第二千八百九十四話 魔人誘う試練の門(一)
「わたしが召喚魔法を武装召喚術へと作り替えたのは、この世から理不尽なるものを討ち払うためだ。そのための力として、武装召喚術という技術を作り上げ、教え伝えた。ファリアら四人の最初の弟子たちは、実に聡明であり、飲み込みが早く、わたしは希望を持ったものだ。これならば、わたしの宿願を果たすことも決して難しくはない。近い将来、必ずやこの世の理不尽を討ち滅ぼすことも可能となるだろう。そう想えた」
ファリア=バルディッシュを始めとする弟子に言及したとき、アズマリアの語り口が初めて熱を帯びたのは、それだけ彼女が四人の高弟を評価していたということだろう。始祖召喚師と四人の高弟に関する逸話は、リョハンにおいてはいまや伝説そのものなのだが、アズマリアがリョハンの敵と認定されてからというもの、あまり語られなくなったという。とはいえ、四人の高弟は、四大召喚師としていまもなお尊崇されており、特に先代戦女神ファリア=バルディッシュは、リョハンにおいてだれよりも敬われている。
「最初の弟子の出来が良すぎたのだが、期待するなというのが無理な話だろう。わたしも、ひとに教えるのは初めてのことだったのだからな」
魔人は自嘲気味に語り、頭を振った。彼女には四人の高弟以外にも数多くの弟子がいて、その中には、ミリュウの父オリアス=リヴァイアもいる。オリアスの才能については、アズマリアも認めるところのようだったが、それでも、全体的に見れば期待外れだったということなのだろう。
彼女の言葉、態度に見られる失望や落胆は、五百年に渡る長い歳月に起因しているに違いない。
「結局、わたしが武装召喚術を作り上げ、教え広めてから数十年が経過したいまもなお、最初の弟子たちを超える武装召喚師が誕生することはなかった。残念なことにな」
「それって、あたしたちが悪いわけ?」
「おまえたちのせいではないよ。期待しすぎたわたしが悪いのだ」
「それも結局、あたしたちのせいみたいなものじゃない」
「だから、そうではないといっている。元より無謀な試みだったのだ。ただでさえひとの手に余る代物を改修し、使いやすくしたのが武装召喚術だ。そこに改良を加え、召喚魔法に匹敵する力を得る技術へと発展したとしても、それをだれもが扱えるはずもない。つまり、最初から間違っていた、ということだ」
「じゃああんたが悪いんじゃない」
「だから、そういっているだろう?」
「むう……なーんか、納得できないのよねえ」
ミリュウが眉間に皺を寄せながらアズマリアを睨むのは、魔人の人徳のなさに原因があるだろう。アズマリアは、セツナたちに協力するといいながら、歩み寄る素振りさえ見せないのだ。むしろ、刺々しい言葉で寄せ付けない空気を作り出している。それがアズマリアの素であり、彼女に悪気がないことは、セツナには分かっているのだが。だからといって、擁護できるようなことでもない。
ファリアがうんざりとしたように口を開いた。
「そんなことより、未熟なわたしたちを導くなら、さっさと導いて欲しいのだけれど。わたしたちも暇じゃないのよ」
「……当代の戦女神様は、性急でいらっしゃる」
「あなたが悠長なだけでしょう」
「ふふ……そうかもな」
ファリアが嘆息すると、アズマリアがどこか嬉しそうに笑った。その反応はセツナにとっても不思議なものであり、彼が怪訝な顔を向けると、魔人は肩を竦めた。それから、一同を見回す。
「さて、わたしが未熟な武装召喚師諸君に課すのは、大いなる試練だ。その試練を乗り越えることができたものは、さらなる力を得られるだろう。召喚武装を深化させ、さらなる段階へ至らしめることができるに違いない」
「大いなる試練……」
「召喚武装の深化?」
ファリアやミリュウの反応を見遣りながら、セツナが脳裏に思い浮かべるのは、地獄の風景だ。冥府とも黄泉とも呼べるような異様な光景は、しかし、決して現実的なものではなかった。少なくとも、現実ならば、セツナは最初の試練で死んでいただろう。だが、あの地獄において生と死の別はなく、それこそ、夢幻といってもよかったのだ。
