第二千八百九十五話 魔人誘う試練の門(二)
「つまり、わたくしたちは居残り、ですか」
アズマリアによる試練人員の選定が終わると、アスラが落胆する素振りを見せた。グロリアが同調する。
「残念だが、そのようだな」
「本当に残念です」
アスラとグロリアは、どちらも選ばれなかった無念さを全身で表現していた。グロリアは生粋の武装召喚師だったし、アスラも武装召喚術に半ば人生を捧げてきた人物なのだ。そんなふたりからしてみれば、さらなる力を得られるかもしれない試練に選ばれなかったことは、不幸以外のなにものでもないのだろう。いや、彼女たちだけでなく、武装召喚師ならば当然のことだろう。
そんなアスラを気遣って、だろう。ミリュウがアスラの肩を軽く抱いた。
「アスラの分まで強くなってくるわよ。任せといて」
「お姉様……わかっていると思いますが、くれぐれも、無理だけはなさらぬよう」
「わかってるって。あたしが死んじゃったら、セツナに後を追わせるようなことになるでしょ。そんなことは絶対にしないから」
「なにいってるんだか……」
ファリアが苦笑交じりにつぶやけば、アスラが彼女にも忠告を述べる。
「ファリア様も、御自身の安全を第一に考えてくださいませ」
「ええ、そうするわ。ありがとう、アスラ」
ファリアがアスラに返答する中、グロリアにはルウファが歩み寄っていた。ルウファが声を張り上げる。
「師匠、だいじょうぶです!」
「なにがだ」
「師匠は、試練を受ける必要がないくらい強いってことですよ!」
「……そんなわけがないだろう。始祖召喚師殿は、わたしを含めた全員を未熟者といったのだ」
グロリアが肩を竦めたのは、ルウファの激励があまりにも眩しかったからなのかもしれない。ルウファは、グロリアに対して一切の屈託がない。純粋に敬い、尊んでいる。そのまっすぐなまなざしを見ればわかるだろう。それがグロリアにはまばゆいに違いない。
「それは要するにおまえにもまだまだ伸び代があるということだよ、グロリア=オウレリア」
「では、わたしたちも試練を受けさせてもらいたいものだな」
グロリアがアズマリアに向き直る。
「その大いなる試練とやらを一度に行えるのが三名まで、ということなのだろう? ならば、ルウファたちが試練を終えるのを待てばいいだけではないか」
「そう……なのですか?」
アスラがアズマリアに問えば、魔人は、彼女たちに顔を向けた。セツナからは、その表情は見えないが、相も変わらぬ無表情なのだろう。
「理屈の上ではな。だが、彼らの試練が終わってすぐさまつぎの試練というわけにはいかないのだよ。無論、わたしの消耗を回復する時間さえくれれば、何人でも試練を受けさせてやってもいい。前提として武装召喚師としての実力がわたしの定めた基準を越えているものだけだがな」
「さすがに始祖召喚師殿も消耗するか。しかし……それならばなにも口惜しむことはないということだな」
「そうですね。それならば、お姉様やファリア様の無事の帰還を待ち、その後、わたくしたちも試練を受けさせて頂くとしましょう」
「うむ」
「よかったですねえ、師匠」
「おまえのどうしてそう気楽なのだ」
「いうほど気楽でもないですって。真剣なんですから」
「……わかってはいるがな」
グロリアが嘆息混じりに頭を振った。グロリアとルウファの師弟関係というのは、ミリュウとエリナのような完全に息の合った、それこそ一心同体といってもいいような間柄とは違い、どこかちぐはぐなものを感じさせた。しかしながら、ルウファは師を心より尊敬しており、グロリアもまた、弟子を溺愛していることは紛れもない事実だ。
そんなふたりの様子を眺め、微笑むエミルの表情は、さながら慈母のようだった。
そこでセツナはようやくアズマリアに質問する機会を得た。試練を受ける人員の選定が終わり、場が落ち着くまで、魔人に話しかける間もなかったのだ。
「さっきからずっと気になってたんだが」
「なんだ?」
「なんで三人までなんだ? あんたは、一度にもっと多くの異世界存在を召喚したじゃないか。ゲートオブヴァーミリオンで」
