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第二千九百九話 雷鳴世界のファリア(二)

 碧き獅子の名は、ダノルといった。

 この螺旋回廊、雷霆聖母の庭の守護を使命としており、そのためだけに生きているといっても過言ではない、という。その意気込み、気迫からは、彼の主への忠誠心の高さが窺い知れる。主の一声でファリアへの態度を軟化させたのも、それだろう。主を第一と考え、主の考えを絶対的なものと見ているかが、疑問を持たないのだ。思考を放棄しているといってもいいのかもしれないが、この場合、ファリアにとってありがたいことこの上なかった。

 螺旋回廊こと雷霆聖母の庭を進むことになんの問題もなかった。

 ダノル以外にも庭の守護者は多数存在したが、いずれもダノル同様に主からの命令を受けていたのだろう。ダノルとファリアの進む道を遮るものはいなかった。それどころか、ファリアを最敬礼で迎え入れるかのようであり、その丁重なもてなしぶりには、ファリアのほうが戸惑った。試練というのだから、もっと手厳しい現実が待ち受けているものだとばかり思っていたからだ。ところが蓋を開けてみれば、手厚いばかりの歓迎ぶりであり、拍子抜けするどころの話ではない。

 ダノル以外の守護者の姿はというと、ダノルと似ていた。碧い結晶体で構成された猛獣、猛禽の類であり、いずれも人間を優に越す巨躯を誇った。狼のような守護者もいれば、大鷲のような守護者もいたが、ついぞ、人間に似た姿形の守護者は見当たらなかった。

 もしかすると、この世界には人間型の生物はいないのかもしれない。

 異世界だ。人間に似た姿形の生物がいなくともなんら不思議ではなかったし、むしろ、いて当然と思うほうがどうかしているだろう。イルス・ヴァレの、ファリアたちの常識は通用しない。実際、この世界には、ファリアの常識はほとんど通用していなかった。言葉を用いる異形の獣が織り成す社会だ。そこにイルス・ヴァレの常識を当てはめることができるはずもない。

 螺旋の回廊そのものといえる雷霆聖母の庭は、広大だが、代わり映えのしない景色の中をただひたすら前進しなければならないというのは、多少、退屈だった。驚きをもたらすものといえば、ごく稀に遭遇するダノル以外の守護者くらいのものだ。それもほとんど一瞬の出来事であり、言葉を交わすこともない。

 ダノルは、自己紹介以外、ほとんど口を利かなかった。

 ファリアの質問にほとんど答えてくれない。

 主の名を問うても教えてくれず、この世界の様子について聞いても、答えてくれなかった。教えてくれたことといえば、ダノルという名と、彼の役目、ここの名称くらいだ。それ以外答えることを許されていないのかもしれない。

 オーロラストームによって。

 やがて、螺旋回廊の終着点が見えてきた。

 つまりは、螺旋を描く紫水晶の通路、その中心であり、丘の上から見えた深い窪みの真っ只中だ。

 その間、問題などひとつもなかったし、足を休めるための時間さえもらえたのだから、なにもいうことはない。

 やがてダノルが足を止めたのは、雷霆聖母の庭の中心部に辿り着いたからだろう。

 中心部には、無数の紫水晶で組み上げられた神殿めいた建造物があった。それは紛れもなくなにものかの手によって作り上げられたものであり、自然にできあがったものではなかった。その神殿は、無数の紫水晶が組み合わさった芸術作品といっても差し支えなく、その外観を目の当たりにして、ファリアは思わず息を呑んだ。この世のものとは思えない美しさがある。しかもそれは、ほかの紫水晶同様、上天の稲光に共鳴して輝くのだが、計算し尽くされた紫水晶の配置によってか、複雑な輝き方をした。雷霆聖母の庭の水晶がただ波紋を広げるように輝くのとはわけが違う。

