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第二千九百三話 試練待つ異世界へ(三)

 ミリュウがゲートオブヴァーミリオンによる世界間移動直後、まず最初に確認したのは、自分自身の状態だった。

 頭の天辺から足の爪先までいっさいの異変もなく、違和感もない。つまり、無事だということだ。身につけている衣服もなにひとつおかしい部分はなく、その点では安心した。手の内からラヴァーソウルの柄の感触が消え失せ、その重量もろとも冴え渡っていた五感が元に戻っていることには不穏なものを感じたものの、すぐに察している。

 ここは異世界。

 それも、彼女が召喚した召喚武装ラヴァーソウルの本来在るべき世界なのだ。

(それってつまり、ラヴァーソウルの世界への転送に成功したってこと、よね)

 ミリュウは、いまや空気を掴もうとする右手を見下ろし、胸中でつぶやいた。ラヴァーソウルは、イルス・ヴァレを離れただけでなく、在るべき世界に辿り着いたがために術式の拘束から解き放たれ、本来の姿形に戻ったのだろう。そして、元いた場所に還ってしまった。召喚者による送還ではなく、強制的な送還。そして、同じ世界に在る以上、召喚には応じてくれないだろう。いや、応じてくれないというよりは、召喚できないのだ。

 武装召喚術は、異世界の武器防具を呼び出すもの――ではなく、異世界の存在を武装化するというものだった。召喚対象が所属する世界では、術式がまともに作用しなくなっているのだとしても、なんら不思議ではない。

 背負った大きすぎるくらいの荷袋を足下に下ろしながら、周囲を見回し、状況を確認する。ゲートオブヴァーミリオンは、真後ろにあった。門扉は閉ざされているが、そこに在るだけで安心できた。もし、門が消失するようなことがあれば、ミリュウにはイルス・ヴァレに還る手段がなくなるのだ。それでは、ラヴァーソウルと心を通わせ合うことができたとしても、なんの意味もない。

 いや、それ以前にだ。ミリュウが生きる意味を失ってしまう。無論、イルス・ヴァレに帰還する方法を探すため、足掻き続けるだろうが。だとしても、絶望感は凄まじいものとなったはずだ。

(セツナのいうとおりってわけね)

 アズマリアが、セツナの怒りを買う真似をすることはなさそうだということがわかり、安堵する。アズマリアを心から信用することは出来ないが、セツナのアズマリア評は信用できそうだ。

 そのイルス・ヴァレに通じる紅い門の後方に目を向ければ、ここが異世界であると思い知ることが出来る。ミリュウ自身、イルス・ヴァレのすべてを理解しているわけではないとはいえ、目に映るものすべてがイルス・ヴァレとは根本的に異なるもののように思えるのだ。

 まず、地面。剥き出しではなく、金属製の板が敷き詰められているように見える。それもかなりの広範囲、見渡す限りの大地がそうなっているのだ。決して平坦な地面ではない。起伏に富み、小さな丘となって盛り上がっている部分もある。そういった地形であっても、大地を覆うのは金属製の板であり、板は、柔軟性に富んでいるようだった。つまり、地形に合わせて変形しているということだ。

 つぎに目につくのはこれまた金属製の柱であり、細長い柱が組み合わさって聳え立っていた。建築物の骨組みのようにも見えるそれは、しかし、長年風雨にさらされ続けた結果、錆び付き、朽ち始めているようだった。強い突風でも吹けば、根本から消し飛びそうな、そんな不安定さがある。

 そういった構造物がミリュウの周囲にいくつも存在した。

 廃墟。

 そんな言葉が脳裏に浮かんだ。何十年、いや、何百年もの間放棄された鉄の廃墟。生命の息吹はなく、生き物の気配もなければ、植物の姿形も見受けられない。まるで死の国のように。

 頭上を仰げば、鉛色の雲が空を覆い隠していた。重量感たっぷりの雲が空を殊更に低くしていて、いまにも墜ちてきそうな、そんな気配があった。

 気温は、低めだ。

 いまの服装でも耐え凌ぐことは不可能ではないが、彼女は、念のため荷袋の中から上着を一枚取り出して、上から羽織った。

(これがラヴァソちゃんの世界……ってわけね)

