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第二百九十話 目的地(一)

「グレイ=バルゼルグの軍勢だということらしいが」

 デイオン=ホークロウは、机に広げた地図を睨みながらつぶやいた。

 皇魔ブフマッツの大軍勢が北進軍の休憩地点を通過した直後のことだ。デイオンは、北進軍の主だった人員を自分の天幕に集め、軍議を開いていた。机を囲んでいるのは、軍団長レノ=ギルバース、軍団長ロック=フォックス、武装召喚師カイン=ヴィーヴル。それにエリウス=ログナーという面々であり、ウルはいない。彼女が軍議の場にいないのはいつものことだったし、いなくても問題はなかった。いても邪魔になるだけだ。

 件の軍勢は、休憩中の北進軍に対して攻撃してくる素振りさえ見せなかった。戦闘の準備をする必要さえなかったといえるのだが、それは結果論にすぎない。皇魔の群れの進撃という報告があった以上、全軍で対応するのは当然のことだ。戦闘が起きなかったことを素直に喜べばいい。だれひとりとして血を流すこともなければ、兵力を消耗することもなかったのだ。

 実態は皇魔に騎乗した人間の軍勢であったものの、戦闘になれば、相応の被害は覚悟しなければならなかった。何千ものブフマッツに跨った何千もの戦士たち。少なく見積もっても二千人はいただろう。戦闘風景を想像するだけで震えが来る。

 北進軍の二千五百にも満たない戦力では、到底太刀打ちできそうにないのだ。こちらには、武装召喚師という切り札がないではないが、彼ひとりでどうにかなるような戦力差ではない。普通の馬に騎乗していたのならば、武装召喚師の運用次第でどうとでもなっただろう。しかし、ブフマッツに騎乗していたとなると話は別だ。人類の天敵なのだ。そんなものの大集団と正面からぶつかり合うなど、正気の沙汰ではない。しかも、その皇魔たちは人間の軍勢によって制御されているようだったのだ。これほど恐ろしい事態はなかった。

 そして、皇魔を率いていたのは、グレイ=バルゼルグの軍勢だという。グレイ=バルゼルグといえばザルワーンの猛将として知られた人物だ。ガンディアのログナー制圧後、突如としてザルワーンに反旗を翻した彼は、ガロン砦を拠点とし、龍府を睨み続けていた。三千もの兵士が、彼の謀反に付き従っており、ザルワーンとしては大きな痛手だったに違いない。彼の部隊は、ザルワーンでも最強と謳われてもいたのだ。その戦力がごっそりと失われただけでなく、敵に回ってしまった。しかも、グレイが拠点としたガロン砦はザルワーンの領土内にあり、ザルワーンは体内に敵を抱くという状況になってしまったのだ。

 ガンディア軍が連戦連勝を重ねて来られた理由のひとつでもある。グレイ軍が龍府に睨みを効かせているからこそ、ザルワーンは各地の戦力を自在に動かすことができなかったのだ。もし、グレイ軍が離反しておらず、ザルワーンの最強部隊として君臨していれば、ガンディアはこうも上手く勝ち続けることはできなかっただろう。グレイの軍勢に黒き矛のセツナが当たったとしても、苦戦は免れなかったはずだ。

 そんな連中が皇魔に騎乗し、行軍していったというのだ。確証があるわけではない。なにを隠そう、カイン=ヴィーヴルが、そういっているだけなのだ。物見の報告からも、皇魔と行動をともにしていた軍勢の詳細はわからず、ましてや休憩地点から動かなかったデイオンたちに判別できるはずもなかった。しかし、カインは召喚武装を手にして、ブフマッツの群れを見届けたということであり、彼にはよく見えていたのだろう。武装召喚師は、召喚武装によって通常ではありえないような視覚や聴覚を得ることができるという。

「本当ですか?」

「間違いないですよ。あれはグレイ将軍麾下の軍勢です」

「なぜそうと言い切れる?」

「ログナー軍人なら、俺よりも詳しいと思いましたが?」

 カインが冷ややかに告げると、レノは押し黙った。

 確かにガンディアに所属するカインよりも、ログナーで生まれ育ったレノのほうが、グレイ=バルゼルグとその部隊について詳しく知っていても不思議ではない。ログナーはザルワーンの隣国であり、五年前に敗北してからつい最近までザルワーンの属国だったのだ。ログナーでも高名なギルバース家の人間ならば、ザルワーンの将軍時代のグレイ=バルゼルグ本人と面識があってもおかしいことではなかった。無論、だからといって、レノがグレイの部隊と他の部隊を見分けられるほど、ザルワーンの事情に精通しているとは考えにくいが。

 レノが黙ったのは、わからなかったことが恥ずかしいと思ったからなのだろうが、だとすればカインには注意しなければならない。彼の正体がなんであれ、レノやエリウスにしてみれば、ガンディア人の武装召喚師として認識しているに違いないのだ。決戦を間近に控えたいま、ガンディア人とログナー人の間に不協和音を響かせる訳にはいかない。

 もっとも、カインがデイオンの命令を素直に聞いてくれるとも思えないのが困ったところだ。彼は現在、デイオンの指揮下に入っているのだが、軍属の武装召喚師という独特の立場は、彼の発言権を高めてもいる。もちろん、カインはデイオンに従わざるをえないし、彼が無用な波風を立たせるような人物でもないということは、ナグラシア以来の行軍でわかってきたことでもあるのだが。

 彼を見ていると、妙な胸騒ぎを感じずにはいられないのが、デイオンの正直な気持ちだった。

「グレイ=バルゼルグが皇魔を操っていると?」

「彼らがブフマッツに騎乗しているところを目撃した以上、それは疑いようがありませんよ」

 カインの言葉には、反論の余地もない。

 デイオンたちも、人間を乗せたブフマッツの群れが駆け抜けていくさまを目の当たりにしているのだ。皇魔と人間の混成部隊というありえないものが、暴風のように走り去っていった。その衝撃は、戦慄となって北進軍を包み込んでいる。食事休憩もそこそこに切り上げることになったのは、あの軍勢がもたらした衝撃があまりに重く、強烈だったからに違いない。

 皇魔は、ガンディア領においても、ログナー領においても、人間に対して敵意を振り撒き続けてきた。人間とみれば見境なく襲いかかる人外異形の化け物たち。深い森や山奥に潜み、巣を作り、人知れず繁殖する化け物を根絶するのは難しく、街を堅固な城壁で囲い、皇魔の襲撃による被害を減らすという方向で対処するしかなかったのだ。根本的な解決法が見つからないまま、時が流れ、皇魔という化け物に生命を脅かされるということもまた、自然の摂理の一部になってしまっている。

 人間は、皇魔と対峙したとき、生理的な嫌悪と根源的な恐怖に苛まれる。それは、何百年も前から皇魔という災厄に襲われ続けてきた記憶なのだ。この世に生まれただれもが持つ、共通意識。皇魔とは人類の天敵であり、遭ったが最後、殺されるしかない。訓練した戦士であっても、中型の皇魔には苦戦を強いられるし、大型の皇魔を相手に一対一で戦えるはずもない。

 ブフマッツは中型に分類される皇魔であるが、その上に人間の兵隊が乗っているとなると、その戦闘力は計り知れないものがある。大型の皇魔よりも手強いかもしれない。そんなものと戦いたくないというのが正直な感想ではあったが。

 同時に、グレイたちはどうやって皇魔を手懐けたのかという疑問が浮かぶのだが、こればかりはどれだけ考えても答えはでないだろう。

「……そうだな。問題は、彼らの目的だ」

 デイオンは、言葉にしてから、それはわかりきったことだとも思った。

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