

 故にラグナは、イルを抱えたままでありながら一方的な戦闘を繰り広げた。燃え盛る流星の如く飛び回り、室内各所に取り付けられた兵器群を薙ぎ払えば、波光砲による集中砲火を跳ね返し、爆撃を浴びせる。魔晶兵器を持ち上げて盾とし、そのまま投げつけて多数の魔晶人形ごと爆散させる。咆哮でもって大爆発を引き起こして壁や天井に大穴を開ける。やりたい放題に戦ったのも、溜まりに溜まった不満のはけ口を戦闘に求めたからだ。

 セツナと離れ離れになって戦い続けることの虚しさたるや、彼女以外のだれにもわかるまい。

 ラグナは、もはや工場がどうなろうと知ったことではなかったし、お行儀良く戦っていられる状況でもないことを悟っていた。

 というのも、その戦闘の最中、ラグナの大魔法をさえも耐え凌ぐ魔晶人形が何体もいたからだ。魔晶人形が頑強な躯体を誇ることは、ウルクの例を挙げずともわかりきったことだし、魔法にもある程度の耐性を見せているのも事実として知っている。極端に威力の低い魔法では破壊できなかったのだ。だが、魔晶人形たちとの連戦の中で、魔晶人形、魔晶兵器の装甲を打ち破るにたる火力の目処はついていた。その適正火力の魔法を耐え抜いただけでなく、それ以上の魔法攻撃を叩き込んでもびくともしない魔晶人形たちの存在は、昂ぶりの中にいたラグナに冷や水を浴びせたようなものだった。

「分霊じゃな」

 爆煙渦巻く広間に降り立ち、イルを降ろす。イルは、なにかを悟ったようにラグナの背後に隠れるようにした。イルはただの量産型魔晶人形だ。ラグナが魔法によって加護してやらなければ、分霊どころか、魔晶兵器群との戦闘ですら撃破されかねない。

「然様。我らは分霊」

 前方中空に浮かぶ魔晶人形の一体が、言葉を発した。それが量産型魔晶人形にあるまじきことだということは、ラグナとて知っている。言葉を発することのできる魔晶人形はウルクだけなのだ。それなのに目の前の人形は平然と言葉を発している。躯体の中になにものかが入り込んでいるからだ。

「黒き太陽エベルが分霊にして、汝を焼き尽くすもの」

「焼き尽くす? わしをか」

 ラグナは、分霊たちの背後に光輪が出現するのを認めた。人形たちの双眸が金色に輝き、神威が発散する。全部で六体の分霊たち。そのいずれもが神に並ぶ力を持っている。

「笑わせおる」

 彼女は鼻で笑ったが、笑っていられるような状況ではないことくらい理解していた。

 そしてそれはきっと、セツナも同じだ。

 だからこそ、ラグナは、拳を握り、力を込めた。

 一刻も早く撃滅し、セツナと合流しなければならない。


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