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第二千九百二話 試練待つ異世界へ(二)

 まるで深い青紫の花が咲き誇るかのような門の中へ、黒き雷雲の回廊が延々と続く景色に向かって一歩足を踏み出した瞬間だった。

 ファリアは、自分の身に異変が起きたのを認めた。目の前が真っ暗になったかと思うと、音も聞こえなくなり、すべての感覚が失われる。それは様々な空間転移現象に巻き込まれた際に生じる感覚に近く、いや、そのものだろうと彼女は断定した。直感がそういっている。これは空間転移そのものであり、故に異世界への旅は一瞬で終わりを告げるのだ、と。

 実際、ファリアの身に起きた異変は、瞬きの間の如きほんの一瞬で終わった。消え去った感覚があっという間に元通りに復活し、音も聞こえ、目も見えた。それはファリアが何度となく体験した空間転移現象の数々と極めて似ているのだが、そこになんの不思議もなかった。アズマリアの召喚武装ゲートオブヴァーミリオンは、空間転移を能力とする。そして、その応用――いや、真価によって、異世界と繋がる門となるのだろう。

 ゲートオブヴァーミリオンを通じての異世界からの召喚、あるいは異世界への転送は、まさに世界間隔壁を越える空間転移なのだ。

 ファリアは、まず、自分の身が無事であることを確認した。五体満足。足の爪先から髪の毛先まで、なにひとつ失われていない。傷ひとつない。ゲートオブヴァーミリオンによる空間転移、世界間転移は見事に成功したのだ。

 ただ、ひとつ、なくなっているものがあった。

「オーロラストーム……?」

 そうなのだ。彼女が右手にしっかりと握り締めていた召喚武装オーロラストームが影も形もなくなっていたのだ。手放した記憶もなければ、送還するわけもない。門に踏み込んでから世界間転移が完了するまでの、ほんの一瞬の出来事。その一瞬でなにものかに奪い去られることなどあり得るだろうか。

(だれかに取られたわけじゃないんだわ……)

 ファリアは、周囲を見回して、腕組みをした。

 周囲の景色は、先程とは様変わりしている。“竜の庭”上空を浮かぶ空中都市の一角たる遺構群ではなく、荒涼とした大地だった。すぐ真後ろに佇むゲートオブヴァーミリオン以外には人工物らしきものは見当たらず、剥き出しの岩肌と紫水晶の塊ばかりが視界に映り込んだ。地形は起伏に富み、ときに巨大な紫水晶が柱のように聳えている。

 頭上を仰げば、空が低く感じられた。それは、黒々とした雲が重量感たっぷりに空を埋め尽くしていて、時折、暗雲の表面を稲光が走った。門の内側に見た風景は、そこにある。

 気温は、決して高くはなかったが、低いということもなかった。常春の“竜の庭”に合わせた格好でも問題ないくらいの気温はあり、そのことに安堵した。身につけているのは、旅装として動きやすい格好ではあるのだが、オーロラストームの故郷である異世界の環境がまったく想像もつかないため、あらゆる気候に対応するべく、荷袋には薄着から厚着まで様々な衣服を詰め込んでいる。

(ここは、オーロラストームの故郷……出身世界)

 召喚武装は、異世界の存在を術式によって武装化したものだ。

 ファリアがオーロラストームごと、その本来在るべき世界に転移したがため、術式が強制的に紐解かれ、武装化も解かれてしまったのではないか。武装召喚術が強制的に解除されたことなど一度だってなかったものの、ここがオーロラストームの世界ならば、可能性はある。

 ファリアは、もう一度周囲を見回すと、門に向き直った。ゲートオブヴァーミリオンの門扉はいま、しっかりと閉じられている。おそらく、この世界の住民が門を潜り抜け、イルス・ヴァレに転移してしまわないようにしているのだろう。ファリアが扉に触れるなりすれば、アズマリアが開けてくれるはずだ。

 その点では、ファリアはアズマリアを信用していた。

 アズマリアが自分に不利益になるようなことをするとは考えられない。

(さて……)

