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第二千九百三十二話 魔晶の響宴(六)

 セツナがエルともども辿り着いたのは、やはり製造工場を連想させるような場所だった。恐ろしく広く、天井も高いが、その天井も壁も床も特殊合金製の板が張り巡らされており、魔晶人形や魔晶兵器が制御不能に陥って暴れ回るようなことがあったとしても、工場としての機能が損なわれないように配慮されているようだった。

(というよりは、俺を殺すためかな)

 エベル――とセツナは断定している――が、魔王の杖の護持者たるセツナを殺害するためにすべてを仕組んだのだとすれば、城塞そのものがセツナを抹殺するための兵器庫と化していてもおかしくはない。現に、ここに至るまで、各所に設置された兵器や配備された人形たちは、セツナを殺すためにこそ行動しており、すべてがセツナへの殺意に満ち溢れていた。

 この複雑に組まれた鉄骨の数々や、床の上に設置された長大な機構の数々もそうに違いない。この城塞は、エベルにとっても邪魔者以外のなにものでもない黒き矛による干渉を断絶するための、セツナ殺戮機構といっていいのだろう。

 と、そこまで考えて、セツナは、床に横たわる長大な機械に意識を向けた。それはこの広い空間の床に等間隔に設置されていて、部屋の端から端まで長々と横たわっている。高さはセツナの腰ほどだが、横幅は広く、人間の大人が五人は並ぶことができるのではないだろうか。特殊な金属製だが、床や壁とはまた異なる材質のように見える。

 それがどういった機械なのか想像もつかない――。

(いや……これは……)

 セツナは、それら長大な機構をじっくりと眺め、その端が壁にめり込んでいるように見えることに着目した。そして、実際に機構が壁の中に入り込んでいる事実を認めると、壁がただの壁ではないことに気づく。

 途端に駆動音がした。

「なんだ!?」

 間近で聞こえた異様な音に思わず反応すれば、床の上に横たわる長大な橋のような機構、その上部分が、右から左に向かって流れるようにして動き出していた。ベルトコンベヤーを連想させる機構の起動がセツナに胸騒ぎを覚えさせる。

 見れば、すべてのベルトコンベヤーが稼働状態にあり、右から左に流れるものもあれば、左から右に流れるものもあった。

 そして、つぎの瞬間、セツナの胸騒ぎが的中する。

 ベルトコンベヤー上部の壁が横滑りするようにして開いたかと思えば、その向こう側から魔晶人形や魔晶兵器がつぎつぎと運ばれくる様が見えたのだ。ベルトコンベヤーの数は、数えただけで二十以上はあり、そのすべてが起動し、そのすべての扉が開いていた。二十以上のベルトコンベヤーすべてが大量の魔晶兵器や魔晶人形をこの広大な空間に運んでくるに違いない。

 セツナは、最悪の場所に足を踏み入れてしまったということだ。

「嫌な予感ばかり当たりやがって!」

 吐き捨てるなり、矛を掲げる。手前の機構、その右端の壁際に向かって“破壊光線”を撃ち放ったのだ。膨大な破壊の力が光の奔流となって突き進み、いまにも人形たちが姿を見せようとする連絡路に直撃、大爆発とともにベルトコンベヤーもろとも吹き飛ばす。轟音と爆風渦巻く中、セツナは立て続けに三発、“破壊光線”を発射し、三列目、五列目、七列目という奇数列のベルトコンベヤーの連絡路を粉砕し、強引に機能停止に追い込んだ。

 偶数列のベルコンベヤーは手つかずだったし、なにより、その程度では焼け石に水にしかならない。

 既に、大量の魔晶兵器、魔晶人形がこの空間内に流れ着き、つぎつぎと戦闘準備に入っていた。何百体もの量産型魔晶人形に多種多様な魔晶兵器の数々。

(なるほどな)

 セツナは、それらの様子を見て、ひとつ理解した。

 この部屋のベルトコンベヤーは奇数列が魔晶人形を、偶数列が魔晶兵器を運んできているということだ。だからどう、ということはないし、それがわかったところでなんの慰めにもならないのだから虚しさもひとしおだった。

