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第二千九百十話 極彩世界のルウファ(一)

 周囲四方に渡って広がる森は、極彩色そのものといっていい。

 燃え盛る炎のように真っ赤な花が咲き乱れていれば、ひたすらに鮮やかな純白が花開いている。澄み渡る空の色を際限するかのような花弁が舞い踊るようであり、それ以外にも様々な色彩を帯びた花がそれぞれに己の美しさを未設剣と咲き誇っている。多種多様な花々は、どれもこれもイルス・ヴァレには見受けられないものであり、ここが異世界であることを思い知らせるようでもあった。ただ、ルウファが感じ入るほどに美しく、眺めているだけで時間が奪われてしまいそうになる。

 幻想的な光景といえば、まさにその通りだ。

 種々の花が咲き乱れ、草が生い茂り、木々が目一杯に聳え立っている。それは“竜の庭”以上といっても過言ではないだろう。草も木も花も、ありとあらゆる植物がその生命を全身全霊で謳歌するかのようであり、まさに植物の楽園といってもよかった。

(うーん……?)

 ルウファは、ようやく鼻の中の傷口が塞がり、血が止まったことに安堵しつつも、訝しんだ。異世界転移には成功した。それは間違いない。どこからどう見てもここは異世界だったし、イルス・ヴァレではない。夢を見ているわけでもない。鼻をぶつけたときは痛かったし、血も出た。故にこれは現実としか考えられない。

 疑問に思うのは、ここが植物の楽園だということだ。

 鬱蒼と生い茂る木々はまさに生命の象徴の如くであり、咲き乱れる花々もまた、命の限り華々しくあろうとしているようだ。そういった種々の花々はひたすらにあざやかであり、見とれたくなる気持ちを抑える必要があった。まるで花々がなんらかの力を持ち、目にするものを引きつけているかのような、そんな感覚さえ抱く。

 植物の楽園。

 森林や樹海という言葉では生やさしいくらいに、植物ばかりが目についた。

 それ以外の生物がまるでいないようだった。

 だからこそ、彼は疑問を持つ。ここは異世界。されど、本当にシルフィードフェザーのいる世界なのか。シルフィードフェザーが本来在るべきはずの世界なのか。それが不安だった。もしここがシルフィードフェザーのいる世界でないのであれば、すぐにでもイルス・ヴァレに帰還し、もう一度転送してもらわなければならない。

 しかし、その疑問も、身につけていたはずのシルフィードフェザーが消失したことを考えれば、無意味なものであるという結論に行き着く。

 ルウファの意思による送還以外でシルフィードフェザーが消えたということは、その召喚が無効になった、ということにほかならない。そんなことが起こりうるのは、シルフィードフェザーの存在する世界に踏み入ったときだけだ。

 であれば、ここはシルフィードフェザーの世界であり、なんら不安に思うことなどないはずなのだが、ルウファは、植物の楽園を歩きながら懸念を覚えるのだ。シルフィードフェザーといえば、風を司り、大気を操る召喚武装だ。草木が生い茂り、花々が咲き誇る極彩色の楽園とは、なんとなく合わない気がした。その存在そのものがだ。

 道中、ゲートオブヴァーミリオンの所在地を見失わないよう、木の幹に目印をつけながら移動している。様々な種類の花が咲き乱れているとはいえ、いや、咲き乱れているからこそ、一度その場を離れれば、二度と元来た道を引き返すことなど不可能に思えた。どこを見ても似たような景色が横たわっているのだ。いまでさえ、もし、目印をつけてこなければ、もはやゲートオブヴァーミリオンに辿り着くことはできなくなっているのではないか。そんな恐れがあった。

 似たような景色が続く森の中は、ただでさえ迷いやすい。しかも、獣道のひとつも見当たらないとなれば、草花をかき分けて進むしかなく、目印となるものはなかった。自分でつけていくしかない。