 見知らぬ世界の荒野を見回して、彼女は考え込む。

 自分の目的は、この世界にいるだろう本当の姿のオーロラストームと接触し、心を通わすことだ。そして、オーロラストームの真の力を引き出すこと。それにより、戦力の増強を図るのが、この度の試練なのだ。それはいい。

 問題は、オーロラストームが手元から消え失せたことで、その本体の居場所を探し出す手がかりがなくなってしまったことだ。

 まず、オーロラストームの居場所を突き止めなくてはならない。

 それこそ、ファリアたちの試練が長引くかもしれない理由のひとつだろう。

 彼女は、確信を持ってため息を吐いた。

(それならそうと、いってよね……)

 アズマリアに向かっての嘆息は、きっと魔人にはなんの効力も発揮しないに違いない。


 荘厳なる白の門を潜り抜けようとした瞬間、ルウファは、自分自身のあらゆる感覚が世界から断絶されるという現象に遭遇した。視覚、聴覚、触覚、嗅覚――ありとあらゆる感覚が消えてなくなり、一瞬にして不安が増大する。だがそれは、経験したことのある感覚でもあった。空間転移。セツナが黒き矛の能力として多用するものであるそれは、地続きの空間のみならず、隔絶された空間へも瞬間的に移動できるものだった。

 アズマリア=アルテマックスの召喚武装ゲートオブヴァーミリオンの能力は、その空間転移能力をさらに強力にしたものであることは間違いなく、故にこそ、異世界からの召喚をも可能とするのであり、その応用として異世界への転送もできてしまうのだろう。

 そして、この感覚の断絶こそ、世界間転移ともいうべきゲートオブヴァーミリオンの能力に違いなかった。

 やがて、失われたすべての感覚が元に戻るのと同時に復活した重力が彼の全身を押し潰すようにして、のし掛かってきた。

「ぐえ」

 自分の口から聞いたこともないような奇怪な声が出たのを認め、彼は暗澹たる気分になった。その場に倒れ伏したために全身を地面に強打し、痛みが顔面や胸、膝や腕を駆け抜けていく。その上背に負った荷袋の重量が体に圧力をかけてくるものだから、余計に痛みが増した。巨大な荷袋に大量の衣類や魔晶灯などの道具がつっめこまれている。背負って歩ける程度の重量ではあるのだが、それでも重いことに代わりはない。そして、土の匂いに血のにおいが混じった。

 鼻血だ。

(幸先悪くないか? 俺)

 異世界への転移には成功したらしいことは、なんとはなしに理解する。剥き出しの地面は、修練御座の石床とはまったく異なるものだ。

 素早く起き上がってその場に座り込み、背負っていた荷袋を目の前に持ってくる。垂れてくる鼻血を啜りながら荷袋の中を漁り、小さな手ぬぐいを取り出した。鉄の味が味覚を刺激する中、手ぬぐいを右の鼻の穴に詰め込む。鼻から血を垂らしながら異世界探索を始める気にはなれない。

 そのとき、彼は、自分の身に異変が起きていることに気づいた。いや、厳密に言うと自分自身ではない。彼の身には、鼻血が出ていて、全身を強く打った以外、変化はないのだ。変化があったのは、身につけていた召喚武装シルフィードフェザーが消失していることだ。それと同時に召喚武装の副作用である身体能力の強化も失われている。

「あれ!? どこにいったんだ!?」

 ルウファは慌てて立ち上がり、周囲を見回した。

 背後には閉ざされた門が所在なげに立ち尽くしているのだが、その向こう側やそれ以外の方向には、異世界の景色が広がっていた。

 まず視界に飛び込んでくるのは、極彩色の草木の数々だろう。イルス・ヴァレでは見たこともないような派手な色の草が鬱蒼と生い茂り、不思議で奇妙な形状の花が咲き乱れ、無数の木々が様々な形の葉を目一杯に伸ばしていた。

 まさに極彩色の森と呼ぶに相応しい場所の真っ只中に、ルウファは、佇んでいた。

 


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