第二千九百六話 力を求めて(三)
やるべきことは、決まった。
ファリア、ミリュウ、ルウファの三人が異世界での修行を行っている間、シーラやエスクたちは“竜の庭”に残り、“剣聖”トラン=カルギリウスの元で修行を続けることとなった。戦竜呼法を身につけることができれば最善だが、たとえ身につけることができなかったとしても、竜騎士たちとの鍛錬は、無意味ではない。シーラたちの地力が向上することは、戦力の向上そのものに繋がるのだ。
セツナたちは、戦力増強とウルクの躯体修理を兼ねてのミドガルド=ウェハラムの捜索を行うこととなった。
ミドガルドの所在地についてはある程度推測可能であり、かつての神聖ディール王国領にいることは間違いないとのことだった。
かつて三大勢力として大陸の四分の一を支配していた神聖ディール王国だが、いまやその領土は“大破壊”によってばらばらになっている。ウルクナクト号に記録されている世界図を見れば、ワーグラーン大陸の成れの果てたる現状は明らかだ。そのばらばらになり、大海原に浮かぶ大陸、小大陸、島々のいずれがかつての聖王国領だったのかを判別するのは難しい。
大陸西部を支配していたのだから、世界図で見て西方の海に浮かぶ大陸こそがかつての聖王国領に違いないと推測するのだが、確証はない。なんにせよ、まずはいってみなければならない。現地に赴き、確認しなければならないのだ。
そのためにウルクナクト号を活用することにしたのだが、同乗する人選については、セツナが決めた。セツナとウルクは当然として、イル、エルも同行する運びになったのは、彼女たちの記録が頼りになるかもしれないからだが、戦力としても当てになるからだ。そしてラグナとマユリ神の六名だけが、ミドガルド探しの人選とした。
非戦闘員が“竜の庭”に残るのは当然として、レム、エリナ、ダルクスたちも残していくことにしたのは、もし万が一“竜の庭”がネア・ガンディア軍の侵攻を受けた場合、少しでも戦力が必要だろうという判断からだった。“竜の庭”の戦力は十分すぎるくらいにあるのだが、だからといって、戦力は大いに越したことはない。一方のセツナたちはといえば、ミドガルドを探し出すことが目的であり、戦闘を考慮する必要がなかった。
ちなみにエリルアルム率いる銀蒼天馬騎士団の面々は、シーラたちとともに“剣聖”の修行を受けることになっている。
当然だが、レオナとレイオーンも船に乗せていない。ナージュとリノンクレアを失ったばかりだ。セツナとしては、レオナの精神状態が安定するまでは側にいて支えなければならないという想いもあったが、レオナのほうが同行することを拒んだ。
『いくら戦闘がないとはいえ、なんの力もない子供がいては足手まといではないか』
毅然としたレオナの言い分は、ぐうの音も出ないほどの正論だった。
レオナは、レイオーンとともにリョハンに残ることとなった。
リョハンはといえば、しばらくの間、“竜の庭”に留まることになっていた。“竜の庭”の主催者、銀衣の霊帝からの許可が降りたこともあれば、常春の国である“竜の庭”は、中央ヴァシュタリア大陸の寒さの中で生きてきたリョハンのひとびとにとっては、地上の楽園としかいいようのない場所でもあったからだ。なにより、“竜の庭”に在る間は、リョハンを地上に近づけても安全だという確証がある。空を飛び続けるのは、リョハンに動力を送っているマリク神の負担も大きく、できるならば地上に降ろしておきたいというのが彼の望みだった。力を温存するためにもだ。
そうして、リョハンは、東ヴァシュタリア大陸北西部の海岸付近に着水し、それによって“竜の庭”の恩恵を受けることとなった。恩恵とは無論、常春の温暖な気候であり、ラングウィンの恵みだ。
セツナはその様子を見届けたのち、ウルクナクト号を発進させた。
東ヴァシュタリア大陸北西部より、遙か南西へ。
というのも、進路上に存在する島々の様子を確認するつもりでもあったからだ。
目指すのは、遙か南西の旧聖王国領と思しき大陸なのだが、その道中の海域にはいくつもの島が浮かんでいた。その島々のひとつがベノア島であるらしいことは、中央ヴァシュタリア大陸との位置関係を見ればなんとはなしにわかるだろう。
かつて、セツナたちを乗せ、中央ヴァシュタリア大陸に向かうべくベノア島を出航したメリッサ・ノア号は、ただひたすらに北へと進んだ。その間、船上から見えた陸地といえば中央ヴァシュタリア大陸の大地だけであり、ほかに海しかなかった。海神マウアウの神域こそあったものの、だ。
つまり、中央ヴァシュタリア大陸の南側に存在するやや大きめの島こそが、ベノア島なのだろう。
ベノア島の現在については、なんの情報もない。ベノア島を離れて以来立ち寄ることもできていないのだから当然の話ではあるのだが、多少、気にはなっていた。マリアたちが無事であるということから考えるに、マリアたちがアズマリアに連れられてベノアを離れるまでは、ベノア島――いや、ベノアガルドに大きな問題が起きなかったのは確かだろう。マリアがなに不自由なく研究を続けられていたことがなによりの証左だ。非常事態となれば、研究などしている暇はない。
しかし、マリアたちがベノアを離れてからの消息は、まったくもって不明だった。
シドたちは元気にやっているだろうか。
多少、気がかりだった。
ベノアガルドは、神に魅入られた地だ。
救世神ミヴューラの願いが、十三騎士を生み出し、彼らに力を与えた。その強大な力があればこそ、ベノアガルドはこの混沌の時代を生き抜くことができたのは事実だろうが、同時に災厄を呼び寄せたのも間違いない。邪神アシュトラがベノアガルドを掻き乱したのも、きっとそのためなのだ。
いまは、どうなのか。
「おぬしも不思議なやつじゃな」
ラグナがセツナの頭の上からいってきたのは、ウルクナクト号が“竜の庭”を出発して、しばらくしてからのことだ。既に日が暮れ、甲板上には月の光が降ってきていた。風はない。なぜならば、半透明の天蓋が甲板を覆っているからだったし、だからこそ、セツナも甲板に出ているのだ。“竜の庭”を離れただけで気温は急激に下がっている。船内ならば暖かいのだが。
「ベノアガルドといえば、おぬしを殺そうとした連中ではないか」
「……ああ。その結果、おまえを失うことになった」
「そうじゃな。わしは、おぬしを護るという役目を果たせたわけじゃ」
どこか誇らしげなラグナの声音が、セツナの胸に刺さった。
「俺は哀しかったよ。苦しかった。おまえを失って」
「そうか……」
ラグナがなにか感じ入るようにつぶやく。彼女がなにを想おうと、あのときの気持ち、感情の暴走は忘れ得ないだろう。
「でも、だからといって、彼らを恨んでどうなるものでもなかったし、そのあと、和解もしたからな。それに彼らには恩もある」
「恩?」
「レムに聞かなかったか? 十三騎士のひとりが、レムのことを護り続けてくれていたんだ」
「そういえば、先輩が語っておったな。テリウス・ザン=ケイルーンじゃったか」
「……マリア先生も、彼らの世話になってた。悪いひとたちじゃないんだ」
むしろ、善人の集まりといったほうが、正しいのではないか。
そしてその善性故に艱難辛苦の中に身を投じ、戦い続けているのではないか、と思えてならない。でなければ、救世を掲げることに躊躇いを持たず、走り続けることなどできまい。
そんな彼らは、いまもベノアの地で戦い続けているに違いない。
故にこそ、気になるのだ。