第二千九百四話 力を求めて
「ファリアたちが異世界に渡ったのは、武装召喚師としての力を磨くため、召喚武装と心を通い合わせるため、だったよな」
「ああ」
「その試練が終わるまでどれほどの日数がかかるのかわからない。だからその時間を利用して戦力を増強しようというのが、セツナの考えなんだよな」
「ああ」
「じゃあ俺は、ここに残ってもいいか?」
シーラが決然とした表情で問うてきたことは、想像とは多少異なることだった。
「ここに?」
「リョハンに残ってどうすんのさ、姫さん」
「リョハンじゃねえよ」
「んん……?」
「“竜の庭”の、“剣聖”殿に修行をつけてもらえないか、と思ってな」
「なるほど!」
シーラの修行案を聞いて、エスクが手を打って納得した。“剣聖”トラン=カルギリウスには、シーラもエスクも手も足も出なかったという。そのことが彼女たちの記憶に焼き付いているようだ。
「いまのところ、俺じゃあ手も足も出ねえんだ。つまり、“剣聖”殿の元で修行を積み、“剣聖”殿に少しでも食い下がれるようになれば、それだけ強くなっているってことだ。それは戦力の増強に繋がるだろ? それに、戦力を求めて旅をするってんなら、俺がついて回る必要性は薄いだろうしな」
「……それもそうだな」
「よっしゃ、それ、俺も乗った!」
「なんでだよ、俺ひとりでいいよ」
「“剣聖”殿を独り占めしようだなんて、この“剣魔”が許さないよ!」
「……そもそもだな、セツナの許可が降りた上で“剣聖”殿が応じてくれなきゃ意味がないんだがな」
「まあそうだ。どうなんです? 大将」
エスクに問われ、セツナは腕組みして考え込んだ。戦力を増強するためには、ウルクナクト号でもって世界中を飛び回ることになるだろう。その宛てのない旅に全員を連れて回る必要はない。同行するのは、少人数で十分だ。それに各人それぞれが強化訓練を行いたいというのであれば、そのためにこそ時間を宛がうべきだった。
召喚武装を用いれば戦闘能力を高めることの出来る武装召喚師が肉体の鍛錬を怠らないのは、基礎身体能力が高まれば、それだけ召喚武装を用いたときの戦闘能力も向上するからだ。そもそも、召喚武装を思い通りに操るためにも身体能力が必要だったし、より大きな力を扱おうとするならば、それだけ筋力や体力を求められた。心身の修練こそ、武装召喚師にもっとも必要なことであり、そのために武装召喚師たちはだれもが筋骨隆々なのだ。
シーラとエスクが“剣聖”トラン=カルギリウスに手解きを受け、戦竜呼法を体得するようなことがあれば、それは間違いなく戦力の大幅な増強になること間違いない。
シーラとエスクは純粋な武装召喚師ではない。遺された召喚武装の使い手に過ぎず、そのためにアズマリアの異世界修行の対象から外されているのだ。彼女たちがより一層強くなるためには、トランに手解きを受けるのが一番なのは、間違いなかった。
「わかった。トラン殿に掛け合ってみよう」
「さっすが御大将! そりゃあモテますぜ!」
「あ、ああ」
エスクに抱きつかれて、セツナはむしろ憮然としながら、シーラが苦笑する様を見ていた。
修練御座を後にした一行は、一度戦宮へ向かった。
ファリアたちの異世界への旅路を見送ったのは、なにもセツナたち船の仲間だけではない。戦女神代行でありファリアの母であるミリアに祖父のアレクセイも姿を見せていた。六大天侍も勢揃いだった上、護峰侍団の隊長たちも全員が全員、集まっていた。御山会議のお偉方もだ。
ファリアは、リョハンになくてはならない戦女神そのひとなのだから、彼女の見送りにリョハンの要人が集まるのも当然といえる。
六大天侍や護峰侍団の隊長たちの中には、ファリアたちが試練を終え、戻ってきたあと、つぎの試練の挑戦者として名乗りを上げるものも少なくなく、異世界への旅立ちがどういったものなのかを知りたがっていたものもいたことだろう。