 量産型魔晶人形とはいえ、数が膨大となれば脅威になるのは当然だ。魔晶兵器の数も尋常ではない。大砲蟹に砲台亀(と、セツナは呼んでいる)、二足装甲、四ツ脚など、様々な種類の魔晶兵器が一堂に会していた。人間ひとりを抹殺するには過剰火力といわざるを得ない。

 それらが一斉に砲撃を行ったものだから、セツナの視界は純白に塗り潰された。爆圧がメイルオブドーターの翅の障壁越しに伝わってくるかのようだったし、熱も感じた。施設はおろか味方への被害など一切考慮しない最大火力による一斉砲撃なのだ。その威力たるや物凄まじいものがあるだろうし、常人ならば、骨も残らず蒸発していることだろう。

 セツナは、辛くもエルを庇えたことにほっとしながらも、これでは火力に押し切られる未来が見えた。いくら黒き矛が強かろうと、メイルオブドーターの防御が強固であろうと、エルを護りながらでは奔放には戦えないのだ。

「こうなったら仕方がねえ……武装召喚!」

 セツナは呪文を唱え、さらなる召喚を行った。そして、左手に矛を持ち、エルを左腕と腰の間で抱えるようにして、飛び上がる。再び砲撃の嵐が吹き荒び、爆圧がセツナたちを押し上げる。その光の嵐の中、召喚の光もまた、拡散し、セツナの右手の内に収斂した。光の中から具現したのは、紫黒の大斧。アックスオブアンビションがこの大量殲滅戦に相応しいと判断したのだが、通用するかどうかは、やってみなければわからない。手にした瞬間に感じるのは、怒りの力だ。アックスオブアンビションが司る憤怒。彼の怒りがどんな由来なのかは皆目見当もつかないが、セツナは、自身の怒りと同調させることでその力を引き出そうとした。

 一斉砲撃の第三波が中空のセツナに向かって放たれた瞬間を見計らって、セツナは、直下に降り立った。無数の波光砲が部屋の天井や壁を徹底的に破壊する中、頭上高く掲げた大斧を融解した床に叩きつける。紫黒の斧刃が床に触れた瞬間、物体を伝播する破壊の力が発散した。それはただ無差別に破壊するだけの力ではない。対象を選別し、適合した対象のみを破壊する能力。伝達速度こそ威力に依存するものの、魔晶人形、魔晶兵器群を沈黙させる程度の威力ならば、ものの数十秒で部屋全体に行き渡るだろう。

 まず最初に二列目の魔晶兵器群に異変が起きた。ほぼ同時にすべての魔晶兵器の装甲が大きく陥没すると、波光砲がひしゃげ、使い物にならなくなった。直後に爆発が起こる。一斉砲撃が自爆を誘発したのだ。それも一体や二体ではない。何体もの魔晶兵器、魔晶人形が同様の方法で自爆し、機能不全に陥った。

 その間にも、アックスオブアンビションの破壊の伝播は続く。三列目の魔晶人形たちは、つぎつぎとベルトコンベヤーから吹き飛ばされた上で躯体を損傷し、一斉砲撃と同時に自爆するものも少なくなかった。同様の現象がつぎつぎと、連続的に起こった。まるで波紋のようだった。

 一方的かつ圧倒的な勝利といっていい。

 しかし、セツナは、一切気を緩めることがなかった。

 なぜならば、アックスオブアンビションによる破壊の伝播を受けてなお、無傷の魔晶人形や魔晶兵器が散見されたからだ。

(あれは……)

 何百体もの魔晶人形、魔晶兵器が機能不全に陥ったにも関わらず、まったくの無傷でこちらを見据え、砲口を向けてくる数体の人形と兵器。確かに威力は抑えめではあったものの、伝達した破壊の力を防ぐことは、少なくとも魔晶人形や魔晶兵器には不可能なはずだ。

 神人や神獣ならば、“核”さえ破壊されなければ復元も可能だが、魔晶人形たちはそうではない。故に神人などよりも戦いやすくはあるのだ。損傷させれば、自分たちの力では修復不可能であり、機能不全に陥れば最後、戦闘不能となる。

 セツナがアックスオブアンビションを召喚したのは、それが狙いだったのだが。

 無傷の魔晶人形たちが不意に浮かび上がったかと思うと、背後に光の輪を浮かべた瞬間、セツナはそれがなんであるかはっきりと理解した。

 分霊だ。

 エベルの分霊たち。


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