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第二千九百一話 試練待つ異世界へ(一)

「武装召喚」

 術式を完成させる結語とともに爆発的な閃光がファリアの全身を包み込んだかと思うと、右手に収斂し、巨大な物体を構築していく。まさに召喚武装と呼ぶに相応しい異形の武器は、弓型に類別される代物だ。怪鳥が翼を広げたような形状をしており、無数の結晶体はその翼を彩る羽根のようだ。そして怪鳥の嘴がその両翼の中心に備わっている。

 オーロラストーム。

 ファリアの代名詞といっていい召喚武装だ。

 彼女にはそのほか、先代戦女神ファリア=バルディッシュから受け継いだふたつの召喚武装、閃刀・昴と天流衣がある。ファリアがオーロラストームを選択したのは、長年愛用しているからこその愛着心もあるだろうが、心を通わせ合うことが目的であることを鑑みれば、当然の結論といってもいいだろう。閃刀・昴は、強力無比な召喚武装であり、ファリアはその能力を大きく引き出すまでに使いこなしているとはいえ、やはり祖母愛用の召喚武装だという想いもあるのだろう。

「武装召喚」

 ルウファの全身を包み込んだ閃光は、そのまま、彼の全身に定着するようにして収束し、その輝きのままに純白の外套を具現する。ただ白く美しい外套は、それだけでは召喚武装とは見えないのだが、よく見ると、ただの外套ではないことが窺い知れる。異様なまでに作り込まれた意匠は、人間の手で作れるような代物には見えないのだ。

 シルフィードフェザー。

 これまた、ルウファの代名詞と呼ぶべき召喚武装だろう。

 彼は、かつてクオール=イーゼンが愛用し、マリク=マジクに受け継がれた召喚武装レイヴンズフェザーをマリク神より学んでいるが、レイヴンズフェザーよりもシルフィードフェザーを選ぶのは、やはり愛着心の有無によるところなのかどうか。

 いや、レイヴンズフェザーの副作用を考慮すれば、シルフィードフェザーを選択するのは道理なのかもしれない。

「武装召喚」

 ミリュウが召喚したのは、切っ先から柄頭まで赤一色の太刀だった。刀身も見事なまでの赤一色であり、まるで血塗られているかの如くといっても過言ではない。飾り気こそ少ないが、その深紅の太刀という外見だけで召喚武装と人目にわかるのは、普通ではあり得ない配色だからだろう。

 ラヴァーソウル。

 いまやミリュウの代名詞となった召喚武装だ。

 彼女はかつてオリアス=リヴァイアの召喚武装・幻竜卿を愛用していたこともあったが、ザルワーン戦争中に使えなくなっている。オリアスが擬似召喚魔法のために用いたからであり、つまるところ、ハサカラウ神となったからだ。

 そのことから考えるに、オリアスの擬似召喚魔法とは、召喚武装を利用し、召喚武装の本体をこの世界に呼び寄せるものだったのだろう。ただし、その際、ハサカラウ神は五首の龍として具現し、マユリ・マユラ神は巨大な鬼として顕現しており、いずれもが本領を発揮できなかったところをみると、完璧とはいいがたいものだったようだ。

 そして、いずれもがセツナと黒き矛に打ち破られたことで、擬似召喚魔法による束縛を解き放たれ、本来の神属としての己を取り戻した。その二神がいまやセツナの強力無比な味方となっているというのは、運命の皮肉を感じずにはいられない。

「よろしい。では、それぞれ、門の前に掲げるのだ」

「こう?」

 ミリュウは、アズマリアの指示通りに深紅の太刀を掲げ、ファリアもオーロラストームを高々と掲げた。ルウファは、シルフィードフェザーを変形させると、一対の翼を前方に伸ばすようにした。

 すると、三つの門の門柱が光を発したかと思うと、無数の光の帯となって三人それぞれの召喚武装に伸びていった。ミリュウの場合はラヴァーソウルに絡みつき、ファリアのオーロラストームにも同様に、ルウファの場合はまるで全身を包み込むようにして光の帯が纏い付く。それがなにをしているのかについては、想像がついた。

 アズマリアがいったことを思い出す。ゲートオブヴァーミリオンで異世界を特定するのは簡単なことではない。しかし、召喚武装の情報を解析すればその限りではなく、そのためにファリアたちは召喚武装を呼び出したのであり、いま門から放たれた光は、召喚武装の情報を解析するためのものだろう。

 やがて情報解析を終えたのか、無数の光の帯は門柱へと戻っていった。そして、門柱を駆け巡り、門扉の表面に走って行く。波紋が逆再生するようにして、門扉の中心に収束したかと思うと、門扉全体が光を帯びた。