 そうして進むうちに別の景色に遭遇した。

 それは、思わず感嘆の声が漏れるほどに美しい光景だった。

 植物の楽園の真っ只中、開けた空間があったのだが、そこは一面の湖となっていたのだ。上天から降り注ぐ光を跳ね返して輝く湖面は、さながら自然の生み出した巨大な鏡であり、空の風景がそのままに映し出されている。流れる雲、輝く空、そして、湖面を泳ぐ小鳥たち、あるいは水浴びをする様々な鳥たちは、それまでルウファが抱いていた不安を一掃するかのようだ。

 鳥の羽もまた、色彩豊かであり、湖を泳ぐ小鳥たちは碧玉のように碧く美しい羽を持っていたし、水浴びする足の長い鳥は桃色の羽に覆われていた。その二種類だけではない。様々な色をした羽を持つ鳥たちが、湖に集まっていた。

 植物の楽園の真っ只中にある鳥たちの楽園、とでもいうべきか。

 とにかく、色鮮やかな羽を生やした鳥たちは、外敵の心配をする必要のない楽園でまさに羽を伸ばすようにゆったりとした時間を過ごしていた。

 ルウファは湖の岸辺に腰を下ろすと、荷袋から携行食を取り出し、口に運んだ。

 ここに至るまで、随分と歩いている。

 数時間、大きな荷袋を背負い、歩き続けたのだ。多少なりとも疲労していたし、なにより、空腹感があった。休憩がてら食事をしようと思っていたところ、ちょうどいい場所を発見した気分だった。美しい景色を眺めながらの食事というのは、気分が良かった。修行のため、異世界に訪れたことを忘れるような、そんな感覚さえ抱く。

 水筒の水を飲み、一息ついたところで大きく伸びをした。すぐさま立ち上がり、湖を回り込むべく歩き出す。

 目的地などあろうはずもない。

 ここは異世界。情報ひとつなければ、周囲の地形もわからないし、どこにシルフィードフェザーがいるのかも不明だ。わかっていることがあるとすれば、それは、転移先の近くにいるはずであるということだ。ただし、どれくらい近いのかは不明であり、故に当て所なく探し回らなければならなかった。

 風は穏やかに吹き抜けている。風が吹くたびに湖面が波立ち、波紋が広がる。その波紋さえも美しい光景の一部であり、一目見れば、思わず見取れてしまうほどだった。極彩色の花々に縁取られた自然の鏡は、このまま網膜に焼き付け、記憶に刻みつけたいと想うほどの景色だった。絶景といっていい。このような景色は、イルス・ヴァレでもそうあるものではあるまい。

 ふと、そんな湖に遊ぶ小鳥たちの視線が一点に集まっていることに気づき、彼は足を止めた。

 いや、小鳥だけではない。水浴びをしていた足長の鳥も、湖の上を舞うように飛んでいた鳥たちも、湖岸の木々に停まる鳥たちも、一点を見つめているようだった。それは無数の視線となって、ルウファに突き刺さっている。

 そうなのだ。鳥たちは、いつ頃からか、ルウファを見つめていた。そして、警戒しているようだった。

(俺が異分子だからか?)

 だとすれば、十分に納得がいく。

 ルウファは間違いなくこの楽園にとって異分子だったし、もっというと異世界の存在なのだ。この世界の住民たる鳥たちにしてみれば、イルス・ヴァレにおける皇魔や皇神のような存在といっても過言ではなく、警戒するのも当然の話だった。

 突如として襲いかかってきたとしても、なんら不思議ではない。

 ルウファは、鳥たちの視線に強い警戒心を感じ取りながら、彼自身も警戒を強めた。いつでも対応できるよう、みずからの腰に手を置く。剣帯には、長剣をつり下げていた。シルフィードフェザーが使えなくなることを見越して、武器を身につけているのだ。

 武装召喚師は、様々な武器の扱い方を学ぶ。それら様々な武器の中から自分の得手とする武器を見つけ、召喚武装もその種類の武器を選ぶのだが、ルウファの場合は、師グロリア=オウレリアの影響を強く受けたため、得手とする武器ではなく、翼型召喚武装を選択した。

 それ以来、剣を握らなくなったわけではない。

 いざというときのため、剣の訓練を怠ったことはなかった。


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