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第二千九百二十七話 魔晶の響宴(一)

 それを研究所と呼ぶのは、いささか無理があった。

 威圧的な外観を誇る堅牢な城塞と呼ぶほうが無難だったし、だれであれ、初めて見たものはその建造物を研究所と認識することなどできないだろう。幾重にも敷地を囲う分厚い城壁とその外周を巡る堀は、外敵の侵入を阻むためのものであり、その城壁上部には銃砲火器が取り付けられていた。門は固く閉ざされており、その門前には門番たる魔晶人形たちが待ち受けている。

 上空から見下ろした限りでは、城壁だけが厳つく、威圧的なわけではなかった。内部の建物群も城塞そのものといってよく、研究所とはとてもいえない作りになっていた。

 いずれも量産型魔晶人形だが、イルやエルと異なるのはその出で立ちだろう。門番たちは、重武装であり、外敵が押し寄せてきたとしても容易く撃退できるのだろうと思えた。魔晶人形は、躯体そのものが強固な装甲といってもいいのだが、門番の魔晶人形たちは躯体の上に専用の鎧を纏っており、機関銃染みた銃器を手にしていた。内蔵兵装である波光砲よりも、外付けの武器を用いるほうが消耗しないからだろう。

「どう見ても城塞だが……ここ、なんだよな?」

 とは、問うたものの、セツナも確信してはいた。なにせ、量産型魔晶人形たちが門番を務め、城壁上を巡回しているのだ。それらは皆、生きている。動いているのだ。イルやエルは、リョハンに辿り着く前にその力を使い切ってしまい、機能停止状態に陥っていた。つまり、いま目の前で動き回っている魔晶人形たちは、定期的に心核の交換が行われているということにほかならない。

「はい、セツナ。ここがイルたちから託された場所です。間違いありません」

 ウルクが確信をもって、告げてくる。

「この中で、ミドガルドが待っているはずです」

「なにやら剣呑な様子じゃが……通してくれるのかのう」

『内部には大量の波光反応がある。おそらく魔晶人形以外にも動いているものがあるのだろうな』

 腕輪型通信器からは、ウルクナクト号に残ったマユリ神からの情報が入ってくる。マユリ神が船に残ったのは、船を放置しておくわけにはいかないからだ。もし万が一、セツナたちの身に危険が及べば、いつでも対応できるのだから、なんの問題もない。なにせ、マユリ神は、神様なのだ。空間転移くらい、容易く行える。

 そういう意味ではなんの心配もしていなかった。

 先頭を行くウルクに従うのは、セツナとその頭の上のラグナ、それにイルとエルだ。

 ウルクは、無造作に門前へと足を向けた。

 そのとき、城壁上に取り付けられた砲台が魔晶人形によって動かされ、砲口をウルクに定めたが、即材に火を噴くというようなことはなかった。どうやら、城塞に接近したものがなにものなのかを確認してから攻撃するように命令されているらしい。魔晶人形は、命令を遵守する。

 ウルクが門に近づくと、門番たちが機関銃を構えた。六体の魔晶人形。いずれも量産型であり、つまるところ、ウルクよりもイルやエルにそっくりだ。そのうちの一体が銃口を下げ、ウルクに歩み寄ったかと思うと、彼女に向かって手を掲げた。ウルクがそれに応える。手を重ね合わせた二体の魔晶人形が、波光の輝きに包まれていく。

「なにをしておるのかのう?」

「さてな。情報交換かなんかじゃね」

「わしらも情報交換するか」

「なんの意味があるんだよ」

 ラグナの意味のわからない冗談を軽く切り捨てて、セツナは、ウルクと門番の身を包んでいた光が弱まっていくのを見ていた。やがて魔晶石の光が消えて失せると、門番はウルクから手を離し、こくりとうなずいた。情報交換(?)によって、なにかを納得したらしい。