「こちらに召喚する分には、大きな問題はない。わたしの精神力が持つ限り、いくらでも召喚できる。それこそ、百や二百は朝飯前だ。だが、試練となると話は別なのだ」
「どう違う?」
「試練は、召喚武装の本来在るべき世界、つまりイルス・ヴァレと異なる世界で行われる。召喚者と召喚武装、その心を通い合わせることが目的だからだ。そしてそのためには、該当する異世界への門を開かなければならないのだが、ここに問題が生じる」
「問題?」
「ゲートオブヴァーミリオンは、数多の異世界とこの世界を繋ぐ門として機能するが、その門によって通じる世界をわたし自身が選ぶことというのは、非常に困難なのだ。イルス・ヴァレの外には、百万世界とも呼ばれる数多くの異世界が存在する。その無数の異世界の中から召喚武装が属する世界を探し出すのだからな」
「確かに気が遠くなりそうなことでございますね」
「じゃあ、どうやって探し出すのよ? 召喚武装の世界に行けなきゃ意味ないんでしょ?」
ミリュウの疑問ももっともだ。
「そのためにまず、召喚武装を呼び出してもらうことになる。ファリアならばオーロラストーム、ミリュウならばラヴァーソウルをな。召喚武装は、本来属する世界との繋がりを持ったまま、武装化し、この世界に存在しているのだ。その繋がりを辿ることで、それぞれの召喚武装の属する異世界への転送が果たされるということだ」
「なるほど。でもそれなら、それで――」
「同時に送る人数を増やせばいい、というのは浅はかな考えだ」
「無理なのか?」
「無理だよ」
アズマリアが一蹴する。
「試練のために開くゲートオブヴァーミリオンはひとつではない。同時に送り出す人数分、展開しなければならない。それはなぜか。門によって通じ合う異世界は、門ひとつにつき一世界だからだ」
「なるほど?」
「複数同時に門を開くということは、それだけわたしにかかる負担が大きいということだが、それはわかるな?」
「ああ、なんとなくな」
ゲートオブヴァーミリオンがどのような性質の召喚武装なのかはわからないが、複数の召喚武装の同時併用と同じような影響があると考えていいのだろう。
「もちろん、門を閉じれば負担はなくなる。ならば、ファリアたちを転送させた後、門を閉じればいい、と考えるだろうが、それでは駄目なのだ。門を閉じたとき、その異世界の情報が失われるからだ。残念ながら召喚武装を頼りに得た情報を記録しておけるほど、ゲートオブヴァーミリオンは万能ではないのだよ。つまり、ふたたび同じ異世界の、同じ場所への門を開くことは困難となり、ファリアたちを異世界に置き去りにしてしまう。それは、ぞっとしないだろう?」
「確かに……」
「そんなの、嫌よ」
「俺だって嫌ですよ。異世界に取り残されるなんて」
「そうね」
試練人員がそれぞれに意見を述べる。
「だから、おまえたちが試練を受けている間、わたしはゲートオブヴァーミリオンを維持し続ける。おまえたちが見事試練を終え、こちらに戻ってくるそのときまでな」
「え……!?」
アズマリアの説明にだれもが言葉を失った。特にセツナを始めとする武装召喚師、召喚武装使いたちは、アズマリアの並々ならぬ覚悟を思い知ったのだ。
セツナは、アズマリアの課す試練がどのようなものなのか知っている。異世界での試練が一日二日で終わるはずもない。何日かかるものかわかったものではないし、数ヶ月かかる可能性だって十分にある。その間、アズマリアはゲートオブヴァーミリオンを召喚し続けるというのだ。
武装召喚術は、発動そのものにも精神力を消耗するが、召喚武装をこの世界に維持し続けることでも消耗する。その維持のために必要な精神力は召喚武装によって異なるものの、複数の召喚武装を同時併用するのと同じであるというのならば、アズマリアにかかる負担は凄まじいものとなるだろう。それを試練が終わるまで耐え続けるというのだ。
命をすり減らすのと同義ではないか。
「維持し続けられる限界が三つなのだよ。それ以上は、わたしであっても確信が持てない。わたしは、おまえたちをひとりたりとて失うわけにはいかないのだ」
そう断言したアズマリアに対し、セツナは脱帽する想いだった。




