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第二千九百十二話 極彩世界のルウファ(三)

 とはいえ、無数の鳥たちに追いかけられていることに違いはない。それら敵意以て迫り来る無数の鳥類から有象無象の木々や草花が盾や鎧の如くルウファの身を守ってくれているとはいえ、喜んでいられるような状況にはなかった。

 むしろ、早いところこの極彩色の楽園の地獄のような一帯から抜け出さなければならない、と、彼を駆り立てていた。

 手のひらに乗るくらいに小さな体をした鳥から、両翼を広げずとも人体より遙かに大きな猛禽まで、数多の鳥たちがルウファを敵視しているのだ。豊饒の大地に根を張る無数の木々が、その生命力を見せつけるが如く伸ばしに伸ばした数え切れない枝葉が絡まり合うことで作られる天蓋がなければ、あるいは、ルウファの身の丈を覆い隠すほどに成長した草花が地面をも色鮮やかに染め上げるほどに存在していなければ、いまごろ、自分の身は面白くないことになっていたのではないだろうか。

 そんなありえたかもしれない未来を想像して肩を竦め、どうして鳥たちが一斉に襲いかかってきたのかを考える。

 猛禽の鋭い唸りに無数の羽撃きが応じる様子を、腰の高さほどの立木の中に身を隠して窺っていると、その獰猛さと殺意の高さに辟易しなければならないほどだった。鳥たちは、明らかにルウファを敵視している。それも、撃退するというよりは、撃滅するべく動いているように見えた。おそらくは、鳥たちの王、あるいは指揮官級であろう巨鳥――怪鳥といっていいくらいだ――が指示を出しているのだろうが、その指示によって飛び回る鳥の数たるや凄まじいものだった。そして、それら鳥たちの怪鳥への忠誠心には疑いようがない。

 時折、枝葉の天蓋の隙間を縫おうとして枝葉に引っかかる小鳥さえいるくらいだ。彼らがルウファに危害を加えるべく、全身全霊を上げていることは明らかであり、その災難から逃れるためには、一刻も早くこの森から立ち去るほかない。

 この地上の楽園と呼ぶに相応しい極彩色の森は、鳥たちの楽園だったのだ。

 おそらく、だが、それ以外には考えられない。

 これまで、彼らの楽園を侵すものは何人足りとおらず、故に彼らは平穏と安寧を謳歌していたに違いない。そこには絶対的な秩序があり、幸福があったのだろう。だからこそ、この森に住む無数の鳥たちは、その王であろう怪鳥に付き従い、彼――あるいは彼女――の指示の元、ルウファの撃滅に乗り出した。この楽園のこれまでの歴史がそうであったように。

 森を侵す部外者を決して許しはしない。

 それがこの森の不文律であり、唯一無二の法だったのではないか。

 そんなことまでも妄想してしまうのは、やはり、鳥たちが一切の乱れなく、怪鳥の指示に従い、ルウファ捜索に全力を挙げているからだ。ルウファを探しだし、発見次第、攻撃するつもりなのだ。そして、その攻撃はルウファが息絶えるまで止むことはあるまい。

(なんてこったい)

 ルウファは、転移以来、不運続き、不幸続き以外のなにものでもないと想った。

 確かに森は美しく、見て回るだけで心が洗われるようだ。空気も澄み渡し、深呼吸すれば肺の中を洗浄することも可能なのではないかと想えたし、湖の水で胃の中を洗い流したいと考えるほどだ。色とりどりの花から運ばれる香りの数々も、いい。木々草花に身を潜めながら移動すると、それらの香りをより深く堪能できた。だが、どこにいっても鳥たちの警戒網であり、安全な場所などあろうはずもないのだ。たとえ木立の中であっても、安心してなどいられない。

 低空を飛翔する鳥の姿があった。

 鳥たちによるルウファ捜索は、なにも上空からだけではないのだ。

 どこからか地上付近の低空へ入り込んだ鳥たちは、森の中を飛び回り、一刻も早くルウファを探し出すべく血眼になっている。見つかれば最後、ほかの鳥たちに通達され、一斉攻撃が始まるだろう。ルウファはより一層身を低くし、移動にも細心の注意を払わなければならなくなっていた。

 鳥たちが森の侵入者を排除するべく全力を挙げているのであれば、森から脱出すればそれでいいはずだ。そうすれば、おそらくは彼らもルウファへの攻撃も諦めてくれるに違いない。

 ただし、そのためにはひとつ大きな問題があった。

 試練を受けられないかもしれない、ということだ。

 召喚武装を利用したゲートオブヴァーミリオンによる転送は、召喚武装の本来在るべき世界、その異世界における召喚武装本体の所在地付近が転送地点となる。つまり、この森の何処かにシルフィードフェザー本人がいるかもしれないのだ。そしてその可能性は極めて高い。