 そして、門扉が開く。するとどうだろう。門扉の向こう側には、異様な光景が広がっていた。

「開いた……」

 ファリアの目の前に開いた門扉が見せるのは、黒雲の渦だ。まるで雲の回廊の如きその渦の回りを稲光が走っており、いかにも雷雲であることを示しているようだった。雷光を司るオーロラストームに相応しいといえるのかもしれない。

「この先が異世界ってこと?」

 ミリュウの眼前に広がるのは、無数の鉄線が螺旋を描く通路のようであり、その鉄線の隙間からは灰色の空間が覗き見える。ラヴァーソウルと結びつきそうで結びつかないが、そもとも、その異世界の有り様が召喚武装と深く結びついているわけでもないのだろうし、まったく関係がなかったとしても不思議ではない。

「もう、行ってもだいじょうぶなんですか?」

 ルウファの前方には、青空が広がっている。どこまでも続く紺碧の大空は、空高く羽撃くシルフィードフェザーから連想しやすい。その風景だけ異様とは言い難いが、この世界の空とは、どこかが違う、そんな気がした。気のせいだろうか。

「門は開かれ、異世界に通じた。あとはおまえたち次第。引き返すのも、いまのうちだ」

 アズマリアのそんな言葉は、ある種の優しさでもあったのだろうが、ミリュウたちはそう捉えなかったようだ。

「引き返す? そんなこと、あるわけないでしょ」

 ミリュウがアズマリアを睨み、それからこちらを見た。その表情には、決然たるものが宿っている。覚悟を決めたミリュウは、いつになく美しい。

「そうね。いまさらよ」

 ファリアも笑って、セツナに視線を送ってくる。決意が漲るまなざしには、惚れ惚れとする。いつも以上に凜然としたその姿は、戦女神に相応しいものだ。

「まったくです」

 ルウファは、エミルを見たのだろう。その柔和な、しかしながら決して揺らぐことのないまっすぐなまなざしは、エミルに帰還を約束するものであり、彼の心の強さの現れに違いなかった。

「皆、無事で」

 セツナは、それだけをいった。

 試練がどれほど厳しいものか、セツナだけは理解している。無論、セツナが受けた試練とファリアたちがこれから受ける試練が同じものであるはずもないが、かといって、簡単なものでもないだろう。困難に満ちたものに違いなく、故にセツナは、彼女たちの無事だけを祈るしかなかった。

 なにか適切な助言でもできればいいのだが、残念ながら、彼女たちがこれから赴く異世界と、セツナが修行した地獄とでは勝手が違うのだ。セツナの助言が役立つとはとても思えない。

 そう思ったが故の一言だったのだが、ミリュウは、神妙な顔でうなずいたかと思うと、予期せぬことをいってきた。

「わかった。無事に帰ってきたら、なんでもいうこと聞いてくれるのよね」

 当然のような彼女の提案は、もちろん、とんでもないものだったが。

「ああ」

「うん、そうよね、やっぱり――って、ええ!? いいの!? あたし、本気にしちゃうわよ!?」

 セツナの反応が思わぬものだったからだろう、狂喜乱舞するかの如きミリュウの姿にセツナは微笑むほかなかった。それでやる気を出してくれるというのなら、安いものだ。

「いいとも」

「……セツナ、大好き」

 うっとりと告げてくるミリュウだったが、そんな彼女に醒めた視線を投げかけるものは少なくなかった。

「俺のいうこともですかね、隊長」

「おまえが俺に望むことなんてあるのかよ」

「そうですねえ、たとえば一日俺に付き従ってもらうとか、面白いかも」

「そんなのでいいなら、構わないが」

「やった」

 拳を振り上げて喜ぶルウファを横目に見て、だろう。ファリアがぼそりと告げてきた。

「君って本当おひとよしっていうか、なんていうか」

「ファリアだって、いいんだぞ」

「当然、そうさせてもらうけど」

「当然なんだ」

「当たり前でしょ。なんでわたしだけ仲間はずれになるのかしら」

「わかってるよ」

 セツナがほくそ笑むと、ファリアは苦笑を返してきた。

 そして、ミリュウが待ってましたといわんばかりに口を開く。

「さて、やる気も百万倍になったことだし、行きましょうか」

「ええ、そうね」

「ですね」

 三人はうなずき合うと、門に向き直り、ほとんど同時に門の中に身を投じた。その瞬間、三人の姿が門の中に溶けるようにして消えていき、やがて完全に見えなくなってしまった。

 ファリアたちは、異界に消えたのだ。


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