リョハンは、都市全体としてセツナたちに協力的だったし、この世界の現状と行く末についてはほかのどの組織よりも真摯に受け止めているのだ。なにせ、ネア・ガンディアに三度も狙われ、存亡の危機に曝されてきたのだ。ネア・ガンディアの野望を打ち砕かなければ、その力の源を討ち滅ぼさなければ、リョハンの存続そのものが危うい。空中都市の名のままに空を自由に飛び回れるようになったからといって、未来永劫安穏たる日々を送れる保証はない。いやむしろ、逃げ回ったところで解決しないのは目に見えている。
獅子神皇が聖皇の力の器であり、聖皇の望みのままに世界を滅ぼさんとしているのならばなおさらだ。
リョハンの武装召喚師たちが力をつけることは、それそのまま、対ネア・ガンディアの戦力増強に繋がることであり、できれば多くの優秀な武装召喚師にアズマリアの試練を受けさせてやりたかった。
無論、アズマリアの基準を突破できるくらいの武装召喚師でなければならないこともわかっている。それだけの武装召喚師がどの程度存在するのかは、不明だ。
ファリアたちの旅立ちを見届けたものたちは、戦宮へ至る道中、口々に感想を述べたり意見を戦わせたりしていたが、それらリョハンのひとびとの想いというのは、やはり、いかにしてリョハンの平穏を維持するかということに繋がっており、そのためにはネア・ガンディアを打倒しなければならないという結論に辿り着かざるを得なかった。
「そのためには戦力の充実が必要不可欠よね。現状の戦力では、ネア・ガンディアには立ち向かえないから、ファリアちゃんたちは異世界修行なんて無茶をやってるわけだし。その修行が無事に終わったとしても、それでどうにかなるような戦力差ではないのでしょう?」
ミリアの質問があったのは、戦宮で腰を落ち着けてからだ。
シーラの提案である“竜の庭”での修行については、ラムレシアがラングウィンに掛け合ってくれるということで、彼女の一任してある。“剣聖”トラン=カルギリウスは、ラングウィン直属の竜騎士のひとりであり、彼に教えを請おうというのであれば、彼を長時間拘束することになるため、ラングウィンに許可を取る必要があるのだ。なにからなにまでラムレシアの世話になりっぱなしだったが、そのことをいうと、ラムレシアはむしろ当然とでもいわんばかりにこういったのだ。
『ファリアが異世界で修行している間、わたしはこちらの世界でやれる限りのことをやらなければならない。そう想っただけだよ』
それにセツナたちが打倒ネア・ガンディア、打倒獅子神皇の中心である以上、セツナたちに協力しないわけにはいかないのだ、とも。
そしてそれは、ラングウィンも同様であり、故に協力してくれるに違いない、とのことだった。
「その通りです。現状、我が方の戦力と呼べるのは――」
セツナは、膝の上にレオナを座らせたまま、答えた。
ウルクナクト号に乗船する同志たちが、まずあった。セツナを筆頭にファリア、ルウファ、ミリュウ、レム、エリナ、シーラ、エスク、ウルク、イル、エル、ダルクス、エリルアルムと彼女率いる銀蒼天馬騎士団の面々、そしてラグナ、マユリ神、ハサカラウ神。ウルクナクト号の面々だけでも、普通に考えるならば凄まじいとしかいいようのない戦力だが、これではネア・ガンディアには到底及ばない。
蒼白衣の狂女王ラムレシア=ユーファ・ドラースとその眷属たちがここに加わってくれることは間違いない。それに銀衣の霊帝ラングウィン=シルフェ・ドラースと眷属および竜騎士もだ。
「それにリョハンの武装召喚師たち……ですか」
六大天侍に護峰侍団、その全員とはいわないまでも、その中から精鋭中の精鋭を選り選れば、それだけでも素晴らしい戦力になることは疑いようもない
「はい。ですが、それでも、ネア・ガンディアと対等に戦うこともできないでしょう」
残念なことだが、それが現実だ。