しかしながら、セツナが地獄の試練によって得られた力は本物だった。地獄の試練の果て、黒き矛をはじめとする召喚武装たちと心を通わせ合い、深化を果たしたのは疑いようのない事実なのだ。だからこそ、この変わり果てた世界での熾烈な戦いを生き抜いてこられた。
アズマリアの示す試練は、無意味なものではない。
「ただし、一度に送り込めるのは三名までだ。それ以上は同時に送り込むことは不可能だし、その三名については、わたしのほうから選りすぐらせてもらう」
「三人だけ!?」
「たった三名……ですか」
「ええ!? ちょっと待って、なんでよ!?」
「それがわたしの、ゲートオブヴァーミリオンの限界だからだよ」
アズマリアは、ミリュウの非難を涼しい顔で受け流しながら告げた。極めて端的に、しかし決定的に。そういわれてしまえば、食い下がりようもない。
「試練は、ゲートオブヴァーミリオンを通り抜けた先で待ち受けている。ゲートオブヴァーミリオンが、おまえたちの愛用する召喚武装、その本来在るべき世界に導いてくれるだろう」
「召喚武装の本来在るべき世界……」
「それって、あたしだったらラヴァーソウルのいる異世界ってことよね」
「俺の場合はソードケイン? それとも、ホーリーシンボル? あるいはエアトーカー? どれになるんだ?」
エスクが疑問の声を上げると、アズマリアが彼を一瞥する。そのまなざしはいつだって冷ややかだ。それは彼女が人間の肉体を依り代としていたころから変わらない。
「心配するな、エスク=ソーマ。おまえは選ばない」
「はあ!? なんでだよ!」
「おまえは武装召喚師ではない。わたしが選ぶのは、武装召喚師だ」
「そりゃそうだけど!」
エスクは無念のあまりに叫んだが、魔人は聞く耳を持たないとでもいうように顔を背けた。エスクがソードケインの柄を握り締めたまま、わななかせる。そんな彼の様子を見守るネミアの横顔には、心配そうだった。エスクが自棄を起こしたりしないか、不安になったのだろう。だが、セツナはそんな心配は不要だと思っていた。いまの彼ならば、自暴自棄になるようなことはないはずだ。
「じゃあ、俺も除外か」
「シーラ。おまえは召喚武装と対話する術を得ている。試練を受ける必要はない」
「だったら、どうすりゃいいんだ……?」
「自身の腕を磨きながら、さらなる対話に励むといい。そうすれば、おまえはハートオブビーストとともにさらに強くなれるだろう」
「……ああ」
シーラは、アズマリアの激励を受けて、ハートオブビーストに視線を戻した。すると、アズマリアがなにかに気づいたようにミリュウを振り返る。見れば、ミリュウが不思議そうな表情で魔人を見つめていた。
「……なんだ?」
「いや、いまのあんたを見ていたら、始祖召喚師だったっていうのも嘘じゃないなって……」
「……おまえはわたしをいったいなんだと」
「冗談よ、冗談。で、だれがその三名に選定されたわけ? もう、決まっているんでしょ?」
「もちろんだ」
紅き魔人がうなずくと、その紅い髪が殊更に大きく揺れた。さながら燃え盛る紅蓮の炎のようであり、地獄の風景を想起させた。彼女がいまから地獄の門を開く理屈で異世界の門を開こうというのだから、そのように感じたのは当然かもしれない。
「ファリア=アスラリア」
まず最初に始祖召喚師に名を呼ばれたのは、ファリアであり、彼女は、ただまっすぐ魔人を見つめたまま、反応らしい反応を見せなかった。いや、それこそ、彼女なりの反応なのかもしれない。複雑な感情が、ファリアの中に渦巻いているのだろう。
「ミリュウ=リヴァイア」
「やった! あたし、頑張るわ!」
対するミリュウはといえば、飛び上がって喜びを表現した。豊かな胸が弾むように揺れ動き、真っ赤な髪もまた火花のように激しく舞った。ミリュウとしてみれば、武装召喚師としての技術や力量を高められる機会が訪れたのだから、嬉しいのは当然なのかもしれない。
「ルウファ=バルガザール」
「え? 俺? 俺ですか?」
三人目のルウファは、選ばれたことそのものに疑問を浮かべたが、つぎに気にしたのはエミルのことのようだった。試練は、異世界で行われる。つまり、試練を受けるということは、しばらくの間、エミルの側を離れるということなのだ。それが、彼には気がかりで仕方がないのだろう。
「以上の三名だ」