 だとすれば、この世界のどこかでミリュウのことを待ってくれているに違いない。

 ラヴァーソウルとは、夢現の狭間で何度となく邂逅し、話し合った。

 だからこそ、ミリュウはラヴァーソウルを気に入り、愛用しているのだ。

 ラヴァーソウルとならば、わかり合える。分かち合える。

(待っててね、ラヴァソちゃん)

 ミリュウは心の中で念じると、荷袋を背負った。

 アズマリアの話によれば、召喚武装の本体は、転送地点から決して遠くはない場所にいるはずとのことだった。

 

 

 ファリア、ルウファ、ミリュウの三人が門に踏み込んだ瞬間に姿を消すと、三つの門の門扉がゆっくりと閉じていった。花咲き誇る門、荘厳なる白き門、燃え盛る炎の如く紅き門、いずれの門も、門扉を閉ざすと、そのまま沈黙する。

 三方に聳える巨大な門を見回して、アズマリアがこちらに向き直った。

「後は、彼女たちが試練を終え、還ってくるのを待つだけだが、これには多少の時間を要することになるだろう。短くて数日、長ければ数ヶ月に及ぶ。わたしが考えるに、数日で還ってくることはあるまい。なにせ、召喚武装の力を最大限に引きだそうというのだ。並大抵のことではない」

「だろうな」

 セツナは、実感とともにうなずいた。地獄での試練は、いずれも長期間に及んだ。一瞬で終わった試練などひとつとしてなかったのだ。召喚武装とわかり合うということは簡単なことではない。

「その間、わたしは門を維持しながら、彼女たちの帰還を待とう。セツナ、おまえたちにはおまえたちのやるべきことをやりたまえ」

「やるべきこと……」

「まさか、あの三人が力を身につければそれで勝てると想っているのだとしたら、敵を甘く見すぎだ」

「……そうだな。じゃあ、後のことはよろしく頼む」

「任せたまえ」

 こちらに背を向けるようにしてその場に座り込んだアズマリアの後ろ姿には、凄まじいまでの自信に満ち溢れていた。三つの門を召喚しただけでなく、これから三人が戻ってくるまでの何十日もの間、維持し続けなければならないというのにだ。

 アズマリアには、完遂する確信があるのだろう。

 でなければ、三人同時の提案もしてこないだろうが。

 セツナは、アズマリアの自信に満ちた様子を頼もしく想いながらその場を辞した。


「いいんですか? 監視とかしなくて」

 エスクが小声で問いかけてきたのは、修練御座の階段を降りている最中のことだ。

「いいさ。信じて任せたんだ。それなのに監視なんて置いたら、アズマリアの気分を害するだけのことだ」

「俺としちゃあ、信用できる相手とは思えませんがね」

「信用できなくとも、あいつが俺を裏切れないのは事実なんだ。俺を裏切った結果、俺が敵に回るような事態ほど、あいつにとって恐ろしいことはないのさ」

「……そりゃあそうでしょうが」

 エスクが渋々といった様子で同意してくると、レムが口を挟んできた。

「御主人様が信じているのですから、わたくしどもが口を挟むことはございませぬ。ただ、ファリア様、ルウファ様、ミリュウ様の無事の御帰還を待つだけでございます」

「その通りだ。そして、その時間を無駄にするわけにもいかない」

「戦力の充実、ですね」

 とは、エリルアルム。

「そうだ。いまのままだと、ネア・ガンディアに対抗するには戦力が足りなすぎる」

 ネア・ガンディアの戦力は、圧倒的としかいいようがない。

 いままでセツナたちが勝利してこられたのは局所的な戦いであり、ネア・ガンディアの全戦力からすればほんの一部でしかないことは、ザルワーン島制圧時の光景を思い出せば明らかだ。あれですら、全戦力ではない可能性がある以上、こちらの戦力も多いに越したことはなかった。

「ひとつ、提案があるんだが」

「提案?」

 セツナは、階段を降りきってから、シーラを振り返った。

 彼女は、覚悟を決めたとでもいわんばかりの表情だった。



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