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第二千九百二十六話 聖王国へ(四)

 便宜上、イードロー島と名付けた大きな島の上空に差し掛かっても、聖王国――引いては皇神エベルの手のものと思われる軍勢からの攻撃はなかった。

 イードロー島の形状は、上空から見れば、カモノハシの横顔のように見えなくもない。やや丸みを帯びた西側から東側に向かって細く伸びている、そんな形状なのだ。そして、カモノハシの嘴に当たる東側、その尖端には、かつて王都ディライアが位置していたということがウルクの情報からわかっている。

 王都ディライアは、“大破壊”の直撃を受けている。というのも、四つに割かれた聖王国領の破壊の中心が王都ディライアなのだ。王都ディライアは、四つに割かれただけでなく、“大破壊”の膨大な力の直撃を受けたがために跡形もなく消し飛んだようだった。

 そのことは、上空からイードロー島を見下ろした際にはっきりとわかった。

 イードロー島の東端には、都市の名残さえなかったのだ。

 “大破壊”の力に削り取られ、ただの岸辺と成り果てている。

 島は大海に囲まれているものの、すぐ南には、南ディール大陸とでも呼ぶべき大地が横たわっている。西にもうひとつの大島があり、遠く北西に北ディール大陸が位置している。北東にも大きめの島があり、そこにもかつての聖王国領が入っていることは知っておいてもいいだろう。もし皇神エベルが聖王国の旧領を取り戻そうというのであれば、その島も制圧対象に入るはずだ。


 さて、イードロー島だが、島内全体がイードローと呼ばれる地域ではない。先もいったように東端は王都ディライアがあったはずの場所であり、王都ディライアからイードローは決して近い場所ではなかった。イードローが辺境の地と呼ばれた理由は、ひとの手の入らない難所であり、独自の生態系が築き上げられていたことによるものであり、王都から限りなく離れているからではなかったが、だからといって至近距離でもないのだ。

 イードロー島の南西、カモノハシの横顔として見るならば、喉の辺りを指してイードローと呼ぶようだ。

 マユリ神は、周囲の安全を確認すると、慎重にウルクナクト号の高度を下げることで、イードロー島を見下ろしながら飛行できるようにした。

 王都こそ“大破壊”に飲まれ消滅してはいるものの、イードロー島にはいくつもの都市が存在しており、それら都市には多くのひとびとが生活している様子が窺い知れた。“大破壊”を生き延びただけでなく、“大破壊”後の混沌とした時代をなんとか生き抜いている、そんな感じだった。少なくとも活気はない。

 活気といえば、闘都アレウテラスの場違いなまでの明るさを思い出すが、あれは闘神ラジャムの庇護の恩恵以外のなにものでもないだろう。闘神の庇護下にあるからこそ、だれもが生を享受できるのであり、生を謳歌できていたのだ。もちろん、闘士たちの頑張りも認めてあげるべきだろうが。

 つまり、イードロー島の都市には神の庇護が及んでいないと見ていいということだろうか。

 大いなる神エベルならば、この島のみならず、ふたつの大陸全土を庇護することくらい容易いはずだ。

「ってことは、エベルはいない?」

「少なくとも、この島は、エベルが庇護していないのは間違いないだろう」

「この島には……か」

「大陸の統治に忙しいのかもしれない。ナリアとて、北大陸の掌握に時間をかけただろう。“大破壊”以降の世界というのは、神々にとっても予期せぬ事態なのだ。なにもかも上手くいっていた“大破壊”以前とは違ってな」

「なるほど」

 セツナは、マユリ神の説明を受けながら、映写光幕に映し出された地上の様子を眺めていた。かつての聖王国領の広大な土地、そのほんのわずかばかりがイードロー島として切り出され、海に浮かべられている。だからといって、島が孤立しているわけではないだろう。かつて王都が在ったのは内陸地も内陸地だが、島の西端は、大陸の西端でもあったのだ。つまり、海に面しており、港や漁村がいくつもあったという。航海技術を有するものも、少なからず存在するはずだ。

 “大破壊”を生き延びていれば、の話ではあるが。

 それら航海技術者たちが隣の島や、南の大陸と連絡を取り合っている可能性は決して低くはない。

 だから、どう、という話ではないが。

「エベルがいないならいないで助かるな」

「おまえの動向を気にしていないはずもないがな」

「じゃろうな」

「セツナは人気者ですね」

「……嫌な人気だな」

 ウルクの発言は皮肉でもなんでもないのだろうが、セツナは、彼女を一瞥した。ウルクは、映写光幕を食い入るように見つめており、聖王国領の現状を見逃すまいとしているようだった。

 大地は荒れ果て、結晶化した森や山脈、神獣が跋扈する草原などが映し出されれば、ひとびとが暮らす都市を上空から見下ろした風景が映し出されもした。そういった現状を目の当たりにするたびにセツナは決意を新たにするのだが、どれだけ決意したところで、現状を変えられるものでもないということだって理解している。

 決意し、覚悟したところで、どうなるものでもない。

 そんなことで世界が変わるのであれば、とっくに変わっている。

 世界を変えるには時間が必要だ。

 一朝一夕に変わるものではない。

 だが、聖皇は、結論を急いだ。急がなければならなかったからだ。でなければ、竜王たちによって、世界が洗い流されてしまう。故に彼女は、異世界の神々を頼った。神々を召喚し、その力を我が物とした。そして、一朝一夕に世界を変えてしまった。

 それだけならば、良かったのかもしれない。

 そのまま、聖皇が理性を失わなければ、良かったのかもしれない。

 世界は聖皇によって統治され、上手く機能したのかもしれない。

 だが、実際にはそうはならなかった。

 強引に世界を作り替えたことの影響なのか、それとも、神々の力を取り込んだことの影響なのか――おそらくは後者だろう――、聖皇は我を忘れ、狂い、暴走した。そして、かつて師と仰いだ六名に討たれ、世界を呪いながら滅び去った。

 その延長上の世界。

 聖皇は約束通り復活を果たそうとして、しかし、阻止されたがために世界は破壊され尽くした。まるで、かつて世界が聖皇によって統一される前の姿になるかのように。

 聖皇を否定するかのように。

「この辺りです。イードロー。かつて聖王国によって辺境と呼ばれ、禁断の地ともされた場所……」

 ウルクの発言によって思索を打ち切ると、セツナは、映写光幕に目を向けた。

 荒涼たる大地は相変わらずだが、山岳地帯が多く、それら山肌に無数の穴が穿たれていることがわかった。それらの穴が魔晶石採掘のための坑道であることは、穴の奥へ伸びる鉄道や穴の周囲に放置されたままの道具類、各所に築かれた基地からわかった。いまやなにもかもが放置されたままであり、人気もないということは、この一帯での採掘作業が行われていない証だろう。

 イードローにおける魔晶石の採掘は、聖王国政府主導の国家事業だった。“大破壊”によって王都ディライアが消滅したことで、採掘を続けられなくなったのだろう。安全が確保できなければ、魔晶石採掘などできはしないのだ。

「ふむ。この近くにあるのじゃな?」

「はい、先輩。魔晶技術研究所は、ここより西の地にあるはずです」

 ウルクの説明に従い、船は行く。

 採掘所群を越え、川に沿うように平地へと進んでいく。

 すると、ウルクが身を乗り出して映写光幕を覗き込んだ。

 そこには、彼女がいっていたような城塞が確かに映り込んでいた。

 鉛色の空の下、暗い大地に魔晶石の輝きに包まれた城塞は、異様な存在感を示していた。


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