 ゲートオブヴァーミリオン自体が森の中にあるのだ。その周囲四方を覆う広大な樹海、それがこの楽園の如き一帯なのだ。

 つまり、ルウファがこの異世界に転移した目的を無事に果たすためには、鳥たちに見つからずシルフィードフェザーの所在地を探し当て、おそらくは彼が示すであろう試練を突破しなければならないということだ。

(やっぱり、これが試練だったりは……しないよな)

 冷静になって考えて、彼は顔をしかめた。ただでさえ数の多い鳥たちの警戒網は、時間とともに厳しく、身の丈ほどもある草花の中に隠れてやり過ごしているだけではどうにもならなそうだった。少なくとも鳥たちは、この森の異分子たるルウファを撃滅するまでは、警戒を解くつもりもなさそうなのだ。

 このままでは、鳥たちから逃げ回るだけで体力を奪われ、精神をすり減らし兼ねない。

 仕方なく、彼は口を開いた。呪文を唱え、術式を構築する。召喚するのは、シルフィードフェザーでもレイヴンズフェザーでもない。そもそも、シルフィードフェザーは召喚できない。できないからこそ、強制送還されてしまったのだ。術式による武装化が解除されてしまったのだ。

「武装召喚」

 結語ととも呪文が完成し、術式が発動する。それと同時に起こるのは、爆発的な閃光であり、その瞬間、森の暗闇が吹き飛んだ。当然、森の上空で警戒に当たっていた大半の鳥たちも、森の中の低空を飛行していた鳥たちも、異変を目の当たりにする。その光の発生源に異分子がいるものと見て、一斉に動き出す。

 ルウファの右手の中に現れたそれは、一見すると、一本の杖だった。いや、枝といったほうが近いかもしれない。それも枯れ枝であり、よく目を凝らして見なければ、その全体に施された精緻な細工に気づきもしないだろう。

 彼は、その杖を手にすると同時に肥大した感覚を頼りに森の中を駆け出すと、すぐ側まで接近してきていた小鳥たちに向かってではなく、杖で周囲の木々を叩いた。すると、つぎの瞬間、大地が鳴動したかのような音が響き、杖が触れた木々が一斉に動き出した。まるで生き物のように――植物も生きてはいるのだが――自由自在に幹を揺らし、枝を伸ばす。そして、突然の異変に動きを止めた小鳥たちを枝でもって絡め取り、身動きを取れなくした。

 彼が命名した杖の呼称は、リメイクグリーン。杖で触れた樹木に単純な命令を与えることができるその杖にこれまでまったくといっていいほど出番がなかったのは、シルフィードフェザーのほうが使い勝手がよく、また、馴染んでいたからだ。

 リメイクグリーンは、リョハンでの生活中、己の武装召喚術を見直す中で編み出した呪文であり、術式だったのだ。それは、リョハンでの生活で大いに役立った。なにせ、周辺領域調査では、森の中を調査することが少なくなかったからだ。木々に命令し、自然を傷つけることなく道を切り開くためには有用だった。

 ルウファは、リメイクグリーンの能力を散々に活用し、自分に接近する鳥たちを捕縛した。撃墜も撃退もしなかった。ただ、接近を阻むためにこそ木々を利用し、枝葉の壁を作り、木々の要塞を構築した。鳥たちは、この森で静かに暮らしたいだけなのだ。そこに異分子が紛れ込んだがための騒動だった。彼らを多少でも傷つけることは、ルウファの自尊心が許さなかった。

 というよりは、命を奪うことに対する疑問がこの頃、酷く大きくなっていたからだろう。

 そのことをセツナに話せば、彼は自分も同じだといってくれた。だから、命を奪う以外の解決方法がない限り、殺しはしたくない、というのがセツナの信条であるのだ、と。ルウファは、自分の尊敬し信頼する人物が同じような価値観の持ち主であることを喜んだものだ。

 そうするうち、ルウファは、これまでとは異なる雰囲気の場所に辿り着いていたことを知った。というのも、それまではルウファの頭上及び全周囲を飛び交っていたはずの鳥たちが、突如として待機状態に移っていったからだ。

 そこは、楽園の森の中でも特に広い空間のように想われた。色とりどりの木々が季節感など忘れるように並び立ち、極彩色の花々を咲き乱れさせている。色鮮やかで、しかし、不揃いではない。むしろ、極めて自然であり、美しく幻想的な風景だった。地面は、花で埋め尽くされている。一面の花畑だ。頭上には蒼穹が広がっている。

 そして、花畑の真ん中には、少年がひとり、立ち尽くしていた。

「皆、気が立ってるんだ。ぼくが君に奪われるんじゃないかってさ」

「シルフィードフェザー……なのか?」

「待っていたよ、ルウファ。ずっと、待っていた」

 そういって微笑む少年の笑顔には、嘘偽りのない喜びが浮かんでいた。


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