 美しく、あざやかに、そして乱舞するように輝くのだ。

「ここが……」

「我らが主の寝所なり」

「寝所……」

 反芻するようにつぶやくが、とても寝所などとは思えない外観だった。先程も思ったことだが、神殿としか言い様がない造りをしていて、寝床とするには勿体ないくらいだった。

「さあ、行かれよ。主が待ちわびておられる」

「え、ええ……。ここまでの案内、ありがとう」

「感謝されるいわれはない。我は我の使命を果たしたのみ」

 ダノルは、にべもなく告げてくると、その場に座り込んだ。そして、ファリアに早く主に逢いに行けといわんばかりに目線を神殿に向ける。

 ファリアは、多少呆気に取られたものの、すぐさま思い返した神殿に足を向けた。道中、休息はたっぷりと取っている。なんの問題もない。

 雷霆聖母の庭、その中心に聳える神殿の出入り口は、ファリアを迎え入れるためか、開放されていた。寝所なのだ。普段は閉ざされているはずだろう。

 紫水晶の出入り口を通り抜ければ、玄関があり、その奥へ向かうための扉も開かれていた。扉も紫水晶でできており、美しい細工が施されている。それは神殿全体にいえることではあるのだが。

 扉を潜り抜けた瞬間、彼女は、思わず息を止めた。空気が変わった実感があったのだ。肌から電流が走り抜けたような、そんな感覚。皮膚から神経に緊張が駆け抜け、全身の毛穴という毛穴が開き、筋肉が強張る。が、つぎの瞬間には、そんな緊張も解けきっている。

 なぜか。

 扉の奥には紫水晶に彩られた一室があり、そこに彼女が想像していたもの待ち受けていたからだ。そしてそれを目の当たりにした瞬間、思わず口を開いている。

「オーロラストーム……」

「待っていましたよ、ファリア。ファリア・ベルファリア=アスラリア。我が愛しい契約者よ」

 柔和で穏やかな声音で迎え入れてくれたのは、祭壇と思しき台座の上に佇む異形の存在だった。ダノルによく似た碧い結晶体の巨躯は、彼女こそが守護者たちの主だからなのか、それとも、この世界の生物全般がそうなのかは不明だが、神秘と幻想の塊のようなその姿には、見覚えがあった。

 それこそ、この十数年、何度となく夢現の狭間に現れ、際限なく言葉を交わしてきたオーロラストームの姿そのままだからだ。

 猛獣と猛禽、その両方の特徴を併せ持つ異形の存在でありながら、どこか女性的なたおやかさを感じずにはいられないのが、オーロラストームの特徴だった。猛獣であるのに、表情は慈母そのものなのだ。背に生えた翼は、まさに召喚武装としてのオーロラストームの翼そのものといっていいのだが、それ以外には召喚武装のときと一致する要素は見当たらない。大きさも、姿も、なにもかもが違った。

 召喚武装が、異世界の存在を強制的に武装化したものだというアズマリアの説明は、真実だったということだろう。

「さっそくですが、あなたには試練を受けてもらわねばなりません」

「いきなりね」

 ファリアが思わず憮然としたのは、せっかく逢えたことを喜び合う暇もなかったからだ。

「わたくしとしても、こうしてあなたと直接逢えたことを喜び、語り明かしたいというのが偽らざる本心ですが、しかし、あなたにはそんな余裕はないでしょう」

「ええ……その通りよ」

「あなたは力を求め、この世界を訪れ、わたくしを訪ねた。ならば、わたくしはあなたの期待に応えなければなりません。あなたがわたくしに力を求めるように、わたくしもあなたの力になりたいのですから」

 オーロラストームの語ることは、ファリアの想いそのものといってもよかった。オーロラストームは、ファリアの想いを汲んでくれているのだ。だからこそ、一刻も早く試練を始めようとしてくれている。

「想いはひとつ。心もひとつ。されど、わたくしを召喚武装オーロラストームとして使いこなすためには、乗り越えなければならない試練があります」

「望むところよ」

 ファリアは、オーロラストームの柔らかで、しかしまっすぐなまなざしを受け止めて、強くうなずいた。

 元より、覚悟の上だ。

 でなければ、異世界への挑戦などしようはずもない。


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