「やはり、ミドガルドはこの中にいるようです」

「わかったのか」

「はい。案内してくれると」

「そいつはありがたい」

 城塞は、上空から見渡した限りでは迷宮のように入り組んでいるようだった。もし、案内もなく、セツナたちだけでミドガルドの居場所を探し出さなければならないという話であれば、日が暮れたに違いなかった。

『罠かもしれん。気をつけたまえ』

「わかっておるわ」

 ラグナがセツナの頭の上で身動ぎした。先程まで安逸を貪るように寝そべっていた彼女だが、門が開くに合わせるようにして体勢を変えたのだ。

 案内役の魔晶人形が門番たちを押し退けるようにして門を開くと、こちらを一瞥した。

 ついてこい、というのだろう。

 ウルクが先頭を進み、ついでセツナがその後に続く。殿はイルとエルだ。そうすることで生身のセツナを護るという布陣を作ったのだ。頭上からの奇襲があったとしても、ラグナが対応してくれるだろう。セツナは、なにを心配する必要もなかった。

 門を潜り抜けると、堀があり、さらに城壁が聳えている。堀と城壁は幾重にも張り巡らされており、また、各城壁には砲台が取り付けられていた。魔晶人形たちも待機しており、もし万が一城壁が突破されるようなことがあっても、各城壁で激戦が繰り広げられること間違いなく、城塞内部に到達するにはかなりの戦力を有すること疑いようがなかった。

 その厳重な警備は、四重の城壁を通り抜けた先でも同様に待ち受けていた。城塞そのものが兵器庫と化しているといっても過言ではない。

 四重の城壁に囲われた敷地は広大なのだが、どうにも息苦しく感じるのは、並び立つ建造物の数々が巨大であり、威圧感があるからだろうし、それら建造物や敷地内の各所に砲台が取り付けられ、量産型魔晶人形が大量に待機しているからだろう。さらに魔晶人形以外の魔晶兵器の数々も、敷地内の各所に備え付けられている。いずれも最終戦争に投入された兵器を改良、発展させたものばかりだ。

 人気は、ない。

 魔晶人形と魔晶兵器ばかりが敷地内に存在していて、金属のにおいと魔晶石の光が充満していた。

「ひとが見当たらないな」

『外部に生命反応はない。いるとすれば建物内部だが……』

 マユリ神は、つい先程のこと、城塞内部の様子を探ろうとしたが、神の力を以てしても不可能だった。様々な種類の波光が乱れ飛んでおり、情報を把握することが困難なのだという。もし建物内に足を踏み入れれば、セツナたちの状況すら正確に把握できなくなる可能性がある。

『もしなにかあれば、すぐさま報せるのだぞ』

「ええ、もちろん」

 案内役は、度々立ち止まってはウルクがついてくるのを確認した。

 広い敷地内。各所で待機する量産型魔晶人形たちが淡く輝く目で、セツナたちを監視している。各所の砲台も、砲口をこちらに向けており、セツナたちが不審な動きを見せれば、瞬時に火を噴くに違いなかった。もちろんそんなことはありえないとはいえ、緊張感がセツナを包み込んでいた。

 魔晶人形に導かれるまま、建物群の前や横を通り抜けていく。

 やがて、宮殿の如き堅牢な建物の前に辿り着いた。その建物は、ほかのどの建物よりも厳重に護りを固められており、重武装の魔晶人形たちや魔晶兵器が取り囲んでいた。屋根に取り付けられた砲台の数は、ほかの建物の比ではない。

「最重要施設ってところか」

「そのようじゃな」

 案内役は、セツナたちの話など聞いておらず、ただまっすぐに建物の中へと歩を進めていく。

 セツナたちは、その後ろをついていくだけでよかった。

 最重要施設と思しき建物を護っていた魔晶人形たちも、案内役の道を塞ぐということはなく、海が割れるようにして道が開けていった。

 金属製の扉は、魔晶人形が触れることで自動的に左右に移動し、開いた。自動扉なのだろう。原理は不明だが、魔晶兵器や魔晶人形を開発する技術力からすれば、容易いものかもしれない。

 自動扉の奥は、沈黙の闇に包まれていた。



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